第10話 報奨金の受け取り
翌朝、ゼオニカの大通りにある広場。
俺たちは本日の仕入れを手伝わせるため、スリの少女ミアとの待ち合わせ場所へとやってきていた。
「いや、なんでこんなにいるんだよ!?」
俺は思わず裏返った声を上げた。
広場の隅で待っていたミアの背後には、ボロボロの服を着た者たちが、ズラリと十二人も並んでいたのだ。細身の若者やまだあどけなさが残る子供など、いかにも仕事にあぶれそうな者たちの中に、ガタイの良い若者の姿も混ざっている。単に仕事にあぶれた者を集めたというわけではなく、他にまともな働き口がありそうな者まで、わざわざ集めてきたような面々だ。
「サイラス様! お待ちしておりました!」
ミアがビシッと姿勢を正し、後ろの者たちも一斉に「よろしくお願いします!」と頭を下げた。
「いや、俺はただの荷運びを頼むつもりだったから、こんなに大勢はいらないんだけど……」
俺が戸惑いながら言うと、ミアは真剣な表情で顔を寄せてきた。
「お気遣いなく。皆さんが荒事もこなす『武装商人』だということはわかっています。これからの道中、小さい子だけでは足手まといになるでしょうから、危険な『雑用』でも任せられる戦力を集めてきたんです!」
(いや、俺は今日の荷運びを頼んだだけだぞ! てか、なんで武装商人だと勘違いしてんだ!? しかも『これからの道中』って、まさか明日以降もずっとついてくるつもりか!?)
胃に穴が開きそうな思いで、俺は頭を抱えた。どうやらこいつらは昨日の俺の振る舞いから勝手に勘違いし、単に仕事にあぶれた者だけでなく、今後の手駒として使えそうな戦力をわざわざ選りすぐってきたらしい。
「サイラス。とりあえず今日の日当は払えるんだ。せっかく集まってくれたんだから、今日の仕入れは彼ら全員に手伝ってもらおう」
テオがそう言って俺を宥めつつ、興味深そうにミアたちを見回した。
「だが、荷運びだけじゃ人が余るな。他の仕事も割り振れるよう、俺の『鑑定』で少し見てみよう」
テオが眼鏡の奥の目を細める。テオの【鑑定の加護】は、人間相手だと「その者が持つ価値(加護や力の強さ)」をぼんやりと感じ取ることができるのだ。
「……ほう。この人数の中に、四人も加護持ちがいるな」
「えっ、本当か?」
「ああ。ミアは【弓の加護】。ミアの隣の小さい男の子は【騎乗の加護】、奥の男は【偵察の加護】……それと、あそこのひょろ長い少年は【剛力の加護】を持っているようだ」
テオの言葉に、俺とゼインは目を見開いた。
加護持ちは数十人に一人のはず。ミアを含めた十三人の中に四人も加護持ちがいるなんて、どんな確率だ?
「戦力や斥候としての素質は十分だな。まあ、【剛力】以外は今日の荷運びには必要のない加護だがな」
テオが冷静に評価を下した。
「はい! 私たち、皆さんの専属としてこれからどこまでもついていく覚悟です!」
ミアが目を輝かせて力強く宣言する。
「いや、だから雇うのは今日だけだって……」
俺はため息をつきながら訂正しようとしたが、彼らの気合に満ちた「よろしくお願いします!」という大声にかき消されてしまった。
結果的に、全員で手分けして荷物運びや馬の世話をしたおかげで、仕入れの作業は驚くほどスムーズに進んだ。
* * *
正午。
すべての仕入れを終え、俺たちは盗賊団討伐の報奨金を受け取るため、ゼオニカの衛兵詰め所へと向かった。
用事が終わったら一緒に食事に行く予定なのでミアたちもついてきている。
詰め所の中に入ると、昨日の衛兵隊長が慌てて奥の部屋へと駆け込んでいった。
やがて、奥から現れた人物を見て、俺はハッと息を呑んだ。
「貴殿らが、鉄牙の盗賊団を捕縛してくれたという『傭兵』だな」
凛とした声とともに現れたのは、昨日門のところですれ違った金髪の女騎士――ペトロス家の令嬢、コレインだった。
今日は美しく磨き上げられた白銀の軽鎧を纏っている。騎士としての凛々しさのと、柔らかい表情が合わさりなんとも魅力的な雰囲気を放っていた。
コレインは俺たち三人を見た後、背後に控えるミアたちの姿を見て、深く頷いた。
「なるほど。この者たちを率いてあの盗賊たちを一網打尽にしたわけか。見事な手腕だ」
違う。こいつらは今日雇ったただの荷運びと馬番だ。
「しかも、あのような重大な証拠を我がペトロス家に届けてくれるとは。感謝する」
「いや、俺たちはただの行商人でして……偶然が重なっただけで……」
俺がいつものように弁明しようとした時、ふと彼女の胸元――マントを留めている銀のブローチに目が留まった。そこに刻まれた精緻な紋章に、俺は見覚えがあった。
(あれ? あの紋章……)
「実は昨日、街道のぬかるみでこれを拾いまして。そのブローチと同じ紋章が入っていたので、ついでにお渡ししておきます」
俺は懐から『青い宝石のネックレス』を取り出し、コレインに差し出した。
その瞬間、コレインの表情が驚愕に凍りついた。
「こ、これは……母の形見の……!」
「え?」
「昨日の討伐の最中に落としてしまい、諦めかけていたというのに……!」
コレインはネックレスを受け取ると、深い感謝と敬意に満ちた熱い眼差しを俺に向けた。
(な、なんだこの空気は……?)
コレインの胸には、深い感動が押し寄せていた。
(盗賊団を討伐しながらも名声を求めず、大切な母の形見まで見返りなく届けてくれるとは……。なんと義に厚く、誠実な者たちなのだ)
コレインはネックレスを大切に胸に抱くと、スッと居住まいを正し、俺に向かって深々と頭を下げた。
「この恩は決して忘れない。……貴殿のような、誠実で確かな実力を持つ者に、折り入って頼みがある」
「へ?」
「昨日提出してもらった『指示書』の件で、裏で動く者の調査のため、私が直接動かなければならなくなった。だが、私が持ち場を離れれば、この周辺地域の治安は間違いなく悪化する。そこで――」
コレインは真剣な瞳で俺を見つめた。
「行商を続けながらで構わない。ペトロス家の専属の傭兵として、我が領地の治安維持を引き受けてはくれないだろうか」
「いやいやいや! 無理ですって! 俺たちは本当にただの……!」
俺が全力で断ろうとした、その時。
頭を上げたコレインの、真っ直ぐで凛とした瞳、透き通るような白い肌、少しだけ嘆願するような上目遣いが、俺の視界に飛び込んできた。
――ドストライクだった。俺の、好みの。
俺の思考が、一瞬で打算に染まる。
(待てよ? 行商しながらでいいなら、今の生活と大して変わらないよな。むしろ、道中で盗賊を返り討ちにした時に追加で特別報酬がもらえるってことか……?)
(それに何より、このめちゃくちゃ美人の騎士様に気に入られる大チャンス……!)
「……お引き受けしましょう」
俺は、無駄にキメ顔を作ってそう答えていた。
――悲しいかな、男とは好みの女を前にすると、途端に馬鹿になる生き物である。
「おい、サイラス!?」
横でゼインが目を見開くが、俺はもう止まらない。
「コレイン様直々のお頼みとあらば、断る理由がありません。この辺りの治安は、このサイラスにお任せください!」
テオが呆れたように「あ、こいつ下心で動いたな」と額に手を当てた。
「おお……! 感謝する、サイラス殿!」
コレインがパァッと花が咲いたような笑顔を見せる。
そして、その後ろでは――
「やっぱり、ただの商人じゃなかったんだ! さすがサイラス様!」
「俺たちも一生ついていきます、団長!!」
ミアたちが、勝手に感動して目を輝かせ、歓声を上げていた。
「えっ……団長?」
俺は自分の口から出た言葉の重大さと、周囲の異様な熱気に、今さらながら青ざめた。
「お前が引き受けたんだ。もう諦めろ、サイラス『団長』」
ゼインがニヤニヤしながら俺の肩を叩き、テオもやれやれと肩をすくめている。
――こうして、安全第一の行商人は、美女への下心と勘違いの連鎖によって『傭兵団の団長』となり、後戻りできない戦乱への第一歩を踏み出してしまったのだった。




