第5話 ゼオニカでの商売
ゼオニカの大通りから少し入った、露店商向けの広場。
スリ騒動から気を取り直してテオと合流した俺たちは、馬車の荷台を開放して商売を始めていた。
「さあさあ、新鮮な干し肉に、丈夫な農具の替え刃はいかがですか! こちらの岩塩は不純物が少なくて上等ですよ!」
俺が声を張り上げると、行き交う町の人々が次々と足を止めてくれた。
テオの【鑑定の加護】で選び抜かれた商品はどれも質が良く、客の食いつきは上々だった。
ゼオコリス村の村長から安く買い取った『アミタ茸』もこの町では需要があるらしく、たまたま通りかかったレストランの仕入れ係が大半を相場以上の値段で買い取ってくれた。
夕方近くになる頃には、持ってきた商品の大半が売れてしまっていた。
「大盛況だったな。とりあえず、今日の稼ぎなら明日あのスリの少女たちに日当を出してやっても十分にお釣りがくる」
革袋に入った銀貨の重さを確かめながら、テオが満足げに眼鏡を押し上げた。
「ああ。どうやら、隣国のブランディル王国との戦いで、『ロヴァルド砦』をカルデリア帝国が落としたらしい。その戦勝祝いで町中が浮かれていてな。昨晩からどこの酒場も大騒ぎで、酒の類は軒並み売り切れて品薄状態だそうだ。食料品の売れ行きが良いのもそのせいだろう」
「なるほどな」
俺が頷くと、テオが真剣な表情で広場の外へ視線を向けた。
「この活気なら、明日の仕入れの相場も大きく動いているかもしれない。俺は少し市場を調べておきたい」
「じゃあ、俺はその間に馬を厩舎に預けて、今日の宿を手配してこよう。」
ゼインがそう言うと、二人は俺の方を向いた。
「わかった。二人とも頼む。俺はここで店番と残りの売上計算をしておくよ」
「ああ、気をつけてな」
二人が馬を引いて広場を出て行くのを見送り、俺は一人で荷車の片付けと売上金の計算を始めた。
たくさんのお金を稼いで、三人で平穏に暮らす。その目標に一歩近づいた充実感に浸りながら、鼻歌交じりに銀貨を数えていると――
「おい、そこの行商人さん」
不意に声をかけられた。
顔を上げると、くたびれた革鎧を着た三人の男たちが露店の前に立っていた。手入れの行き届いていない装備や無精髭からして、どこかの傭兵崩れだろうか。
「いらっしゃいませ。申し訳ありませんが、本日の商品はほとんど売り切れてしまいまして……」
「そうかよ。じゃあ、酒はないか? 祝宴だっていうのに、どこの店も酒がすっからかんでよ。喉が渇いて死にそうなんだ」
男の一人が、少し陽気な調子で荷車の中を覗き込んでくる。
「あいにくですが、お酒の類は扱っておりませんで……」
「お? 嘘ついてんじゃねえぞ。荷台の奥に樽があるじゃねえか。酒の匂いもプンプンするぜ」
男が指差したのは、ゼオコリス村で買った小さな木樽だった。
「あ、それは『ゼオ芋』を発酵させた、ランプの燃料用のアルコールでして……えぐみが強すぎてとても飲めたもんじゃないですよ」
俺がやんわりと断ると、男は面倒くさそうに舌打ちをした。
「味が悪いのは我慢するさ。どこの店に行っても酒が売り切れで困ってんだ。酔えればなんでもいいから、それを買わせてくれよ」
「いや、ですから本当に燃料用で、そのまま飲むようなものじゃ……」
「うるせえな、金なら払うって言ってんだろ! ほら、これで文句ねえな!」
男は十枚程度の銀貨を台に置くと、俺の制止も聞かずに荷車からヒョイと樽を担ぎ上げた。さらには、「ツマミにこいつももらっていくぜ」と、売れ残っていたアミタ茸の包みまで強引にひったくる。
「あ、ちょっと……!」
「釣りはいらねえよ! ありがとな、行商人さん!」
男たちは機嫌良く笑いながら、裏路地へと消えていった。
「……」
俺は台に置かれた銀貨を見つめながら、ポツンと残された。
まあ、仕入れ値以上の値段で売れたのだし、俺としては損はしていない。商売としては大成功だ。
しかし、俺は徐々に冷静さを取り戻し、スッと血の気を引かせた。
(いや、待てよ……? あのゼオ芋のアルコールと、あいつらがツマミに持っていったアミタ茸……)
たしか村長が言っていたはずだ。「ゼオ芋とアミタ茸を一緒に食べると腹を下す」と。
いくら勝手に買っていったとはいえ、もしあれを一緒に飲み食いして街中でひどい食中毒騒ぎにでもなったらどうなる?
最悪の場合、食中毒騒ぎで衛兵を呼ばれ、出どころである『露店の行商人』が牢に放り込まれるかもしれない。
「ま、まずい……!!」
俺は頭を抱え込んだ。
「とにかく、あいつらが一緒に飲み食いする前に注意しに行かないと……!」
これ以上の面倒事を避けるため、俺は胃をキリキリさせながら、テオたちが戻ってくるのを今か今かと待ちわびることになった。




