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行商人サイラスの狂運 ~平穏に暮らしたいだけなのに、【幸運の加護】でなぜか成り上がっていく~  作者: ブラン
第一部 運がいい行商人

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第29話 順調な道中

 白鹿の蹄鉄商会として送り出した最初の別働隊は、無事に戻ってきた。


「戻りました。荷はほとんど売れました」


別働隊の荷馬車が戻ると、留守番組の一人がそう報告した。


「全員、無事か?」


「はい。荷馬車も問題ありません」


それを聞いて、肩に入っていた力が少し抜けた。


「それならよかった。荷はどれくらい残った?」


「農具が少しと、金具が三箱ほどです。思ったよりよく売れました」


 マルコが荷台を確認し、それから帳簿を受け取る。


「帳簿も見せてください」


「はい。大きな問題はないと思いますが、値引きした分の記録が少し抜けています」


「それなら直せます。次からはその場で書き込むようにしましょう」


留守番組の二人が、そろって息を吐いた。


 俺が同行していない荷馬車が無事に戻ってきた。

その事実に、俺はようやく少し安心できた。

留守番組とは呼んでいたが、今の彼らはただ留守を守っているだけではない。

商品を売り、帳簿をつけ、近場の行商にも出る。

そう考えると、これからは拠点組と呼んだ方がいいのかもしれない。


 それから数日で、商会の動きはさらに形になっていった。

追加で傭兵や御者候補を数名雇い、二つ目の別働隊も近場へ出す。

それも問題なく戻り、拠点組だけで、次の予定まで組めるようになっていた。

俺がいなくても荷が動く。

それは喜ぶべきことなのだろうが、まだ少し落ち着かない。


 とはいえ、本隊もいつまでもゼオニカにいるわけにはいかなかった。

ジャルミナで仕入れた農具や金具は、春先にロテア方面で売るために仕入れたものだ。

道中には農村が多く、ロテアも畜産が盛んな街である。

畑仕事や畜舎の補修が本格化する前に、動いておきたい。


「予定通り、ロテアへ向かうか」


俺がそう言うと、テオが頷いた。


「そうだな。拠点の方はマルコ達に任せられる。そろそろ俺達も動いていい頃だ」


 今回、俺達がロテアへ持っていく荷馬車は三台。

残りはゼオニカに残し、拠点組に任せる。

同行するのは、俺、テオ、ゼイン、ミア、トビー、ハンス、ラルフの七人。

俺達はロテアへ向かい、拠点組はゼオニカで商売を続ける。

まだ慣れないが、それが商会というものなのだろう。


***


 準備を終えた俺達は、ゼオニカを出て北へ向かった。

空は朝から重く曇っており、時折、細かな雨が荷馬車の幌を叩いた。

ロテアへ続く街道は、平坦な土地を北へ伸びていた。

道の左右には畑や牧草地が広がり、ところどころに農村が見える。

この辺りは土地が開けている分、農業や畜産が盛んなのだろう。


 ただ、街道がずっと開けた場所を通っているわけではない。

途中で一度、森を切り開いて作られた道に入った。

おそらく、ゼオニカとロテアをできるだけまっすぐ結ぶために通された道なのだろう。

荷馬車が通れるだけの幅はあるが、両側には木々が迫っていた。

枝葉に視界を遮られ、さっきまでの農地のように遠くまでは見通せない。

ラルフの加護があれば、多少の異変には気づける。

それでも、最近は盗賊絡みの騒ぎが続いているせいか、自然と周囲を見てしまう。


「落ち着かない顔をしてるな」


ゼインが言った。


「こういう道は、どうしてもな」


「まあ、何もないに越したことはない」


ゼインの言葉に頷きながら、俺は周囲を見渡していた。

だが、森の道は長くなかった。


 怪しい人影を見ることもなく進んでいるうちに、前方から光が差し込んでくる。

やがて木々が途切れ、視界が一気に開けた。

畑と牧草地が広がり、遠くには農家の屋根が見える。

柵の中では牛や馬が草を食み、干し草を積んだ荷車がゆっくりと街道を進んでいた。


「これだけ開けていれば、盗賊も隠れにくいな」


俺がそう呟くと、御者台のトビーが前方を見たまま頷いた。


「牛や馬の方が多そうですね」


「その方がいい。盗賊よりはずっとましだ」


そう答えたところで、風に、干し草と獣の匂いが混じり始めていた。


「……ロテアが近いって感じがしてきたな」


「匂いで、ですか?」


「ああ。少しきつい」


俺がそう言うと、トビーは苦笑した。


「畜産の街ですからね。牛や馬が増えれば、どうしてもこうなります」


荷台のテオが、道端の柵を見ながら言った。


「柵を直している農民が多いな」


「春支度か?」


「それもあるだろうけど、家畜を外に出す前に直しているんだと思う。釘や蝶番は動きそうだ」


「なら、ロテアに来た甲斐はありそうだな」


「ああ。少なくとも、荷が余る心配は少なそうだ」


 森を抜けてからは、街道沿いの農村や小さな町に立ち寄り、ジャルミナで仕入れた農具や金具を少しずつ売りながら北へ進んだ。

やがて街道の先に、家畜を連れた人々の列ができているのが見えた。

列の向こうには、ロテアの門がある。

俺達もその列に加わり、小雨の中で牛の鳴き声を聞きながら順番を待った。


 ここまでの道中は、驚くほど何も起きなかった。

俺がようやく肩の力を抜きかけたところで、門の向こうから牛の鳴き声が響いてきた。

その鳴き声は、道中で聞いたのどかな家畜の声とは少し違って聞こえた。

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