↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
行商人サイラスの狂運 ~平穏に暮らしたいだけなのに、【幸運の加護】でなぜか成り上がっていく~  作者: ブラン
第三章 建設する家臣

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

45/49

第44話 狭くなった拠点

ストックが増えてきたので毎週火曜日と金曜日の2回投稿します。

 それからマルコは、仕事の合間を縫って、元の商会の仲間を一人ずつ訪ねて回った。


 商会が潰れてから、もう半年以上が経っている。

 すでに別の勤め先で落ち着いている者も多く、断られることの方が多かったらしい。

 それでも、慣れない仕事で食いつないでいた者や、ゼオニカを出ようとしていた者が、話を聞いてくれた。


「五人、来てくれることになりました」


 ある晩、戻ってきたマルコが、そう報告した。

 疲れた顔をしていたが、その声はどこか弾んでいた。


「五人もか。よく集めてくれたな」


「皆、前の商会では帳簿や荷の差配をしていた者たちです。すぐにでも仕事を任せられると思います」


「そうか。いつから来られそうだ?」


「今の仕事に区切りをつけて、数日のうちには」


 マルコはそう答えて、ほっとしたように息をついた。


***


 五人が拠点にやってきたのは、それから数日後の朝だった。


 出迎えようと表に出ると、五人は拠点の前で足を止めていた。

 誰もが、黙って建物を見上げている。


 開け放たれた倉庫の奥には荷馬車が並び、荷運びの者たちが木箱を積み込んでいる。

 拠点組の子たちは、市場の露店へ運ぶ品を荷車に載せ、出かける支度をしていた。


「……まさか、またここで働くことになるとはな」


 年かさの男が、ぽつりとこぼした。


 この建物は、マルコたちが働いていた商会のものだった。

 商会が潰れて差し押さえられ、それを俺たちが借りた。

 そのことは知っていたはずなのに、こうして彼らの姿を見るまで、ここに俺たちの知らない時間があったことを、深く考えたことはなかった。


「最後の日は、荷も人もいなくなって、がらんとしていたんですがね」


 別の一人が、慌ただしく行き交う者たちを眺めながら言った。


 マルコは何も言わなかった。

 ただ、元の仲間たちと並んで、同じように建物を見上げていた。

 その横顔は、俺が知っているいつもの落ち着いたマルコとは、少し違って見えた。


「……ようこそ、白鹿の蹄鉄商会へ」


 俺がそう声をかけると、五人は我に返ったように振り返り、揃って頭を下げた。


 その日は、マルコが五人を連れて拠点の中を案内して回った。

 五人はどこへ行っても足を止め、懐かしそうにしていたという。


 それから、マルコの元の仲間たちは、先に雇った者たちよりも早く仕事に馴染んでいった。


 元は倉庫番をしていたという男などは、数日もしないうちに、どこに何が置いてあるかを覚えてしまった。


「もう覚えたのか。早いな」


 俺が声をかけると、男は肩をすくめた。


「置き方が、昔とほとんど同じですから」


 男はそう言って、小さく笑った。

 荷の置き場所は、マルコが元の商会のやり方をもとに決めてきた。

 そのおかげで、自然と前の商会と似た使い方になっていたらしい。


 帳簿も、皆ひと通りは付けられる者たちだ。

 ただ、この商会ではナジームの教本をもとにしたやり方で帳簿を付けている。

 そのやり方やペトロス家への納品の手順は、マルコや拠点組の子たちが教えることになった。

 相手が年下の子どもでも、教える中身はしっかりしているし、受け答えの礼儀も身についている。

 マルコの元の仲間たちも初めは戸惑っていたようだが、すぐに素直に頭を下げて教わるようになった。

 もともと商いの経験がある者たちだけに、覚えるのも早い。

 帳簿や荷の差配を任せられる者が増えたことで、滞りがちだった仕事が、少しずつ回り始めた。


「ようやく、帳面に集中できる」


 テオが、珍しくほっとしたように言った。


 先に雇った十人も、少しずつ仕事を覚えていった。

 荷運びの者たちは、ハンスの下で荷の積み方を覚え、今では手際よく荷馬車に積み込めるようになった。

 荷の数え方も、拠点組の子たちから教わっている。

 護衛の見習いたちは、ゼインとミアに稽古をつけてもらっている。

 稽古の相手には、身寄りのない子たちもいる。

 最初は子ども相手だと侮っていたようだが、何度か打ち合ううちに顔つきが変わった。

 今では、侮っていい相手ではないと思い直したのか、誰もが真剣に木剣を振っている。


 もっとも、俺が机から離れられないことに変わりはなかった。

 署名を待つ書類の山は、相変わらず机の上に積まれている。


***


 マルコの元の仲間たちが来てから、ひと月ほどが過ぎた。


 日差しは、すっかり夏のものになっていた。


 俺は額の汗をぬぐいながら、倉庫で荷の数を確かめていた。

 ペトロス家へ納める毛布や革袋の荷箱に、卸先向けの金具の箱。

 帳簿と見比べながら数えていると、後ろから声をかけられた。


「前の商会がいちばん忙しかった頃でも、ここまで荷が積まれたことはありませんでしたよ」


 振り返ると、あの倉庫番だった男が、感心したように倉庫の中を見回していた。


 その言葉につられて、俺も改めて倉庫を見渡した。


 少し前まで余裕のあった壁際が、いつの間にか荷箱で埋まりつつある。

 荷を運ぶ者たちは、互いに体を横にしてすれ違っていた。

 倉庫だけではない。人が集まれば、作業部屋も以前より窮屈に感じるようになっていた。


 ペトロス家への納品は続き、卸先もこのひと月でまた増えた。

 それに、取引をしたいという申し出は、今も途切れることなく届いている。

 だが、今の拠点では、これ以上取引先を増やしても、荷を置く場所も、人を配置する余裕もない。


「……どうにかしないとな」


 俺は、小さく呟いた。


 うちと取引をしたいと言ってくれる者が、これだけいる。

 せっかくの話を、場所が足りないというだけで断り続けるのはもったいない。

 声をかけてもらえるうちに、商会をもう一回り大きくしておきたい。

 そのためには、もっと広いところへ移るしかなかった。


 ……また、やることが増えそうだが。


 この建物を借りたのは、まだ吐く息が白い頃だった。

 十六人で住むには広すぎるくらいだと思ったのを、今でも覚えている。

 あれから、一年も経っていない。


 それなのに、今ではこの建物が狭く感じる。


 俺は、荷箱の積まれた倉庫の奥を、しばらく黙って眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。