第35話 出発前夜
拠点へ戻る頃には、すでに日が暮れていた。
盗賊六人を詰め所に引き渡し、ようやく一息つけると思っていた。
だが、領主館で話を聞いた今は、そんな余裕もなくなっていた。
拠点では、マルコたちがまだ動いていた。
マルコはロテアから持ち帰った荷を確認し、売り場に出す物と倉庫に回す物を分けている。
帳簿の前では、拠点組の者が一人で数字を書き込んでいた。
ロテアへ行く前なら、マルコの指示で行われていた仕事だ。
留守の間に、拠点の動きは少しずつ形になっていた。
「お帰りなさい。領主館に呼ばれたと聞きました」
マルコがこちらに気づき、手を止めた。
「ああ。思ったより厄介な話だった。少し奥で話せるか」
「分かりました」
俺はマルコを奥の机へ呼び、テオとゼインも交えて説明した。
コレイン様の連絡が途絶えていること。
大きく兵を動かせないため、俺たちにその足取りを確認してほしいと頼まれたこと。
そこまで聞くと、マルコの表情が険しくなった。
だが、すぐに顔を上げる。
「分かりました。拠点のことは任せてください」
「任せていいか」
「はい。販売と帳簿はこちらで預かります。拠点組も、通常の仕事なら問題なく回せます」
マルコはそう言って、机の上の帳簿に視線を落とした。
「ロテアから持ち帰った荷の整理も、今日中に形をつけます。サイラスさんたちは、明日の準備を優先してください」
「助かる」
こういう時、マルコがいてくれるのは本当に大きい。
拠点を任せられるなら、俺たちは出発の準備に集中できる。
急ぎで動くなら、慣れた顔ぶれがいい。
俺、テオ、ゼイン、ミア、ハンス、トビー、ラルフ。
だが、戻ったばかりの全員に、当然のようについて来いとは言えなかった。
次は、今までの旅より危険な可能性が高い。
俺は皆の顔を見回した。
「明日、ガリゴス砦方面へ向かう。だが、無理に来る必要はない。残るなら、それで構わない」
少しの間、誰も口を開かなかった。
最初に肩をすくめたのはゼインだった。
「俺は行く。何が出るか分からないなら、剣はいるだろ」
テオも静かに頷く。
「俺も行く。聞き込みをするなら、記録と交渉役は必要だ」
「私も行きます」
ミアが一歩前に出た。
「森や村の外を動くなら、弓が役に立つかもしれません」
ハンスは手元の荷を置き、短く言った。
「俺も行きます。前よりは、皆の役に立てると思います」
「馬を動かすなら、俺も必要ですよね」
トビーが少し慌てたように言う。
最後に、ラルフが視線を落とした。
「俺も行きます。今度は、少しでも早く気づけるようにします」
前回の襲撃のことを気にしているのだろう。
誰も残るとは言わなかった。
ありがたいと思う。
だが同時に、皆を危険な場所へ連れていくのだと思うと、素直に喜ぶことはできなかった。
「……分かった。頼む」
そう答えてから、俺は気持ちを切り替えた。
受けると決めた以上、次に考えるべきは明日の準備だ。
「荷馬車は一台で行く。荷は必要な物だけに絞る。疲れた者は、交代で荷台に乗ればいい」
俺が言うと、テオが頷いた。
「急ぎなら、その方がいい。荷馬車を二台にすれば、その分だけ足は遅くなる」
「ああ。食料、雨具、毛布、薬、替えの馬具。それに領主館から預かった書状と、取引用の品を少しだけだ」
商売が主な目的ではない。
だが、村や街で話を聞くなら、商人として動ける口実はあった方がいい。
「残る荷馬車と荷は、マルコに任せる。近場の仕入れや販売も、お前の判断で進めてくれ。人手が足りなければ、追加で雇ってもいい」
「そこまで任せてもらっていいんですか?」
「俺がいつ戻れるか分からない。拠点を止めるより、お前の判断で動かしてくれた方がいい」
「分かりました。無理のない範囲で回します」
「頼む」
そこからは慌ただしかった。
荷を絞り、馬と馬具を確認し、領主館から受け取った書状と路銀を確かめる。
それぞれが武器や道具を整えていくうちに、月は中天にかかっていた。
それでも、出発の準備はどうにか形になった。
***
翌朝、朝食を済ませ、最後の荷を積み終える頃には、日はすでに高くなっていた。
急ぐべきなのは分かっている。
だが、疲れが残ったままでは、いざという時にまともに動けない。
だから昨夜だけは、少しでも体を休めてもらった。
二頭立ての荷馬車が一台。
荷は必要な物だけに絞り、空いた場所には、疲れた者が交代で座れるだけの余裕を残してある。
「拠点のことは任せてください」
マルコがそう言って頭を下げた。
「ああ。頼んだ」
本当なら、もっと細かく確認しておくべきなのかもしれない。
だが、今はマルコに任せるしかない。
俺は出発する前に、もう一度だけ拠点を振り返った。
昨日戻ってきたばかりなのに、もう出発することになるとは思わなかった。
それでも、立ち止まっている余裕はない。
「行こう」
俺が言うと、トビーが手綱を握った。
馬が歩き出し、荷馬車の車輪が石畳を鳴らした。
次に向かうのは、商売のための街ではない。
何が待っているのかも分からない。
それでも、ここで足を止めるわけにはいかなかった。
荷馬車は、ガリゴス砦方面へ向けて進み始めた。
6/19 細部修正




