第39話 救出のあと
一瞬、頭の中が真っ白になった。だが、檻の前で立ち尽くしていても何も変わらない。まずは、ここから出すことが先だ。
「ゼイン、鍵を探してくれ。あいつらの持ち物か、近くの荷にあるかもしれない」
「分かった」
ゼインが縛った男たちの持ち物や、周囲に置かれた荷を調べ始めた。
「サイラス、こっちにも人がいる」
ミアの声に振り返る。野営地の端で、数人の男が木に縛りつけられていた。おそらく、コレイン様の護衛だ。中には負傷している者もいる。
「ミア、口布を外してやってくれ。ラルフ、周囲は?」
ミアが頷き、縛られていた男たちの口布を外していく。
「逃げた連中は離れてる。戻ってくる気配はない」
それでも安心はできない。森の奥へ逃げた男たちが、どこで誰と合流するか分からないからだ。
「鍵があったぞ」
ゼインが、縛った男の一人の腰袋から鍵束を取り出した。檻の番をしていた者なのかもしれない。
「開けてくれ」
ゼインが鍵を差し込み、錠前を外す。鎖が落ち、檻の扉が軋んだ音を立てて開いた。
「コレイン様、立てますか」
「……すまない。少し、足に力が入らない」
声はかすれ、顔色も悪い。立とうとしても、足に力が入らないようだった。受け答えはできるが、無理に歩かせる状態ではない。
俺とゼインで支えながら、コレイン様を檻の外へ出す。その時、檻の作りに気づいた。檻は地面に直接置かれておらず、短い木の台の上に載せられていた。
「……土に触れさせないためか」
俺が呟くと、コレイン様が小さく頷いた。
「捕らえられる時に、少しだけ加護を使った。そこから警戒されたのだろう」
コレイン様だけが檻に入れられていたのは、そのためらしい。
ミアたちが護衛の拘束を解いていく。動ける者もいたが、負傷している者も少なくなかった。
「ロテアへ戻る。詳しい話は町に着いてからだ」
ここで長く話を聞いている余裕はない。逃げた男たちが戻ってこないとも限らない。
「ゼイン、トビーたちを呼んできてくれ。向こうで縛っている捕虜も連れてきてくれ」
ゼインは短く頷き、森の中へ戻っていった。
しばらくして、ゼインがトビーたちを連れて戻ってきた。コレイン様と、重傷の護衛たちは荷馬車へ乗せる。野営地の端には、物資運搬に使っていたらしい小さな荷車が残されていた。自力では歩けない捕虜三人は、その荷車に乗せる。荷車はハンスが引き、残りの捕虜は縄でつないで荷馬車の後ろを歩かせることにした。
「案内を頼む。できるだけロテアに近い道へ出たい」
案内役は短く頷いた。
「分かった。こっちだ」
荷馬車が動き出す。ハンスは荷車を引き、トビーは馬をなだめながら慎重に進ませた。
「ラルフ、逃げた連中は?」
「離れていく。戻ってくる気配はない」
「そうか」
それでも油断はできない。逃げた男たちがどこへ向かったのか、他に仲間がいるのか、まだ何も分かっていない。
案内役に従い、俺たちは木々の間を進んだ。やがて前方が明るくなり、街道に出る。
「この道を進めばロテアに戻れる」
案内役がそう言った。俺はそこで、ようやく小さく息を吐いた。
***
ロテアに着いた頃には、日はすでに沈み、門には明かりが灯されていた。門番たちは、縄でつながれた捕虜と、荷台に乗せられたコレイン様、さらに負傷した護衛たちを見て表情を硬くした。
「ペトロス家専属傭兵のサイラスです。森の中で敵の野営地を見つけ、捕らわれていたコレイン様を救出しました。衛兵隊長に取り次いでください」
俺がそう告げた瞬間、門番の顔色が変わった。
そこから先は慌ただしかった。俺は、森の中で敵の野営地を見つけ、コレイン様たちを救出したことを簡単に説明した。捕虜は詰め所へ引き渡され、コレイン様と負傷者には治療師が呼ばれた。ロテアからは、すぐにゼオニカへ急報が出されることになった。俺たちもその夜はロテアで休み、翌朝、コレイン様たちと共にゼオニカへ戻ることになった。
翌朝、出発の準備を進めていると、コレイン様に呼ばれた。部屋に入ると、コレイン様は寝台の上で体を起こしていた。顔色はまだ悪い。
「サイラス殿」
「起き上がって大丈夫なのですか」
「長く話すつもりはない。ただ、出発前に礼を言いたかった」
コレイン様は、まっすぐに俺を見た。
「助けてくれて、ありがとう」
「助け出せたのは、偶然が重なっただけです」
俺は少しだけ言葉を切った。
「でも、見つけることができてよかったです。連絡が途切れたと聞いて、本当に心配していましたから」
コレイン様は静かに俺を見た。
「……そうか。心配をかけたな」
「いえ。間に合って、本当によかったです」
コレイン様は小さく笑った。弱っているはずなのに、その表情は不思議と凛としている。
「このあと、ロテアの衛兵と共にゼオニカへ戻る。サイラス殿たちにも同行してもらえると助かる。父上には、君たちからも話を聞いてもらいたい」
「分かりました」
短い会話だった。それでも、昨夜より声に力が戻っているのが分かった。それだけで、少しだけ安心できた。
その後、俺たちは荷馬車の点検と荷の積み直しを進めた。ロテア側が用意した馬車と護衛の準備もあり、出発の準備が整ったのは昼近くになってからだった。コレイン様たちはその馬車に乗り、周囲を衛兵たちが固めている。俺たちも自分たちの荷馬車を整え、その隊列に加わった。
ゼオニカへ戻れば、報告しなければならないことはある。それでも、コレイン様を無事に帰せるのなら、最良の結果と言ってよかった。俺たちは、ロテアの衛兵隊と共にゼオニカへ帰る道を進み始めた。




