表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
行商人サイラスの狂運 ~平穏に暮らしたいだけなのに、【幸運の加護】でなぜか成り上がっていく~  作者: ブラン
第一部 運がいい行商人

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

36/42

第36話 岩に塞がれた山道

 ロテアに着いたのは、ゼオニカを出てから二日後の昼過ぎだった。

道中、大きな問題は起きなかった。

途中で馬の負担を分散させながら進んだことで、思ったより早くロテアへ着くことができた。


 この街には、つい先日まで滞在していた。

宿や厩舎、補給できる場所にもある程度の当たりはついている。

俺たちはまず馬を休ませ、食料や飼葉を買い足すことにした。

厩舎に馬を入れると、トビーが馬の様子を見始めた。


「何か手伝えることはあるか?」


「水を用意してもらえると助かります。俺は馬具を見ておきます」


「ああ」


俺は厩舎の者に断って、水桶を借りることにした。

水場に置かれていた桶を持ち上げ、馬の前まで運ぼうとする。


「うわっ」


桶が大きく傾き、中の水が俺の足元と服に派手にかかる。


「……最悪だ」


「大丈夫ですか、サイラスさん?」


トビーが慌てて駆け寄ってきた。


「ああ。濡れただけだ」


厩舎の者が申し訳なさそうに古い布を貸してくれたので、俺は桶のそばで服と足元を拭くことになった。


 その時、厩舎の奥から男たちのぼやく声が聞こえてきた。


「まったく、あの岩さえなければ荷車でも通れるんだがな」


「山道が塞がったままじゃ、砦方面へ抜けるにも遠回りだ」


俺は布で服を拭く手を止めた。

砦方面とはガリゴス砦のことだろうか。


「すみません。今の会話に出てきた山道は、ガリゴス砦の方へ抜ける道なんですか?」


声をかけると、男の一人が俺たちの荷馬車へ目を向けた。


「あんたたち、ガリゴス砦の方へ行きたいのか?」


「はい。急ぎで向かう必要があります」


「山道なら早いんだがな。今は落石で塞がっていて、人なら抜けられても荷馬車は通れん」


「岩さえどかせれば、この荷馬車でも通れますか?」


俺が尋ねると、男は厩舎脇に停めた荷馬車へ目を向けた。


「岩さえなければな。これくらいの大きさなら通れるはずだ」


「岩というのは、どのくらいの大きさですか?」


「人の背丈よりずっと大きい。普通に押したくらいじゃ動かん。ただ、雨で足元が緩んでいる。支えている土を削ってから人数をかけて押せば、谷側へ転がせるかもしれん」


俺はハンスの方を見た。


「ハンス、どう思う?」


ハンスは少し迷ってから答えた。


「見てみないと分かりません。でも、人手があれば動くかもしれないなら……試す価値はあると思います」


テオが横から口を挟む。


「森の街道を通ると、ガリゴス砦の方まではどれくらいかかりますか?」


「荷馬車なら三日半は見た方がいい。道はしっかりしているが、そのぶん大きく回る」


「山道なら?」


「通れれば一日半ほどで砦近くまで抜けられる。ただ、今のままじゃ落石で荷馬車は通れん」


俺は濡れた服を見下ろした。

さっき水を浴びた時は、ついていないと思った。

だが、そのせいで足を止めたから、この話を聞けた。

俺の加護のことを考えると、これは不運の後に転がり込んできた幸運なのかもしれない。


「テオ。さっき水をかぶったのは、俺の加護が働いたのかもしれない」


「この山道の話を聞くためってことか?」


「ああ。今は少しでも時間が惜しい。二日も短縮できるなら試してみたい」


テオは小さく頷いた。


「分かった。見に行こう」


俺は頷き返し、男たちへ向き直った。


「その岩、一度見てみたいです。もしかするとどうにかできるかもしれないので、案内してもらえませんか。礼はします」


男はハンスたちの方をちらりと見た。


「……岩のあるところまでなら案内できる。街を出てしばらく進めば着く場所だ」


「助かります」


そうして俺たちは、補給を急いで済ませることにした。


***


 ロテアで補給を終えると、俺たちは教えられた山道へ向かった。

道は広くはなかったが、荷馬車が通れないほどではなかった。

ただ、森の街道に比べればずっと狭い。

速度を出せる道ではない。


片側は山肌。

もう片側は、谷側へ落ち込む急な斜面になっている。

斜面にはまばらに木々が生え、その下には森が広がっていた。


二週間ほど前の大雨の跡は、あちこちに残っている。

斜面から流れた土や小石が道端に溜まり、乾ききっていないぬかるみに車輪を取られそうになる。


「これは、普通の隊商なら避けるな」


ゼインが山肌を見上げながら言った。


「俺たちも普段は避けたい」


俺はそう返した。

それでも、ここまで来て岩を見ずに戻るわけにはいかなかった。


 それからしばらく進むと、男たちが話していた場所に出た。

道の真ん中に、大きな岩が転がっている。


「……聞いていたより大きいな」


俺は思わず呟いた。

山肌から崩れてきたのだろう。

人の背丈を大きく超える岩が、道を塞いでいる。

ただ、雨で削られたのか、谷側の土は崩れかけていた。


「ハンス、どうだ」


ハンスは岩の足元を確かめてから答えた。


「谷側の土を削ってから押せば……動くかもしれません」


俺は谷側の斜面へ目を向けた。

下には森が広がっているが、木々に遮られて地面まではよく見えない。


「ラルフ。下に人の気配は?」


「感じません。ただ、下までは少し距離があります。森の奥までは分かりません」


俺は案内役の男を見る。


「この下に人が入ることはありますか?」


「まずない。下は街道からも大きく外れた森だ。わざわざ降りる者なんていない」


ラルフの索敵と、男の言葉。

その二つを聞いて、俺はようやく頷いた。


「……分かった。岩を落とそう」


 俺たちは荷馬車に積んでいた道具を使い、岩を支えている谷側の土を少しずつ崩していく。

支えている地面を少なくして落としやすくするためだ。

土は思ったより柔らかかった。

表面は固まっているが、その下は雨を含んで崩れやすい。


 土を削っていくうちに、岩がわずかに谷側へ傾いた。

その瞬間、ぱらぱらと小石が斜面を転がり落ちる。


「……動いたな」


ゼインが低く言った。


俺はハンスの方を見る。


「ハンス、押せそうか?」


岩に手をかけたハンスの腕に、ぐっと力が入る。

以前は細身に見えた体も、今は肩と背中に厚みが出ていた。

加護に頼らず鍛え続けてきた成果だろう。


「いけます」


ハンスが短く言った。


「分かった。全員、岩から離れろ」


俺たちは岩から距離を取る。

狭い山道では、何人も並んで押す余裕はない。

岩に手をかけたのは、ハンスとゼインだけだった。


「いくぞ」


ゼインの合図で、ハンスとゼインが同時に力を込めた。

岩が、低く軋むように揺れる。

次の瞬間、削れていた足元が崩れた。


「離れろ!」


ゼインが叫び、二人が岩から飛び退く。


ごりっ、と嫌な音がした。


 岩は道の端を削りながら、谷側の斜面へ転がり落ちていった。

途中で木の幹や別の岩にぶつかり、鈍い音を立てながら森の奥へ消えていく。

俺たちはしばらく動けなかった。


 ようやく音が遠ざかった、その直後だった。

斜面の下の森から、悲鳴のような叫び声が上がった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ