第9話 解けない誤解
周囲がすっかり夜の闇に包まれ、青白い月光が差し込む洞窟の奥。俺が動けない盗賊たちの恨みがましい視線に耐えかねていた頃――ゼインが多数の衛兵を引き連れて、ようやく戻ってきた。
「おいおい、こいつら……指名手配されてた『鉄牙の盗賊団』じゃないか。しかも巨漢の【剛力】だけじゃない、他にも【俊足】や【硬化】の加護持ちが揃ってる。それが全員縄で縛られているなんて……」
松明の明かりで洞窟内を照らした衛兵の隊長らしき壮年の男が、信じられないものを見るような目で俺たちを見た。
「あんたたち、三人だけでどうやってこんな凶悪な連中を捕まえたんだ……?」
「いや、俺たちは何も……奴らが勝手に自滅しただけで……」
俺が正直に答えると、隊長はなぜか深く頷き、俺の肩をポンと叩いた。
「……なるほど。そういうことにしておきたいんだな。『盗賊狩りの傭兵』といったところか。わかった、詳しい事情は詰め所でゆっくり聞かせてもらおう」
「違う。そういうことじゃない。」
俺の否定は虚しく響き、俺たちは麻痺して動けない盗賊たちと共に、ゼオニカの衛兵詰め所へと同行することになった。
* * *
ゼオニカの衛兵詰め所。
調書を取られている間も、衛兵隊長は俺たちを『盗賊狩りの傭兵』として扱ってきた。
「本当に、アミタ茸とゼオ芋の酒の食べ合わせが悪かっただけなんですって……。俺たちはただの行商人です」
「はっはっは、謙遜するな。確かにその二つの食べ合わせが悪いのは知られているが、せいぜい腹を下す程度だ。全員が指一本動かせないような状態になるわけがないだろう。」
「いや、だから本当に……!」
「安心しろ。調書にはお前たちの要望通り、都合よく食中毒を起こしたとして処理しておいてやる。」
話が通じない。俺は完全に諦めてため息をついた。
早く宿に行って寝たいと思っていると、テオが「そういえば」と口を開いた。
「アジトの机に、こんなものが残されていました。この厄介事はそちらで処理してください」
テオが提出したのは、あの『指示書』が入った筒だった。
隊長は「なんだこれは? 羊皮紙が入った筒のようだが……」と言いながら中身を取り出し、松明の明かりの下でその内容に目を通した。
すると、その表情がみるみるうちに引き締まっていく。
「……おいおい、これはただの略奪の記録じゃなさそうだな。すぐに上の者に報告しなければ」
これであの厄介な指示書も、完全に衛兵へと丸投げできた。
「それでは、俺たちはこれで」
「ああ、ご苦労だったな。ゆっくり休んでくれ。盗賊団討伐の報奨金は明日の正午ごろに来てくれ」
隊長に見送られながら、俺たちはようやく詰め所を後にした。
* * *
深夜のゼオニカの街を歩き、手配しておいた宿の部屋に辿り着いた俺は、着替えもせずにベッドへと倒れ込んだ。
「……終わった。やっと終わった……!」
ふかふかのベッドに顔を埋めながら、俺は深い深いため息を吐き出した。
「スリ騒動から始まって、最後は盗賊団の捕縛に陰謀の証拠発見だ。これも【幸運の加護】の力なんだろうか? 」
「まあ、結果的に怪我もなく、大金と報奨金の権利まで手に入ったんだ。運がいいことには変わりないさ」
隣のベッドに腰掛けたテオが、苦笑しながら眼鏡を外す。
「全くだ。それに、あの連中を捕まえたんだ。これで少しは街の周辺も安全になるだろ。悪くない一日だったじゃないか」
ゼインも剣帯を外し、気楽な調子で肩をすくめた。
「お前らはタフだな……俺はも生きた心地がしなかったぞ……」
俺は仰向けのまま天井を見上げた。
ふと、胸のポケットに固い感触があることに気づき、手を入れて取り出す。
アジトから「迷惑料」としていただいてきた数枚の金貨と――道中のぬかるみで拾った、青い宝石のネックレスだった。
「……あ、しまった」
「どうした、サイラス?」
「このネックレス、衛兵に渡し忘れてた……」
俺はベッドの上でガバッと起き上がった。
「調書を取られているときに、一緒に渡しておけばよかったな。あのときは早く帰りたくて完全に失念してた」
手元に残ったネックレスを見つめながら、俺は深いため息をついた。
「まあいい、明日はどうせまた詰め所へ行くんだ。そのときにでも渡してしまおう」
「そうだな。明日届ければ何の問題もないさ。」
テオの言葉に頷きながら、俺は再び枕に頭を沈め、目を閉じた。
明日の仕入れはミアたちに手伝わせるのでいつもより早く終わるだろう。そしたら、美味い飯でも食わせてやるか。
明日からの平穏な生活を胸に、俺は泥のような深い眠りへと落ちていった。
―――この盗賊団の捕縛劇が『さらなる波乱』の幕開けに過ぎないことなど、この時の俺は知る由もなかった。




