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行商人サイラスの狂運 ~平穏に暮らしたいだけなのに、【幸運の加護】でなぜか成り上がっていく~  作者: ブラン
第一部 運がいい行商人

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第38話 森の野営地

森の中にいた兵士視点で始まります。

 森の奥で、カレドニア兵の俺は息を押し殺していた。

何が起きたのか、まだ頭が追いつかない。


 俺たちは、ガリゴス砦を攻める準備のため、森の中に隠す物資置き場を確認していた。

その時、突然、斜面の上から岩が落ちてきた。

岩は木々を折り、土を巻き込みながら転がり込んできた。

隊長はそれに巻き込まれ、動けなくなっている。

近くにいた戦闘向きの加護を持った精鋭たちも、まともに動ける状態ではなかった。


 その直後、斜面の上から声が聞こえた。


「誰かいるのか! 返事をしろ!」


兵士たちの間に、冷たい緊張が走った。

自然に崩れた岩ではない。

上に誰かがいる。


 しばらくして、斜面の上から荷馬車が下りてくるのが見えた。

兵士たちの間に、さらに動揺が広がる。


「帝国の部隊か……?」


誰かが、かすれた声で呟いた。

俺も同じことを考えていた。

この場所は、まだ帝国側に知られていないはずだった。

だが、岩が落とされた直後、相手は荷馬車ごと斜面の下まで降りてきた。

偶然通りかかっただけの相手が、そこまでするとは思えない。


 指揮を執るべき隊長は倒れた。

頼りにしていた精鋭たちも動けない。

残っている兵の中では、俺が一番古い。


「野営地まで下がる。動ける者は負傷者を運べ。無理な者は後で戻る」


「だが、隊長は……」


「今ここで全員潰れる方がまずい。下がれ」


 兵士たちは互いに肩を貸しながら、森の奥へ退き始めた。

背後を振り返る余裕はなかった。


 しばらくして、俺たちは野営地まで戻った。

森の中に作った簡単な野営地だ。

天幕は少なく、荷も目立たないよう木々の陰に隠してある。

ここに残していた兵士たちが、こちらへ駆け寄ってきた。


「何があったんですか!」


「物資を置く候補地に岩が落ちた。隊長と加護持ちがやられた」


その一言で、野営地にいた兵士たちがざわついた。


「帝国の連中ですか?」


「分からん。上に誰かいた。荷馬車ごと下に降りてきている」


「荷馬車ごと……?」


人が下りてくるだけならともかく、荷馬車まで下ろしてくる。

そんな相手を、ただの通行人とは考えられなかった。

この野営地は、もう捨てるしかない。


「荷をまとめろ。ここは捨てる。持てない物は燃やせ」


兵士たちが一斉に動き出した。

持てる荷だけを担ぎ、天幕を外し、残った木箱には古い布や縄をかぶせていく。

持ち出せない物資と痕跡は、燃やして消すしかなかった。


「火をつけたらすぐ下がれ」


松明を持った若い兵士が頷き、木箱へ近づく。


その瞬間、弓弦の音がした。


若い兵士の体が大きく揺れる。

胸元に矢が突き立ち、手から松明が落ちた。

火は木箱には届かず、湿った土の上で消えた。


「敵だ!」


野営地が一気にざわついた。

俺は矢が飛んできた方を見る。

木々の向こうに人影が動いた。


見られていた。

しかも、相手には弓がいる。


「荷は捨てろ! 動ける者から退け!」


「ですが――」


「ここで全員やられたら、何も伝えられなくなる!」


若い兵士たちが息を呑む。

その間に、他の古参の兵士が三人、俺の横に並んだ。


「俺たちが止める」


俺は剣を抜き、木々の向こうを睨んだ。

相手の数も、配置も分からない。

だが、ここで全滅するわけにはいかない。


「行け!」


 若い兵士たちが荷を捨てて走り出す。

俺たちはその背中を守るように、武器を構えた。


***


 ミアの矢を受けた男が倒れ、野営地が一気に騒がしくなった。

荷を担いでいた男たちが、それを放り出して森の奥へ走り出した。


「逃げていくぞ」


ゼインが低く言った。

俺は一瞬、判断に迷った。

こちらへ向かってくると思っていた男たちが、荷を捨てて森の奥へ走り出している。


 だが、全員が逃げたわけではない。

武器を構えてこちらを止めようとしている男が、四人いた。


「ラルフ、他に回り込む気配は?」


「ない。奥へ逃げてるのが多い。残ってるのは、あの四人だけだ」


「ミアは牽制。ゼイン、ハンス、前へ」


 俺たちが木々の陰から出ると、四人は逃げる仲間を背にして武器を構えた。

こちらを倒すためではない。

仲間を逃がすための動きだった。


 最初の一人が盾を前に出した。

ミアの矢がその横を抜け、後ろにいた男の足に刺さる。

男が体勢を崩した。

もう一人が、ゼインの横へ回ろうとする。

だが、ミアの次の矢が足元に突き刺さり、男は思わず足を止めた。


「ハンス!」


「任せろ!」


ハンスが横から踏み込み、戦槌を振るった。

盾を構えた男が受け止めようとしたが、勢いを殺しきれない。

鈍い音がして、盾ごと横へ弾き飛ばされる。


残った一人が、ゼインへ向かって剣を振り下ろした。

ゼインは半歩だけ身を引き、刃をかわす。

次の瞬間には、相手の手元を斬っていた。


「ぐっ……!」


剣が落ちる。

ゼインは追い打ちをかけず、相手の首元に刃を突きつけた。


「動くな」


短い言葉だった。

だが、それだけで十分だった。

足を射られた男は地面に膝をつき、盾を弾かれた男も起き上がれずにいる。

横へ回ろうとした男も、ミアに狙われたまま動けなくなっていた。

森の奥へ逃げた男たちの姿は、すでに木々の向こうへ消えていた。


「逃げた連中は離れていく。戻ってくる気配はない」


ラルフの言葉を聞いて、俺はようやく野営地へ目を向けた。


「追いますか?」


ミアが弓を構えたまま聞いてくる。


「追わない。ここで深入りしたら、こっちが危ない」


俺は野営地を見回した。

火は広がっていない。


「残った奴らを縛る。ミア、周囲を見てくれ」


俺たちは男たちの武器を蹴り離し、野営地に落ちていた縄で手早く縛った。

その間も、ラルフは森の奥ではなく、野営地の端へ視線を向けていた。


「サイラス。あそこに、まだ気配がある」


「逃げ遅れたのか?」


「違う。逃げてる連中とは別だ。あそこに人の気配がある」


 ラルフが示したのは、野営地の端だった。

積まれた木箱と天幕の陰に、大きな木枠が置かれている。

近づいて、ようやくそれが荷ではないと分かった。


「……檻だ」


ゼインが呟いた。

木と鉄で組まれた檻だった。

扉には鎖が巻かれ、内側からは開けられないようになっている。

その中で、誰かがうつむいたまま座っていた。

俺は檻へ近づいた。


「もう大丈夫です。敵は退きました」


檻の中の人物が顔を上げる。

汚れた髪の奥に、真っ直ぐで凛とした瞳が見えた。


息が詰まった。


檻の中にいたのは、コレイン様だった。

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