第40話 ただの行商人には戻れない
ゼオニカへ戻る道中は、思ったより穏やかだった。
ロテアの衛兵たちが同行していたこともあり、警戒は厚かった。
隊列には、コレイン様と救出された護衛たちも加わっていた。
事情を知っていそうな捕虜数名は、ロテアの衛兵たちが厳重に見張っている。
盗賊に襲われることが続いていたせいで、俺たちも自然と周囲に目を配っていたが、さすがにこの人数を襲う盗賊はいなかった。
ゼオニカの門に着くと、ロテアからの急報を受けてか、領主館の使いらしい男が待っていた。
「サイラス殿ですね」
「はい」
「コレイン様には、このまま治療師の診察をお受けいただきます。ロテアの衛兵隊の方々は、捕虜と押収物を衛兵詰め所へ運んでください」
男はそこで、俺たちへ視線を向けた。
「サイラス殿たちは、昼の鐘が鳴る頃、領主館へお越しください」
「分かりました」
捕虜と押収物は、ロテアの衛兵たちがそのまま衛兵詰め所へ引き継いだ。
俺たちはいったん拠点へ戻り、荷と馬車の確認を済ませる。
慌ただしくマルコたちに最低限の事情を伝えているうちに、昼の鐘が近づいてきた。
俺たちは身支度を整え、領主館へ向かった。
***
案内された部屋には、すでにグレアム伯爵とアルフレッド様がいた。
コレイン様も同席していたが、まだ本調子ではなさそうだった。
「サイラス、よく戻った」
グレアム伯爵の声は落ち着いていたが、向けられた視線は鋭かった。
「まず、コレインを連れ戻してくれたこと、礼を言う」
「いえ。無事に戻れてよかったです」
「そのうえで、報告を聞きたい。君たちが見たことを話してくれ」
「分かりました」
俺は、コレイン様の足取りを確認するためにガリゴス砦方面へ向かったこと、落石を処理した先で武装した男たちを見つけたこと、森の奥の野営地でコレイン様を発見したことを順に説明した。
俺の話が終わると、グレアム伯爵はしばらく黙っていた。
「つまり、君たちはコレインの足取りを追う途中で、偶然、敵の野営地を見つけたということだな」
「はい。そうなります」
グレアム伯爵は小さく頷き、アルフレッド様へ視線を向けた。
「押収物の報告を見る限り、あの野営地はカレドニア部族連合がガリゴス砦を攻めるために用意した拠点だった可能性が高いと考えます」
カレドニア。
その名前が出ると、部屋の空気がさらに重くなった。
「捕虜の本格的な聴取はこれからです。ですが、運び込まれた物資を見る限り、ただの盗賊や密輸商人の荷とは考えにくい」
アルフレッド様はそう言って、手元の紙に視線を落とした。
「干し肉、油、縄、矢羽根、馬具の金具、薬草、松明。一つ一つは珍しくありませんが、量と組み合わせを見れば、兵を動かすための物資と見るべきでしょう」
グレアム伯爵は小さく頷いた。
「現地で少しずつ集めれば、商取引に紛れ込ませられる。ガリゴス砦方面へ兵を動かす準備としては、十分ありえる話だ」
そこで、コレイン様が静かに口を開いた。
「私からも補足します」
コレイン様は一度息を整えた。
「鹿皮紙の流れを追う中で、不自然な量の物資を扱う商人に行き当たりました。荷はゼオニカ向けとされていましたが、ゼオニカ周辺でも手に入る品ばかりです。わざわざガリゴス砦近くで高く買い集める理由が分かりませんでした」
コレイン様は、少し間を置いて続けた。
「それを追った結果、荷は街道を外れて森へ入り、そこで襲撃を受けました。当初は密輸を疑っていましたが、今となってはカレドニア側への物資供給だった可能性が高いと考えています」
アルフレッド様が小さく頷いた。
「コレインの話と押収物の内容を合わせれば、兵を動かすための物資が集められていたと見てよいでしょう」
俺は思わず息を呑んだ。
つまり俺たちは、知らないうちにガリゴス砦攻めの準備の一部を潰していたことになる。
「ただし、計画の全容はまだ分からぬ。捕虜の聴取はこれからだ」
グレアム伯爵はそう言って、改めて俺を見た。
「それでも功績は大きい。コレインと護衛たちを救出し、敵の拠点と物資の存在を明らかにしたのだからな」
「……ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
まだ実感は薄い。
コレイン様の足取りを確認する依頼を受けただけのはずが、気づけばずいぶん大きな話になっていた。
「今回の働きには、相応の報奨を出す」
グレアム伯爵はそう言った。
「コレイン救出への礼、敵拠点発見への報奨、そして情報提供への対価だ。詳細は後日、正式に伝えよう」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
拠点組が動いてくれているとはいえ、俺はこの数日、商会の仕事から離れていた。
報奨が出るなら、ありがたい話だった。
だが、グレアム伯爵の話はそこで終わらなかった。
「本日ここで伝えたいのは、報奨の話だけではない」
グレアム伯爵の声音が、少し重くなった。
「君たちは、ペトロス家の専属傭兵となってから短期間で多くの功績を上げ、その力を見せてくれた。だからこそ、今後はより強い関係を結びたい」
伯爵の視線が、まっすぐ俺に向けられる。
「サイラス、君をペトロス家の家臣として迎えたい。受けるのであれば、白鹿の蹄鉄商会を御用商会として認め、こちらが後ろ盾となろう」
家臣になる。
それは、ただの専属傭兵とは意味が違う。
「返事の前に、条件を確認させてください」
「当然だ」
グレアム伯爵は頷いた。
「俺や商会の者は、ペトロス家の兵士として扱われるのでしょうか」
「違う。家臣となるのはサイラス、君個人だ。だが、君や商会の者を兵士として軍に組み込むつもりはない」
それを聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
「今後の依頼については、商会の都合も考慮していただけるのでしょうか」
「平時の依頼については、任務内容、人員、報酬、補償を都度確認する。白鹿の蹄鉄商会には、御用商会として定期的な手当も出す」
グレアム伯爵は、そこで少し声を低めた。
「だが、有事には、命令として動いてもらうこともある」
有事には命令として動くこともある。
だが、平時なら条件は確認できるし、兵士として軍に組み込まれるわけでもない。
それなら、まだ受け入れられる余地はある。
そこへ、アルフレッド様が口を開いた。
「サイラス殿の立場が定まれば、商会にいる者たちの扱いも安定します。孤児や身寄りのない者たちも、ペトロス家家臣であるサイラス殿が身元を預かる形にできますから」
それは大きい。
俺だけの話なら、受ける理由は弱い。
だが、商会が御用商会として認められ、手当も出る。
仲間たちの立場まで安定するなら、受ける意味はある。
もちろん、危険は増える。
有事には、危ないと分かっていても動かなければならない場面が出てくるだろう。
それでも、ペトロス家の後ろ盾があれば、商会の信用は上がる。
不当な横槍も受けにくくなり、仲間たちや拠点を守りやすくなる。
俺はすぐには答えられなかった。
俺が黙って考えていると、コレイン様が静かに口を開いた。
「サイラス殿」
コレイン様は静かに俺の名を呼んだ。
「あなたが来てくれたから、私は戻ってこられました。これからも、力を貸してもらえるなら心強いです」
真っ直ぐで凛とした瞳。
それでいて、今だけは少しだけ弱さがにじんでいた。
……ああ、駄目だ。
昔の俺なら、この瞳だけで頷いていたかもしれない。
だが今は、俺一人の話ではない。
俺はゼインとテオへ視線を向けた。
それだけで、二人には伝わったらしい。
ゼインは短く言った。
「受けたいんだろ」
テオも頷く。
「商会としても、悪い話じゃない」
それだけで十分だった。
俺は息を吐き、グレアム伯爵へ向き直った。
「分かりました。ペトロス家の家臣として、お仕えします」
声に出すと、自分でも不思議なくらい腹が決まった。
「うむ。これから頼むぞ、サイラス」
グレアム伯爵は大きく頷いた。
「アルフレッド、正式な契約書を整えよ」
「承知しました」
アルフレッド様が静かに頭を下げる。
俺はただ、平穏に商売をしていたかった。
だが、仲間は増え、商会という看板も背負った。
守るものが増えた以上、ペトロス家の後ろ盾は必要になる。
もう、ただの行商人には戻れない。
初歩的な話ですが字下げのルールが分かっておらず、この話から地の文の字下げを始めました。
これまでの話についても、3章の投稿を開始するまでに字下げや改行がおかしい箇所を修正していきます。
明日はエピローグと登場人物商会や地図の商会を時間をずらして投稿する予定です。




