第19話 留守番組の状況
「亜麻灯りの豊漁祭」の後も俺たちは数日ほどポローニアに滞在していた。
初めての行商で疲れが溜まっているであろうミア達や馬に休養を与えたかったからだ。その間に俺はゼインやテオと行商の準備を進め、完了した次の日にみんなでゼオニカへの帰路についた。
帰りは、行きに通った海沿いのルートではなく内陸を通るルートを選んだ。帰りは盗賊に出会うことはなかったが、少し遠回りになることもあり、ゼオニカの城壁が見えるころにはポローニアを出発してから半月ほどの月日が流れていた。
「見えたぞ! ゼオニカの街だ!」
俺が街を指差すと、荷台から顔を出したラルフやミアたちも嬉しそうに歓声を上げた。新しいメンバーを加えての初めての行商の旅は少しのトラブルはあったものの、結果的に大成功を収めて無事に帰りつくことができたのであった。
門での簡単な検問を抜け、俺たちは大通りの裏手にある拠点へと帰還した。
拠点の周りは清掃が行き届いており、中からは人の気配もする。これなら生活費を持ち逃げされた心配はなさそうだ。俺は安堵の息を吐いた。
扉を開くとみんなが机に向かって熱心に羊皮紙に何かを書き連ねている姿があった。彼らの身なりは以前の薄汚れた姿ではなく、ツギハギはあるものの清潔な服を纏っている。俺たちに気づくと彼らは立ち上がり、きれいな所作で一礼した。
「「サイラス様! お帰りなさいませ!」」
その直後、マルコが奥の部屋から落ち着いた足取りで現れ、恭しく一礼した。
「……お帰りなさいませ、サイラス様。皆様がご不在の間、私の方で彼らに『商売人としての基礎』を叩き込んでおきました」
「お、おう。ずいぶんと様変わりしたな」
少し見ない間に、スリや浮浪児同然だった彼らが、きちんと挨拶ができるようになっている。
驚く俺の横で、テオが感心したように眼鏡を押し上げた。
「すごいな。文字の読み書きや、計算なんかもできるようになったのか?」
「はい! もちろんです!」
テオの問いに、十歳くらいの小さな男の子が元気よく手を挙げた。
「自分の名前と、簡単な計算ができるようになりました!」
「たったの1か月くらいでそこまでできるようになったのか…すごいな。」
「はい。サイラス様から頂いた『あの教本』を元に、彼らのための教育カリキュラムを作成いたしました」
マルコは真剣な表情で、本棚に並べられた教本を手に取った。市場で『教本用に買った本』が染料でダメになったお詫びに、異国の店主からもらった本だ。
実は本が入っていたあの木箱には商業国家のナジームのエリートが幼少期から一人前の商人になるまでに使用する教法が揃っていたらしい。
「正直に申し上げますと、内容が難解すぎて私自身も十分に理解できていません。ですが……私も彼らと共に死に物狂いで学び、この本の内容をすべて理解してみせます!」
マルコが感極まったように熱く語る。
(いや、文字と簡単な計算を教えるために渡しただけなんだけど!?)
俺はマルコの勝手な勘違いと、高すぎる教育目標に内心頭を抱えた。
他の街で仕入れたものをゼオニカで売るのを手伝ってもらおうと考えていた程度なのに、いつの間にか俺の拠点が『エリート商人の養成機関』になりつつある。
「……ま、まあ、無理のない範囲で頑張ってくれ」
俺が引きつった笑顔で褒めると、留守番組は「頑張ります!」と嬉しそうに深々と頭を下げた。
* * *
翌日。
留守番組がすでに『商売人としての基礎』を身につけているようなので、ゼオニカでの販売を任せても問題がないか試してみることにした。
仕入れてきた商品を渡してみたところ、彼らは市場の露店で元気よく客を呼び込み始めた。
その間、俺とテオ、ゼインの三人は、ペトロス家の領主館へと足を運んでいた。
ポローニアで手に入れた「討伐証明書」の提出と、治安維持活動の報告を行うためだ。
豪華な応接室に通され、執事に書類を渡して待っていると、ガチャリと扉が開いた。
「おお、君たちが妹の代わりにこの地域の治安維持を引き受けてくれたという傭兵団だな」
入ってきたのは、一人の青年だった。
コレインによく似た美しい金髪と、非常に整った顔立ちをしている。身に纏っている上質な服飾から、彼が高位の貴族であることは一目でわかった。
「初めまして。私はアルフレッド・ペトロス。コレインの兄だ」
「こ、これはご丁寧に。サイラスと申します」
俺が慌てて立ち上がり頭を下げると、アルフレッドは一回の傭兵である俺達に対しても偉ぶることなく、柔和な笑みを俺たちに向けた。
「堅くならないでくれ。今日は妹に代わり、領地の治安維持を引き受けてくれたことへの礼を言いに来たんだ。たった七人で、十五人の盗賊団を無傷で捕縛したそうだね。見事な手柄だ。」
アルフレッドが感心しきった様子で褒め称えてくる。
「い、いえ。たまたま運が良かっただけですよ。地形に助けられたというか……」
俺は必死に謙遜したが、アルフレッドは俺の言葉を別の意味で受け取ったらしい。
「謙遜しなくていい。地形を利用するとは見事な知略だ。これからも頼むぞ、サイラス団長」
「は、はぁ……」
勘違いが解けそうにないので、俺は曖昧に笑ってやり過ごすしかなかった。
* * *
領主館での報告を終え、市場の露店へ向かうと、マルコたちが誇らしそうな顔で出迎えてくれた。
「サイラス様! お預かりしていた商品はすべて完売いたしました!」
彼らが差し出してきた帳簿は、非常に分かりやすくまとめられていた。
「すげえ……本当にマルコとあいつらだけで商売を回しきっちまったのか」
ゼインが感心したように、商品のなくなった露店を眺めている。
「接客はほとんど彼らがやってくれました。ゼオニカでの日常的な商売であれば、私と彼らだけでも十分に対応できそうです」
俺はゼオニカでの販売を任せても問題がなさそうなことに一安心した。
「分かった。マルコ、ゼオニカでの商品の販売はお前たちに任せるぞ」
「はい! お任せください!」
ゼオニカでの販売は留守番組に任せて、次の行商の準備に専念することにした。
――次の目的地は、ゼオニカから北西に位置する職人の街『ジャルミナ』。
俺達は長旅の疲れを癒すために数日間の休養を取り、次の行商の旅のための準備を進めるのであった。




