第44話 狭くなった拠点
ストックが増えてきたので毎週火曜日と金曜日の2回投稿します。
それからマルコは、仕事の合間を縫って、元の商会の仲間を一人ずつ訪ねて回った。
商会が潰れてから、もう半年以上が経っている。
すでに別の勤め先で落ち着いている者も多く、断られることの方が多かったらしい。
それでも、慣れない仕事で食いつないでいた者や、ゼオニカを出ようとしていた者が、話を聞いてくれた。
「五人、来てくれることになりました」
ある晩、戻ってきたマルコが、そう報告した。
疲れた顔をしていたが、その声はどこか弾んでいた。
「五人もか。よく集めてくれたな」
「皆、前の商会では帳簿や荷の差配をしていた者たちです。すぐにでも仕事を任せられると思います」
「そうか。いつから来られそうだ?」
「今の仕事に区切りをつけて、数日のうちには」
マルコはそう答えて、ほっとしたように息をついた。
***
五人が拠点にやってきたのは、それから数日後の朝だった。
出迎えようと表に出ると、五人は拠点の前で足を止めていた。
誰もが、黙って建物を見上げている。
開け放たれた倉庫の奥には荷馬車が並び、荷運びの者たちが木箱を積み込んでいる。
拠点組の子たちは、市場の露店へ運ぶ品を荷車に載せ、出かける支度をしていた。
「……まさか、またここで働くことになるとはな」
年かさの男が、ぽつりとこぼした。
この建物は、マルコたちが働いていた商会のものだった。
商会が潰れて差し押さえられ、それを俺たちが借りた。
そのことは知っていたはずなのに、こうして彼らの姿を見るまで、ここに俺たちの知らない時間があったことを、深く考えたことはなかった。
「最後の日は、荷も人もいなくなって、がらんとしていたんですがね」
別の一人が、慌ただしく行き交う者たちを眺めながら言った。
マルコは何も言わなかった。
ただ、元の仲間たちと並んで、同じように建物を見上げていた。
その横顔は、俺が知っているいつもの落ち着いたマルコとは、少し違って見えた。
「……ようこそ、白鹿の蹄鉄商会へ」
俺がそう声をかけると、五人は我に返ったように振り返り、揃って頭を下げた。
その日は、マルコが五人を連れて拠点の中を案内して回った。
五人はどこへ行っても足を止め、懐かしそうにしていたという。
それから、マルコの元の仲間たちは、先に雇った者たちよりも早く仕事に馴染んでいった。
元は倉庫番をしていたという男などは、数日もしないうちに、どこに何が置いてあるかを覚えてしまった。
「もう覚えたのか。早いな」
俺が声をかけると、男は肩をすくめた。
「置き方が、昔とほとんど同じですから」
男はそう言って、小さく笑った。
荷の置き場所は、マルコが元の商会のやり方をもとに決めてきた。
そのおかげで、自然と前の商会と似た使い方になっていたらしい。
帳簿も、皆ひと通りは付けられる者たちだ。
ただ、この商会ではナジームの教本をもとにしたやり方で帳簿を付けている。
そのやり方やペトロス家への納品の手順は、マルコや拠点組の子たちが教えることになった。
相手が年下の子どもでも、教える中身はしっかりしているし、受け答えの礼儀も身についている。
マルコの元の仲間たちも初めは戸惑っていたようだが、すぐに素直に頭を下げて教わるようになった。
もともと商いの経験がある者たちだけに、覚えるのも早い。
帳簿や荷の差配を任せられる者が増えたことで、滞りがちだった仕事が、少しずつ回り始めた。
「ようやく、帳面に集中できる」
テオが、珍しくほっとしたように言った。
先に雇った十人も、少しずつ仕事を覚えていった。
荷運びの者たちは、ハンスの下で荷の積み方を覚え、今では手際よく荷馬車に積み込めるようになった。
荷の数え方も、拠点組の子たちから教わっている。
護衛の見習いたちは、ゼインとミアに稽古をつけてもらっている。
稽古の相手には、身寄りのない子たちもいる。
最初は子ども相手だと侮っていたようだが、何度か打ち合ううちに顔つきが変わった。
今では、侮っていい相手ではないと思い直したのか、誰もが真剣に木剣を振っている。
もっとも、俺が机から離れられないことに変わりはなかった。
署名を待つ書類の山は、相変わらず机の上に積まれている。
***
マルコの元の仲間たちが来てから、ひと月ほどが過ぎた。
日差しは、すっかり夏のものになっていた。
俺は額の汗をぬぐいながら、倉庫で荷の数を確かめていた。
ペトロス家へ納める毛布や革袋の荷箱に、卸先向けの金具の箱。
帳簿と見比べながら数えていると、後ろから声をかけられた。
「前の商会がいちばん忙しかった頃でも、ここまで荷が積まれたことはありませんでしたよ」
振り返ると、あの倉庫番だった男が、感心したように倉庫の中を見回していた。
その言葉につられて、俺も改めて倉庫を見渡した。
少し前まで余裕のあった壁際が、いつの間にか荷箱で埋まりつつある。
荷を運ぶ者たちは、互いに体を横にしてすれ違っていた。
倉庫だけではない。人が集まれば、作業部屋も以前より窮屈に感じるようになっていた。
ペトロス家への納品は続き、卸先もこのひと月でまた増えた。
それに、取引をしたいという申し出は、今も途切れることなく届いている。
だが、今の拠点では、これ以上取引先を増やしても、荷を置く場所も、人を配置する余裕もない。
「……どうにかしないとな」
俺は、小さく呟いた。
うちと取引をしたいと言ってくれる者が、これだけいる。
せっかくの話を、場所が足りないというだけで断り続けるのはもったいない。
声をかけてもらえるうちに、商会をもう一回り大きくしておきたい。
そのためには、もっと広いところへ移るしかなかった。
……また、やることが増えそうだが。
この建物を借りたのは、まだ吐く息が白い頃だった。
十六人で住むには広すぎるくらいだと思ったのを、今でも覚えている。
あれから、一年も経っていない。
それなのに、今ではこの建物が狭く感じる。
俺は、荷箱の積まれた倉庫の奥を、しばらく黙って眺めていた。




