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行商人サイラスの狂運 ~平穏に暮らしたいだけなのに、【幸運の加護】でなぜか成り上がっていく~  作者: ブラン
第一部 運がいい行商人

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第1話 奇妙な幸運

初めての作品です。

2~3日に1話更新できるように頑張ります。

冒頭部分を追加しました。5/20

 陣幕の外から、地鳴りのような歓声が響いてくる。


「サイラス様万歳!」「我らが総帥に勝利を!」


数万の軍勢が放つ狂気にも似た熱気に包まれながら、俺は本陣のテントの中で一人頭を抱えていた。


 大陸全土を巻き込む、血みどろの大戦乱。

本来なら、俺はそんな恐ろしい権力闘争とは無縁の場所で暮らしているはずだったのだ。

それなのに、気がつけば俺はあろうことか数万の軍勢を率い、この狂った戦のド真ん中に立たされている。


「どうしてこうなった……俺はただ、安全に平穏に暮らしたかっただけなのに……」


 俺は身の丈に合わない豪奢な鎧に身を包み、深いため息をついた。


 ――思えば、すべての始まりは『あの日』だった。


 俺がまだ、ただのしがない行商人だったあの日……俺の平穏な日常は、すでに終わりを告げていたのだ。




     * * *




 カルデリア帝国の街道を、一台の古びた荷馬車がのんびりと進んでいく。


雲ひとつない晴天の下、車輪が立てるガタガタという音だけが、のどかな景色の中に響いていた。


「よし、今日もいい天気だ。この分なら、予定通り明後日にはゼオニカに着きそうだな」


御者台で手綱を握る俺――サイラスは、ポカポカとした陽気に目を細めながら大きく伸びをした。

俺はしがない行商人だ。各地を巡って安いものを仕入れ、高く売れる街へ運ぶ。基本的には平和で平凡な毎日を送っている。


「……ふむ。この短剣、装飾は綺麗だが、どうも安っぽい価値しか感じないな。ゼオニカの裏路地でなら、銀貨二枚で騙し売りできるかもしれないが……正規の店には出すには厳しいな。」


荷台の方から、知的な眼鏡をかけた青年――幼馴染のテオが、仕入れた品物を検品しながら独り言を呟いている。

この世界には、十人に一人程度の割合で『加護』と呼ばれる特別な力を持って生まれる者がいる。

テオが持つ【鑑定の加護】は、対象の『価値』をなんとなく感じ取ることができる。行商人にとってこれほどありがたい力はない。


「おいテオ、俺の剣の刃こぼれはどうだ? 砥石で研いだが、まだ甘いか?」


「貸してみろゼイン。……うん、素人にしては上出来だ。価値が下がっているような感じはしない」


テオに剣を渡したのは、もう一人の幼馴染、銀髪のゼインだ。

彼が持つ【剣の加護】は、剣術における天性の才能と身体能力をもたらす。同じ加護を持つものでも加護の強さは異なるが、ゼインの持つ【剣の加護】は非常に強力らしい。今はただの護衛役として退屈そうに剣の手入れをしているが、いざという時には恐るべき腕前を発揮する頼もしい男だ。


彼ら二人の能力のおかげで、俺たち三人の行商は成り立っていると言っても過言ではない。

幼い頃に盗賊に村を焼かれた孤児である俺たちは、こうして肩を寄せ合い、「とにかく安全に、平穏に暮らすこと」を目標に生きてきた。


ガコンッ!


「うおっ!?」


その時、突然馬車が大きく傾き、嫌な音を立てて停止した。

俺が慌てて御者台から飛び降りると、街道の端にあった深いぬかるみに、右の車輪がすっぽりとハマってしまっていた。


「あーあ……昨日降った雨のせいか。ついてないな」


俺がため息をつくと、荷台から降りてきたゼインが苦笑いした。


「お前の『悪運』が出たな。仕方ない、俺が馬車を持ち上げるから、サイラスは車輪の下の泥を掘って石でも詰めてくれ」


俺は「了解」と頷き、荷台からスコップを取り出して車輪の下の泥を掻き出し始めた。

俺にも一応、神様から与えられた加護がある。それが【幸運の加護】だ。

だが、この加護は全くコントロールが利かない。今回のようにぬかるみにハマるような小規模な「不運」は日常茶飯事だ。ただ、その不運の後に、なぜか帳尻を合わせるように「幸運」が転がり込んでくることが多いのだ。


「よいしょ、っと……ん? なんだこれ」


泥を掘り返していたスコップの先に、カツンと硬いものが当たった。

引っ張り出してみると、泥にまみれた銀色のチェーンのようなものだった。近くの水たまりで軽く泥を落としてみると、それは青い宝石があしらわれた美しいネックレスだった。


「おい、テオ。これわかるか?」


俺がネックレスを渡すと、テオの眼鏡の奥の目が大きく見開かれた。


「……こいつは驚いた。詳しい材質まではわからないが、とんでもなく価値が高いことだけは分かる。裏ルートで上手く売れれば、俺たちの馬車が三台は買える額になるかもしれないぞ……」


「マジか!」


「よく見ると、裏にどこかの貴族の紋章みたいなものが彫られているな。これだけ立派なものなら持ち主も探しているはずだ。下手に売れば、窃盗を疑われて厄介なことになるかもしれない」


テオの冷静な分析に、俺は少し考えてから頷いた。


「そうだな。持ち主が必死に探してるかもしれないし、ゼオニカの街で落とし主が見つかれば、正規のお礼がもらえるかもしれない。とりあえず綺麗に洗って、俺が持っておくよ」


これが、ただの金回りの良い幸運なのか、それとも厄介事に巻き込まれる不運なのかはわからない。だが、こんな日常が俺は好きだった。



 なんとか馬車をぬかるみから出し、太陽が西に傾きかけ、空がオレンジ色に染まり始めた頃。

俺は荷馬車の備品をチェックしていて、あることに気がついた。


「おい、マズいぞ。ランプの燃料がすっからかんだ。昨日、樽にヒビが入って漏れてたのを忘れてた」


「なんだって? ランプなしで夜の街道を進むのは危険だぞ」


テオが慌てて地図を広げる。

夜の暗闇には、柄の悪い野盗などが潜んでいることもある。明かりがないのは厄介だった。


「……ここから少し街道を外れたところに、小さな村があるな。そこで燃料を分けてもらうか?」


「そうだな。背に腹は代えられない。今日はその村で一泊して、明日の朝、ゼオニカへ向けて出発しよう」


俺の提案に、二人も頷いた。


――この時の俺は、ただ「夜道は危ないから」という常識的な判断を下しただけだった。


まさか、この村に立ち寄ったことが俺を、大陸全土を揺るがす戦乱の渦中へと引きずり込む第一歩になるなんて、思いもしなかったのだ。



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