第2話 ゼオ芋の酒
街道を少し外れ、森の小道を抜けた先に、目当ての村はあった。ゼオコリス村。木造の質素な家が十数軒ほど身を寄せ合うように建っている小さな村だ。広場で少しばかりの商売を済ませた俺たちは、ランプの燃料を分けてもらうため村長の家を訪ねた。恰幅の良い中年の村長は、俺たちを快く迎えてくれた。事情を話すと、すぐに両手で抱えるほどの小さな木樽を持ってきてくれる。
「ほれ、これが燃料じゃ。一樽で銀貨二枚じゃな」
樽を受け取った瞬間、ツンとした強烈なアルコールの匂いが鼻を突いた。思わず目の奥がツンとして、涙がにじむ。
「うわ、すごい匂いだな。何の油ですか?」
「油じゃない、それは酒じゃよ。うちの特産のゼオ芋を発酵させて蒸留したもんじゃ」
「えっ、酒なんですか? これが?」
驚く俺に、村長はバツの悪そうな顔をして頭を掻いた。
「ゼオ芋は痩せた土地でも育つ、この村の貴重な作物じゃ。わしの【発酵の加護】で酒にして、新しい特産にするつもりだったんじゃがな」
「【発酵の加護】ですか。酒造りにはかなり向いていそうですが」
思わず声を上げた俺に、村長はさらに肩を落とした。
「どうにも加護が強く出すぎるらしい。味はえぐいし、酒としては強すぎる。だが、よく燃える。今では燃料代わりに売っとるわけじゃ」
なるほど。加護をコントロールできない不便さは、俺も身に染みてわかっている。なんだか他人事とは思えず、俺は村長に少しばかりの親近感を抱いた。
「おい、サイラス」
テオが背後から小声で話しかけてきた。
「鑑定で見た限り、酒としては厳しいな。だが、燃料としてなら十分使える。銀貨二枚なら高くない」
テオの耳打ちを受け、俺は納得して村長に向き直った。
「村長さん、事情はわかりました。燃料として、ありがたく買い取らせてもらいます」
俺が銀貨二枚を支払うと、村長はホッと顔を綻ばせ、嬉しそうに頷いた。
「思いがけない臨時収入になって助かったわい。そうだ、あんたたち。これも買っていかんか?」
村長が奥から持ってきたのは、乾燥させた立派なキノコが詰まった小袋だった。
「先日、旅商人から買い取ったアミタ茸じゃ。スープにすると悪くないんじゃが、うちのゼオ芋と一緒に食うと腹を下す者が出てな。命に関わるほどではないが、この村では扱いに困っとる」
「なるほど。それで売りたいと」
「安くしておく。どうじゃ?」
俺がテオに視線を向けると、彼がキノコの入った袋に触れて小さく頷いた。
「悪くない品だ。アミタイト地方の特産品だな。ゼオニカなら珍しい食材として高く売れるかもしれない」
テオの『鑑定』結果を受け、俺はもう一度村長に向き直った。
「わかりました。それなら、こちらもありがたく買い取らせてもらいますよ」
「おお、助かるわい!」
商談が成立し、俺はキノコの代金を支払った。
「ところで村長さん。今日はもう遅いし、この村の空き地で一晩野営させてもらえませんか?」
「もちろん構わんよ。あそこの広場なら火を使っても大丈夫じゃ」
快諾してくれた村長は、ふと少し声を潜めて俺たちに顔を寄せた。
「明日はゼオニカへ向かうそうじゃな。最近、この辺りの山に凶悪な盗賊団が住み着いて、行商人を狙っとるらしい。くれぐれも気をつけることじゃ」
背筋に、冷たいものが這う。
「……貴重な情報、ありがとうございます。警戒して進むことにしますよ」
俺は村長に深く頭を下げた。その夜、俺たちは焚き火を囲みながら、盗賊を避けるために遠回りしてでも安全なルートを進むことを確認した。
「お前の加護が、明日は妙な働き方をしないといいな」
ゼインが焚き火の向こうで、からかうように笑った。
「縁起でもないこと言うなよ……。頼むから、明日は何事もなくゼオニカに着いてくれよ」
明日は少し遠回りをして、盗賊の出る山道を避ける。それだけのはずだった。




