第28話 白鹿の蹄鉄
領主館から戻ると、拠点では荷の整理が一段落していた。
ジャルミナで仕入れた農具や金具は、種類ごとに分けられている。
行商組は荷を確認し、留守番組はマルコが作った仮の在庫表と荷札を照らし合わせていた。
こうして見ると、本当に人が増えた。
少し前まで、俺達は三人で荷馬車を動かしていたはずなのだが。
「領主館の話はどうだった?」
ゼインが荷箱を降ろしながら聞いてきた。
「話はまとまった。商会として登録することになった」
俺がそう言うと、ミアや留守番の者達が一斉に顔を上げた。
「商会、ですか?」
「ああ。今後は商会名義で荷を動かす。帳簿と取引記録も、今まで以上にきちんと残す必要がある」
俺達はもう、ただの隊商ではなくなる。
「それで、商業ギルドに登録するには商会名が必要です」
マルコが当然のように言った。
「商会名?」
俺は固まった。
商会を作る必要があることは分かっていた。
だが、名前までは考えていなかった。
「サイラス商会でいいんじゃないか?」
真っ先にそう言ったのはゼインだった。
「却下だ」
「早いな」
「俺一人の名前を載せるのは違うだろ。これはもう、俺だけの商売じゃない」
「……そう言われると、反論しづらいな」
「では、ゼオニカ商会はいかがでしょう」
留守番組の一人が言った。
「悪くはないと思うが……」
マルコが少し考えてから首を振る。
「似たような名前の商会がいくつもあります。なので、取引先に間違えられる可能性があります。」
「じゃあ、やめておこう」
名前を聞き間違えられて、別の商会と間違われるのは困る。
「盗賊狩り商会はどうですか?」
ミアが目を輝かせて言った。
「絶対に嫌だ」
「分かりやすいと思いますけど」
「武闘派に見えすぎる。俺達は商人だ」
「専属傭兵でもありますよね?」
「それを看板に出したくないんだよ」
盗賊を避けたいのに、名前で盗賊を呼び寄せそうだ。
「蹄鉄商会はどうでしょう」
トビーが控えめに言った。
「馬車商売にも合うし、旅の守りや厄除けの印でもある。悪くないな」
テオがそう頷いた。
「厄除けね……」
「お前の幸運の加護も、厄除けみたいなもんじゃないか?」
ゼインが面白そうに言う。
「面倒事には巻き込まれるが、なんだかんだで最後は助かってるだろ」
「厄は避けられてないだろ」
「最後に無事なら十分だ」
「十分じゃない」
「ですが、商会名としては悪くないと思います」
マルコが話を戻した。
「ただ、蹄鉄だけでは馬具屋か鍛冶屋に見えますね。商会名にするなら、もう一つ何か欲しいところです」
そこで、留守番組の一人が遠慮がちに手を上げた。
「あの……白鹿はどうでしょうか」
「白鹿?」
「はい。幸運つながりと言いますか、俺の村では、白い鹿は吉兆だって言われていました。街道で見れば無事に帰れる印だとか、道に迷った人を導くとか」
「白鹿の蹄鉄商会……」
マルコが小さく繰り返した。
「少し長いですが、印象には残りますね」
白鹿は吉兆。
蹄鉄は旅の守り。
荷馬車が無事に戻るように、という意味なら悪くない。
「……よし。その名前でいこう」
俺がそう言うと、マルコが帳面に名前を書き込んだ。
こうして、俺達の商会名は決まった。
***
商会名が決まると、そこからの数日は書類仕事に追われた。
商業ギルドでの登録、商会名義の帳簿作り、ペトロス家の特例契約の確認。
俺とテオが必要な確認をし、マルコが書類を整える。
思ったより手間はかかったが、大きな問題は起きなかった。
近場での行商用に金貨十枚の融資も受けた。
運転資金だと分かっていても、俺としては借金が増えたようで少し落ち着かない。
そして今、俺達は白鹿の蹄鉄商会として、最初の別働隊を出そうとしていた。
五台ある荷馬車のうち、今回使うのは一台だけ。
積んでいるのは、ジャルミナで仕入れた農具や金具の一部だ。
「近郊の農村と、定期市が開かれる小村を回ります。遅くとも一泊で戻れる範囲です」
マルコが段取りを確認する。
「今回は大儲けより、販売と帳簿の経験を積ませるのが目的だな」
テオも頷いた。
荷馬車のそばでは、選ばれた留守番組の二人が値付け表を確認している。
御者と荷運びは新しく雇った者達。
全体の指揮と護衛判断は、オルドさんに任せる。
「行き先も近く、荷も一台分です。初回としては無理のない範囲です」
マルコが確認するように言った。
「危ないと判断すれば、すぐ戻ります」
オルドさんも落ち着いている。
準備は整っている。
それでも、自分が乗らない荷馬車を送り出すのは妙な気分だった。
白鹿と蹄鉄の商会印をつけた荷馬車が、ゆっくりと通りへ出ていく。
まだ見慣れないその印が、朝の光の中で小さく揺れていた。
あの荷馬車が無事に戻ってきた時。
その時こそ、白鹿の蹄鉄商会としての本当の第一歩になるのだろう。




