第41話 第二章エピローグ
領主館を出る頃には、あたりは夕暮れに差しかかっていた。
俺は商会の皆にも危険が及ぶかもしれない決断をした。
覚悟は決めたつもりだった。
だが、それを皆に話さなければならないと思うと、足取りは自然と重くなった。
拠点の前では、何人かがこちらに気づいて顔を上げた。
「おかえりなさい!」
「無事に戻られてよかったです」
「夕飯、もう少しでできますよ」
何も知らない明るい声が、かえって胸に重く響いた。
「ただいま。悪いが、大事な話がある。ここにいない者にも声を掛けてくれ。夕飯の前に話しておきたい」
その言葉で、さっきまでの明るい空気が少しだけ引き締まった。
しばらくして、いつもの作業部屋に人が集まった。
少し前なら、ゼインとテオに相談すればそれで済んだ。
だが今は違う。
俺の決断は、商会で働く者たち全員に関わる。
集まった顔を見て、そのことを改めて実感した。
「領主館で決まったことを話す」
俺がそう言うと、集まった者たちの視線がこちらに向いた。
「まず、俺がペトロス家の家臣になった」
部屋の中に、小さなどよめきが広がった。
「……家臣、ですか。ずいぶん大きな話になりましたね」
マルコが静かに言った。
「ああ。ただし、商会の者までペトロス家に仕えるわけじゃない。家臣になったのは俺個人だ」
俺はそう断ってから、続けた。
「それに合わせて、白鹿の蹄鉄商会はペトロス家の御用商会として認められた。ペトロス家が後ろ盾になる形だ」
「御用商会、ですか。それは大きいですね」
マルコの表情が、はっきりと明るくなった。
「ああ。取引も、拠点の運営も、これまで通り続けられる。商会のみんなが、ペトロス家の兵士として扱われるわけじゃない」
俺は、領主館で確認した内容をできるだけ簡潔に伝えた。
御用商会として月ごとの手当が出ること。
ペトロス家の後ろ盾がつくことで、商会への不当な横槍を防ぎやすくなること。
マルコは静かに頷いた。
「孤児や身寄りのない者たちも、商会に所属する者として、立場を守れるようになりますね」
「ああ。そこは俺も気になっていた」
俺は一度、言葉を切った。
「だが、良い話だけじゃない。有事には命令として動かなければならない場面もある。危険は増えるし、自由も減る」
部屋の空気が、少し重くなった。
だが、そこで話を終えるわけにはいかない。
危険が増えるからこそ、これから商会をどう動かすかも考えなければならなかった。
「それから、今後の商会についても話しておきたい」
俺は、集まった皆を見回した。
「俺がペトロス家の家臣になり、商会も御用商会になった以上、今まで通り俺たちが遠くまで行商に出るのは難しくなる。だが、遠くの街への行商も、商会として続けていきたい」
俺がそう言うと、マルコが静かに頷いた。
「でしたら、商会全体で回せる形に役割を見直す必要がありますね」
「ああ。俺がいなくても、遠方への行商まで回せる形にしたい」
今の拠点組は、俺がいない間にも商売を回してくれている。
だが、遠くの街へ荷馬車を出すなら、仕入れ先や日程の判断まで任せられる形にしなければならない。
「細かいことは、状況を整理してから決めよう。今日はまず、そういう方針になるとだけ伝えておきたい」
俺がそう言うと、皆はそれぞれ小さく頷いた。
「よし。難しい話はここまでだ。まずは夕飯にしよう」
俺がそう言うと、部屋の空気が少しだけ緩んだ。
今日の食事当番の者たちが、席を立って台所の方へ戻っていく。
マルコは机の上を片づけ、ゼインは大きく息を吐いた。
「やっと飯か」
「難しい話より、そっちの方が大事そうだな」
俺がそう言うと、ゼインは悪びれもせず肩をすくめた。
「飯を食わなきゃ、明日のことも考えられないだろ」
その言葉に、何人かが小さく笑った。
皆が少しずつ、いつもの顔に戻っていく。
器を受け取り、同じ場所で飯を食べる。
ゼインがうまそうに飯をかき込み、その横でハンスはさらに黙々と食べ続けている。
「おい、ハンス。いくらなんでも食べすぎだろ」
「鍛えるためには、たくさん食べないといけないんです」
ハンスが真面目な顔で答えると、何人かが小さく笑った。
そんな何気ないやり取りを見ていると、ここが俺たちの拠点なのだと改めて感じた。
以前は、荷馬車一台だけで動いていた。
仕入れたものを売り、荷が軽くなれば次の街へ向かう。
それでよかった。
だが今は、仲間がいて、俺の帰りを待つ拠点がある。
守るものが増えた以上、俺もただの行商人ではなく、商会主として腹をくくらなければならないらしい。
二章の完結まで読んでいただきありがとうございます。
少しでも面白いと思っていただければブックマークと☆での評価をよろしくお願いします。
三章はある程度ストックができてから投稿する予定です。
そのため、連載の再開は二週間から三週間ほど先になる見込みです。
時間が空いてしまいますが、引き続き読んでいただけると嬉しいです。




