第43話 拡大する商会
3章の前半部分のプロットが完成した生存報告です。
44話は1週間後に投稿します。
臣従の誓いを立ててから、数日が過ぎた頃。
拠点に、領主館からの使いがやってきた。
「兵の増員に伴い、いくつかの品を納めていただきたいのです。サイラス殿の商会でも扱っている品だと伺っております」
差し出された書き付けには、野営用の毛布、革袋、革紐、馬具の金具といった品目が並んでいた。
ロテア方面の森に、カレドニアの先遣隊が潜んでいた。
あの一件を受けて兵を増やすことになり、急に入り用になった品の一部が、こちらに回ってきたということだった。
「量はそれほどでもないが、毛布に革袋、馬具の金具と、品目が細かいな。揃えるだけでも手間がかかるぞ」
使いが帰った後、テオが書き付けを眺めながら言った。
「御用商会になって、最初の仕事だ。きっちり納めよう」
「ああ。ここで確実に納めれば、次につながる」
テオは、さっそく帳面に品目を書き写し始めた。
「サイラスさん。それと、こちらも」
マルコが、机の上に手紙の束を置いた。
「金物屋と馬具屋から、ジャルミナの鉄製品を定期的に卸してほしいという申し出が三件。革細工の工房から、ロテアの革製品を回してほしいというものが二件。ここ数日で届いたものです」
「……そんなに来てたのか」
「はい。市場の露店で話を持ちかけてくる方もいます」
マルコの話では、これまでの盗賊の捕縛の噂に、御用商会になったという話が重なり、うちに頼みたいという者が増えてきているらしい。
「あとは問い合わせと……ここで働きたいという願い出です。こちらは手紙よりも、直接この拠点を訪ねてくる人の方が多いですね」
机の上の手紙の束を見て、俺は思わず苦笑した。
「これは……しばらく忙しくなりそうだな」
「ええ。嬉しい悲鳴、というやつですね」
マルコはそう言って、束を種類ごとに分け始めた。
少し前まで、客を探して街道を回っていたのが嘘のようだ。
頼まれる側になったのは嬉しいが、その分だけ背負うものも増えていく。
「卸の申し出は、どうしますか」
「今の仕入れの予定で回せるものだけ、引き受けよう」
「分かりました。では、そのように返事をしておきます」
***
それから半月ほどの間に、ここで働きたいと訪ねてきた者は、気づけば百を超えていた。
マルコがそのたびに名前と前の勤め先を聞き、見込みのありそうな者にだけ、日を改めて来てもらうよう伝えた。
だが、実際に話を聞いてみると、なかなか思うようにはいかなかった。
「前の商会では、帳簿を任されていました。関税の計算も、ひと通りやっていましたよ」
帳簿付けを望んできたその男は、落ち着いた様子でそう言った。
それならと、マルコが関税の計算の問いを書いた紙を渡す。
「では、こちらを解いてみてください」
「ええ、もちろん」
男は自信ありげに紙を受け取った。
だが、ペンを持つ手は、すぐに止まった。
しばらく紙を睨んだまま、数字を書いては消し、また書いては消す。
結局、半分も埋まらないまま、男は紙を返してきた。
マルコが、手元の帳面に小さく印をつける。
口では経験があると言いながら、実際に書かせてみると怪しい者が、一人や二人ではなかった。
護衛の願い出も多かった。
御用商会の護衛なら箔がつく、と考える者が多いらしい。
「腕には覚えがあります。盗賊の五人や六人なら、一人で追い払ってみせますよ」
そう胸を張った大柄な男には、拠点の裏で、ゼインと手合わせをしてもらうことにした。
お互いに木剣を構える。
「いつでもいいぜ」
ゼインが軽く言った次の瞬間、男が大きく踏み込んだ。
勢いだけはある。
だが、ゼインは半歩ずれてそれをかわすと、男の木剣を軽く払い、その首元にぴたりと剣先を止めた。
ほんの一瞬の出来事だった。
男は、何が起きたのか分からないという顔で固まっていた。
やがて、黙って木剣を下ろす。
実力の差は、その一度で十分すぎるほど分かった。
「悪いな。うちで稽古してる連中の方が、まだ筋がいい」
男が帰った後、ゼインは木剣を肩に担いで言った。
ゼインの言う連中とは、身寄りのない子たちのことだ。
ゼインやミアに稽古をつけてもらいながら、毎日欠かさず木剣を振っている。
「で、あと何人と手合わせすればいいんだ?」
「……今日のところは、あと四人だな」
ゼインは、うんざりしたように空を仰いだ。
帳簿付けの願い出の中には、経歴も腕も申し分ない者もいた。
その男は、ゼオニカでも名の知れた大きな商会で、事務として働いているという。
マルコも、その商会で男の姿を見かけたことがあるらしい。
試しに関税の問いの紙を渡すと、迷うことなくすらすらと埋めていき、答えもすべて合っていた。
「今の商会でも、それなりの給金は頂いています。移るからには、これくらいは」
男がそう言って口にした額は、うちの商会の者の倍だった。
男が帰った後、俺とテオは顔を見合わせた。
「経歴も腕も確かだ。惜しいが……無理だな」
「無理だ。あの額を出したら、今いる者たちに示しがつかない」
テオは、きっぱりと首を振った。
経歴のあやしい者を入れて問題を起こされれば、ペトロス家から預かった御用商会の看板に傷がつく。
腕の足りない者を護衛にはできないし、一人だけ高い給金を出すわけにもいかない。
わざわざ足を運んでくれた相手に断りを告げるたび、胸の奥が少し重くなる。
それでも、ここで妥協するわけにはいかなかった。
身元が確かで、腕も給金も見合う者だけを選んでいった結果、雇えたのは十人ほどだった。
だが、その多くは荷運びや護衛の見習いだった。
その間にも、卸先への納めとペトロス家への納品に応えるため、仕入れの便は少しずつ増えていった。
便が増えれば、荷の手配や帳簿付けの仕事も、その分だけ膨らんでいく。
依頼は、まだ増え続けている。
だが、帳簿や荷の差配を任せられる者が足りず、これ以上引き受けるのは難しくなってきていた。
「荷を運ぶ手は増えたんだがな」
拠点組の子たちも、帳簿や店番をこなせるほどに育ってきている。
だが、今の仕事だけで手一杯で、これ以上を任せる余裕はない。
かといって、新しく一から育てていては間に合わない。
俺は、思わずため息をついた。
「マルコ。お前の伝手で、誰か雇えそうな者はいないか」
「……心当たりは、あります」
マルコは、少し考えてから言った。
「前にいた商会の者たちです。仕事も人柄も分かっていますし、まだゼオニカに残っている者もいるはずです。一度、尋ねてみましょうか」
「頼む。来てくれるかどうかは分からないが、当たってみてくれ」
マルコは小さく頷いた。
荷馬車一台で行商をしていた頃は、人手不足にこれほど頭を悩ませる日が来るとは思ってもいなかった。




