第24話 隊商の拡大
『ゼオニカ方面へ向かう隊商の護衛・御者・荷運び募集。
荷馬車の扱いに慣れた者、護衛経験のある者歓迎。
詳細は三日後の朝、当酒場前にて』
「よし、これでいいか」
俺は張り紙の位置を確認し、小さく頷いた。
荷馬車を増やすなら、それを動かす者も必要になる。
御者、荷運び、護衛。
そのため、俺たちは酒場の壁に募集の張り紙を出した。
「ああ。数人は集まるだろう」
テオがそう言ったので、俺は少し安心した。
「じゃあ、次は荷馬車だな」
俺たちは酒場を出ると、そのまま馬車を扱う店へ向かった。
壁に残された張り紙を、酒場の客や傭兵たちがじっと見ていたことには、この時の俺はまったく気づいていなかった。
***
馬車を扱う店には、中古の荷馬車がいくつも並んでいた。
俺にはどれも似たように見えたが、テオは一通り眺めると、少し古びた荷馬車の前で足を止めた。
「この辺りがいい。見た目は古いが、車軸と荷台はしっかりしている。値段も相場より安い」
「テオがそう言うなら、それでいいか」
俺は店主と値段を相談し、使えそうな中古の荷馬車を二台買うことにした。
必要な馬具も合わせて、金貨七枚。
相場よりは安いらしいが、それでも軽く払える額ではない。
さらに、荷馬車を増やすなら馬も必要になる。
店主に紹介された厩へ向かい、今度はトビーに馬を見てもらうことにした。
「この子たちなら大丈夫です。少し気が強いですけど、ちゃんと扱えばよく歩いてくれると思います」
トビーは馬の顔を覗き込み、首筋をそっと撫でながらそう言った。
俺には馬の良し悪しなどほとんど分からない。
だが、馬の扱いに関しては、トビーの感覚を信じていいだろう。
結局、荷馬車を引くための馬を四頭、金貨十四枚で買うことになった。
「……荷馬車と馬だけで、金貨二十一枚か」
思わず声が漏れる。
「採石場跡の報奨金は、これでほとんど消えたな」
「金貨って、減る時は早いな……」
ついこの間まで金貨が増えたと浮かれていたのに、荷馬車と馬を買っただけで一気に減っていく。
商売を広げるというのは、思った以上に心臓に悪い。
とはいえ、必要な投資なのは間違いない。
あとは、三日後に何人か来てくれればいい。
その時の俺は、まだその程度に考えていた。
***
三日後の朝。
俺たちが酒場の前に向かうと、そこには予想以上の人だかりができていた。
御者経験者、鉱山帰りの力自慢、荷運び仕事をしていた若者、傭兵崩れらしい男たち。
ざっと見ただけでも、二十人近くはいる。
「……いや、多くないか?」
俺が足を止めると、近くにいた男たちの声が耳に入った。
「たった七人で四十人近い盗賊を壊滅させたのって、あいつらだろ」
「ペトロス家の専属傭兵って話も本当なのか?」
「荷馬車を増やすってことは、本格的に隊商を大きくする気なんだろうな」
違う。
七人で四十人を壊滅させたわけじゃない。
盗賊同士が勝手に揉めて、そこにイノシシが突っ込んだだけだ。
俺たちは、逃げ遅れた連中を捕まえただけである。
だが、そんなことをここで説明しても余計にややこしくなる気がした。
横を見ると、テオは応募者たちを眺めながら、もう品定めを始めていた。
「……で、何人くらい雇えばいいんだ?」
「五人だな。増えた荷馬車を動かすなら、それくらいはいる」
「五人か……」
思っていたより多いが、御者や荷運びまで考えれば、たしかに必要な人数ではあった。
俺がどう選んだものかと悩んでいると、テオがふと一人の男に目を留めた。
「あの男、加護持ちだな」
「え?」
「槍を使う加護だと思う。腕も悪くなさそうだ」
テオが視線で示した先には、四十手前くらいの男がいた。
日焼けした顔に、手入れされた革鎧。
腰には槍を携えているが、腕自慢の若者たちのように前に出て騒ぐ様子はない。
「まずは、あの人から話を聞いてみるか」
俺が声をかけると、男は一歩前に出て静かに頭を下げた。
「オルドと申します。三十八歳。【槍の加護】を持っています。以前は街道警備隊で小隊長を務めておりました」
「街道警備隊の小隊長?」
「はい。ロヴァルド砦の攻略後、新しい軍道が整備されまして。担当していた旧街道の警備隊が縮小され、部隊再編で隊を離れることになりました。今は民間の護衛仕事を探しております」
なるほど。
だから、元警備隊の小隊長が護衛募集に来ているわけか。
「荷馬車の護衛、夜営の警戒、隊列の維持なら、多少は経験があります」
物腰は丁寧だが、背筋は伸びている。
周囲の若い応募者たちがそわそわしている中で、その男だけは落ち着いてこちらを見ていた。
俺がテオを見ると、テオは小さく頷いた。
「採ろう。新しく雇う者のまとめ役にも向いている」
それで十分だった。
「オルドさん。ゼオニカまでの護衛と、新しく雇う人たちのまとめ役をお願いできますか?」
「承知しました」
オルドは短く頭を下げた。
こうして、まず一人が決まった。
その後、テオと相談しながら、御者や荷運び、護衛に使えそうな者を選んでいった。
腕の強さよりも、増えた荷馬車を安全に動かせるか、周囲とうまくやれそうかを優先した結果、オルドを含めて採用は五人になった。
思っていたより多いが、荷馬車を増やした以上、必要な人手ではあった。
これで帰り道は少し楽になる。
そう思って、俺がようやく息をついた時だった。
「サイラスさん、少しよろしいですかい」
声をかけてきたのは、酒場の主人だった。
「鍛冶師組合の方が、あんたに話があるそうで」
「鍛冶師組合?」
俺が聞き返すと、主人の後ろから、分厚い前掛けをつけた中年の男が姿を見せた。
手には、鍛冶師組合の印が入った木札を持っている。
「サイラス殿でよろしいでしょうか」
「はい。俺がサイラスですが……」
男は俺たちの後ろにいる新しく雇った者たちへ一度視線を向け、それから丁寧に頭を下げた。
「ゼオニカ行きの荷について、少々ご相談がありまして」
人手は雇った。
荷馬車も馬も用意した。
これで準備は整ったと思っていたのだが。
――どうやら、出発前にもう一つ用事が増えたらしい。
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