第45話 見つからない倉庫
数日後の朝、俺はテオと二人で、倉庫探しに出かける支度をしていた。
探しているのは、荷を置くための場所だ。荷だけでも移せれば、今の拠点でもまだやっていける。
街の中は先日も一通り当たってみたが、やはり広さの足りるところは見つからなかった。
今日は、港の近くと街外れを当たってみるつもりだ。
支度を終えて表へ出ようとしたところで、作業部屋の机に向かうマルコの姿が目に入った。
帳簿と一枚の紙を見比べながら、少し困ったような顔をしている。
「どうした、マルコ」
「ああ、サイラスさん。大したことではないのですが」
マルコは、手にしていた紙をこちらに向けた。
役所から受け取った、関税の控えだ。
「写し間違いがありまして。二割の免除が付いていない便があるんです。今日はペトロス家への納品があるので、直してもらうのはまた今度にしようかと」
マルコはそう言って、控えと帳簿の写しを揃えて机の端に置いた。
「なら、倉庫探しの帰りに寄っておく。書類だけ渡してくれ」
「よろしいのですか?」
「どうせ出かけるんだ。ついでだよ」
「では、お願いします。もし寄れなければ、今度私が行きますので」
マルコから書類を受け取り、懐にしまう。
「行くぞ、テオ」
「ああ」
***
まずは不動産ギルドに顔を出し、案内人をつけてもらった。
倉庫を借りたいと伝えると、案内人は港の近くへ連れていってくれた。
海沿いの通りには大きな倉庫がいくつも並び、荷車がひっきりなしに行き交っている。
「荷馬車五台分の荷が置けるくらいの広さが欲しい。できれば、荷の番をする者が寝泊まりできる部屋もあると助かる」
俺が要望を伝えると、案内人の顔が少し曇った。
「港の近くの大きな倉庫は、どこも大きな商会が何年も先まで借りておりまして。空きが出ても、すぐに埋まってしまうんですよ」
空いているのは、どれも求める広さには届かない、小さな倉庫ばかりだった。
しかも、港の近くは家賃が高い。
「いくつか借りて荷を分けるにしても、家賃だけでかなりの額になるな」
案内人から家賃を聞いたテオが、顔をしかめて言った。
これでは、稼ぎの多くが家賃に消えてしまう。
「港がだめとなりますと……街外れはいかがでしょう。貸し倉庫とまではいきませんが、農家の納屋なら、貸してもいいという話がいくつかございます」
案内人の勧めで、次は街外れへ足を延ばすことにした。
門を出て少し歩くと、建物はまばらになり、畑や空き地が目立ち始める。
案内された納屋は、どれも古く小さかった。
荷馬車を一台入れるのがやっとで、屋根が傷んでいるものもある。
考えてみれば、荷の行き来の少ない街外れに、わざわざ人に貸すための倉庫を建てる者はいない。
「でしたら、いっそ土地を買って、倉庫を建てるという手もございますよ。売りに出ている土地なら、いくつかございますので」
案内人は、ここぞとばかりに言った。
買うつもりはなかったが、見るだけならと案内してもらった土地は、確かに広かった。
荷馬車を何台並べても、まだ余裕がありそうだ。
門からもそう遠くない。
「ここなら、街との行き来も楽だな。倉庫だけじゃなく、寝泊まりできる建物まで建てれば、拠点ごとこっちに移してもいいかもしれない」
テオも黙って頷き、土地を歩き回っては、近くに水場があるか、荷馬車の通れる道が続いているかを確かめている。
悪くない。
そう思い始めたところで、案内人が口を開いた。
「それで、お値段の方ですが。こちらは、金貨二百枚ほどになります」
金貨二百枚。
土地だけなら、なんとか手の届く額だ。
だが、建物はこれから建てなければならない。
「場所はいい。だが、今の拠点くらいの倉庫を建てても、土地と合わせて三百二十枚だ。人も取引も増やしていくなら、そっちにも金がかかる」
テオが、あたりを見渡しながら言った。
「……だよな」
テオの言う通りだ。
倉庫一つに、有り金をつぎ込むわけにはいかなかった。
その後もいくつか土地を見て回ったが、結果は同じだった。
借りられる倉庫はなく、土地を買えば、建てる費用が重くのしかかる。
日が傾き始める頃には、足も頭もすっかりくたびれていた。
「……どうしたものかな」
「明日は、街の反対側の方も当たってみるか」
テオはそう言ったが、その顔にも疲れがにじんでいた。
懐に手をやると、マルコから預かった書類が指に触れた。
そういえば、まだ用事が一つ残っている。
「役所に寄って帰るか」
***
役所は、夕方になっても人の出入りが多かった。
窓口で控えと帳簿の写しを見せると、担当の役人は何度か見比べたあと、慌てて奥の台帳を持ってきた。
「……確かに、こちらの写し間違いですね。申し訳ありません」
役人は恐縮したように頭を下げ、その場で控えを書き直してくれた。
手続きは、驚くほどあっさりと終わった。
「向こうの間違いだったからな。揉めなくてよかった」
テオはそう言って、小さく息をついた。
二人で、帰ろうと歩き出す。
今日の収穫は、控えの訂正一つだけだ。
倉庫のことは、また考え直すしかない。
そう思いながら扉に手をかけようとした、そのときだった。
「――だから、それでは困ると言っているんだ!」
役所の奥から、男の怒鳴り声が響いた。
「どうにかしてもらわないと、こっちは食っていけないんだ!」
「ですから、今の時点では、こちらでもどうにもできないのです!」
職人らしい男たちの荒っぽい声と、それをなだめようとする役人の声が入り混じっている。
俺とテオは、思わず顔を見合わせた。
出口へ向かっていたはずの足が、いつの間にか止まっていた。




