第34話 領主館からの呼び出し
ゼオニカの門が見えた時には、雨はすっかり上がっていた。
春の陽が濡れた街道を照らしている。
だが、ここまでの道中は楽ではなかった。
捕らえた盗賊六人を連れ、負傷した者に合わせて進むしかなかったからだ。
そのうえ、逃げ出さないよう監視も続けなければならない。
門前の列に加わり、泥だらけの荷馬車を少しずつ進める。
ここまで来て、俺はようやく息を吐いた。
門番は俺たちの泥だらけの荷馬車と、縄でつながれた盗賊たちを見て目を丸くした。
「……何があったんですか?」
「森道で盗賊に待ち伏せされました。捕まえたのは六人です」
「分かりました。詳しい話は詰め所でお願いします」
俺は小さく頷いた。
詰め所では捕らえた盗賊六人を引き渡し、森道で待ち伏せされたことを報告する。
倒木で道を塞がれたこと、囲まれたこと、逃げた盗賊がいること。
必要な聞き取りと調書を終える頃には、すっかり日が傾いていた。
だが、盗賊たちを見張り続ける道中は、これでようやく終わった。
そう思うだけで、かなり気が楽になった。
詰め所を出ようとした時、入口に立っていた男がこちらへ歩み寄ってきた。
「サイラス殿。領主館からです。至急、お越しいただきたいとのことです」
「……今預けた盗賊の件か?」
「いえ。別件です」
別件。
その言葉を聞いた瞬間、胃のあたりが重くなった。
***
俺はテオとゼインを連れ、領主館へ向かった。
ミアたちには、荷馬車を拠点へ戻し、馬を休ませるよう伝えておく。
領主館の一室に通されると、そこにはグレアム伯爵が待っていた。
傍らには、アルフレッド様も控えている。
伯爵は落ち着いた様子で席に着いていた。
だが、その目には疲れが見えた。
「戻ったばかりのところ、呼びつけてすまない」
「いえ。急ぎの話だと聞きました」
俺が答えると、伯爵は静かに頷いた。
「ああ。前置きは省く。コレインからの定期連絡が途絶えた」
その一言で、部屋の空気が変わった。
「……コレイン様が?」
「ああ。五日ごとの定期連絡が、予定日を過ぎても届いていない。最後の連絡から、もう十日になる」
俺は言葉を失った。
コレイン様は土の加護を持ち、自ら盗賊討伐にも出るほど強い。
そのコレイン様に何かあったのだとしたら、ただ事ではない。
「最後の連絡は、どこから届いたものですか?」
テオが冷静に聞いた。
「エピテティアだ」
伯爵が答えると、アルフレッド様が机の上に地図を広げた。
「帝国北部にある街だ。以前お前たちが見つけた指示書に、雪鹿の皮が使われていただろう。その取引経路を調べるため、コレインはエピテティアへ向かっていた」
雪鹿の皮。
あの指示書に使われていた、不自然なほど高価な鹿皮紙の材料だ。
その取引経路を、コレイン様が追っていたらしい。
「その最後の連絡には、何と?」
俺が聞くと、アルフレッド様が地図の一点を指した。
「雪鹿の皮は、カレドニア部族連合から入ったようです。ガリゴス砦近くの村で取引され、エピテティアへ運ばれていました」
「ガリゴス砦……」
俺は地図を見る。
ロテアから山を挟んで反対側にある砦だ。
山の西側の森を抜ける街道を通れば向かえるが、ゼオニカから近い場所ではない。
アルフレッド様は、指先をその村に置いたまま続けた。
「コレインは、その経路を確認するため村へ向かうと記していました。連絡は、それが最後です」
「こちらとしては、その村で何らかのトラブルに巻き込まれた可能性を考えている」
伯爵が低い声で言った。
「盗賊か、国境付近のトラブルか。あるいは、あの指示書に関わる者たちが調査に気づいたのかもしれない。だが、まだ何も分かっていない」
「兵は出さないのですか?」
ゼインが聞いた。
「出したいところだ。だが、ガリゴス砦周辺は別派閥の貴族領だ。こちらの兵を大きく動かせば、余計な疑いを招きかねない」
伯爵の視線が、俺に向いた。
「そこで、白鹿の蹄鉄商会に頼みたい」
「……俺たちに、ですか」
「君たちなら、商会として目立たずに動ける。ガリゴス砦周辺の村とエピテティアの間で、コレインの足取りを確認してほしい。危険だと判断したら、無理をせず情報だけ持ち帰ってくれ」
言っていることは分かる。
俺たちはようやく盗賊を預け、見張り続ける道中から解放されたばかりだ。
本音を言えば、このまま拠点へ戻って休みたい。
だが、コレイン様がただの盗賊に後れを取るとは思えない。
それでも連絡が途絶えたのなら、何か別のトラブルに巻き込まれている可能性が高い。
すぐに頷ける話ではなかった。
黙っていると、ゼインが短く言った。
「行かない理由を探してるのか?」
俺は言葉に詰まった。
「……そう見えるか?」
「行く気がないなら、もう断ってるだろ」
何も言い返せなかった。
疲れは残っている。
危険なのも分かっている。
それでも、コレイン様が危険な目に遭っているかもしれないと聞いて、断る言葉は出てこなかった。
俺は小さく息を吐いた。
「分かりました。その依頼、受けます」
「助かる。必要なものはこちらで用意しよう」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
「できれば、早めに動いてほしい。コレインがトラブルに巻き込まれているなら、一刻を争うかもしれない」
「分かりました。今夜のうちに準備を始めます。出発は、明日の昼前になると思います」
口にした瞬間、それでもかなり急な日程だと思った。
ロテアから戻ったばかりで、皆も馬も休めていない。
だが、ここで何日も空ける気にはなれなかった。
俺が言うと、テオが少し目を細めた。
「昼前でも十分急だな。今夜のうちに、必要なものを洗い出しておこう。馬と荷馬車の確認もいる」
「ああ。頼む。拠点に戻ったら、すぐに段取りを決めよう」
そう答えながら、頭の中ではすでに必要なものを並べ始めていた。
コレイン様の身に何が起きたのかは分からない。
それでも、何もせずに待つことだけはできなかった。
6/19 細部修正・羊皮紙から鹿皮紙に変更




