第18話 亜麻灯りの豊漁祭
ポローニアに到着して数日が経過した。
俺たちがいる市場の通りには、美しく織り上げられたリネン(亜麻布)製品が所狭しと並んでいる。
ポローニアは古くから造船業が盛んな街であり、丈夫な船の帆やロープを作るための紡績技術が発展した。
その紡績技術が衣類や装飾に転用され、リネンが作られるようになったらしい。
その上質なリネンや新鮮な海の幸を求めて、市場は毎日たくさんの客でにぎわっていた。
「やっぱり、ゼオニカで仕入れた香辛料を持ってきて正解だったな」
店番を任せているテオが、荷馬車に積まれた大量の木箱や麻袋が着実に減っていくのを見ながら、満足そうに帳簿を眺めている。
「ああ。ゼオニカで仕入れた香辛料はこっちじゃ珍しいからな」
ゼオニカもこのポローニアも、同じように南の『ナジーム首長国連邦』と海で繋がっている。だが、主要な交易先となる対岸の都市が違うため、入ってくる香辛料の種類も違うのだ。
「おかげで大儲けだ。この調子なら持ってきた分は今日中にあらかた売り切れそうだな」
テオが売上金の入った袋を叩きながら嬉しそうに言うと、俺は頷いて立ち上がった。
「テオ、残りの販売の方は任せたぞ。俺たちは空いた荷馬車に、帰りのための仕入れ品を積み込んでおく」
俺はハンスを連れて市場を回り、リネンや香辛料を買い付けていった。
胡椒やサフランといった香辛料は荷馬車を圧迫せず、ゼオニカでは高く売れるのでいい稼ぎになってくれるはずだ。
「ふぬぅぅぅっ……!」
買い付けたリネンの束を空いた荷馬車へと押し上げながら、ハンスが顔を真っ赤にしていた。
「おいおいハンス、今日も加護を切って筋トレか?無理はするなよ?」
俺が苦笑して声をかけると、ハンスは息を切らしながら真剣な顔で首を振った。
「す、すみません。でも、ここで加護の力に頼っていては、俺自身の筋肉が成長しないんです……!」
「お、おう。そうか」
この世界に存在する加護には、自分の意思で効果を発動したり、効果の強さを調整することができるものがある。 ハンスの【剛力】は加護の効果を調整することができるタイプらしい。加護の効果を強くするには気力のようなものが必要らしく、気力が尽きればそれほど大きな力は出せなくなる。 彼はあえて加護の力を使わない状態で、重い荷物を運ぶという筋トレをこの数日間続けているのだ。
「まあ、やる気があるのは良いことだ。あまり無理はするなよ」
俺が苦笑いしながらハンスに水筒を投げ渡した時、街のあちこちから大きな鐘の音が鳴り響いた。
「おお、そろそろ日が落ちる。始まるぞ!」
今日は一年の最後の日。
この港町で、新しい年の豊漁と船の安全を海神に祈る『亜麻灯りの豊漁祭』が始まる合図だった。
日が沈みきると、海岸線に沿って等間隔に置かれた小さなランタンに、徐々に明かりが灯っていく。
風除けとして薄く織られたリネンを巻かれたランタンから漏れる優しい光が、冬の暗い海辺をとても幻想的な光景へと染め上げていた。
街中の人々が海岸の広場に集まり、酒を酌み交わし、屋台の美味い飯を頬張りながら一年を無事に過ごせたことを祝い、来年も無事に過ごせることを祈るのだ。
この年越しの祭りの熱気により人々の財布の紐は緩み、ポローニアで売る予定だった商品は見事に完売した。
空になった荷馬車三台分には、代わりにポローニアの特産のリネンや海産物がぎっしりと積み込まれ、俺の懐にはずっしりと重い金貨や銀貨が収まっていた。
「よし! 今日の商売はここまでだ!」
俺が満面の笑みで声を張ると、屋台の並ぶ広場で待機していたテオやゼイン、それにトビーたちが一斉にこちらを向いた。
「商売は大盛況だったし、盗賊の討伐報奨金もある。銀貨一枚ずつやるから祭りの屋台で好きなものを食ってこい!」
「「「うおおおおっ!! 団長、最高!!」」」
トビーやラルフ達は、俺が渡した銀貨を握りしめ、歓声を上げて祭りの屋台へと駆け出していく。 俺は近くの屋台で自分へのご褒美として、屋台で一番高い「特大の海鮮串」を購入した。
「さて、俺たちも美味い酒を……」
そう言って振り返ろうとした、その瞬間だった。
ドンッ!
「痛っ!」
人混みを縫うように走ってきた小柄な男が、串を持っていた俺の腕に勢いよくぶつかってきた。 あっ、と思った時にはもう遅い。 衝撃で手から滑り落ちた特大の海鮮串は、無情にも地面へとダイブした。
「俺の特大串があぁぁぁッ!?」
俺が絶望の叫びを上げた直後、激突した男が舌打ちをして逃げ出そうとする。
「えいっ!」
ドガシャァン!
どの屋台に行こうかと周りを見渡していたミアが、俺にぶつかってきた男に足払いを入れた。見事に転倒した小柄な男の上に、ミアが素早く馬乗りになって押さえつける。
「に、逃がさないよ! サイラスの串を弁償しなさい!」
突然の騒ぎに、周囲の客たちはざわめきながら後ずさった。
「おお! そいつだ、そいつを取り押さえてくれ!」
直後、恰幅の良い、陽気な赤ら顔のおっさんが息を切らして追いついてきた。
おっさんは近くにいた衛兵を呼んでスリを引き渡した。
「がっはっは! 嬢ちゃん、お手柄だぞ! そいつ、俺の財布をすりやがったんだ! 嬢ちゃんの連れの兄ちゃんは、そいつのせいで串がダメになっちまったみたいだな。財布を取り返してくれたお礼に俺から飯を奢らせてくれ!」
「おっ、マジか!?」
「ああ。酒と、海鮮焼きをドンと頼んでやる! 遠慮せずに食ってくれ!」
「タダ酒なら大歓迎だぜ! おっさん、話がわかるな!」
特大の海鮮串はダメになってしまったがタダで美味いものが食えるなら安いものだ。俺は適当に話を盛りながら、ここぞとばかりに次々と海鮮焼きを平らげていった。
「がっはっは! 数日前に衛兵所に連行されてきたっていう鼻水だらけの盗賊団を捕まえてきたのはお前らか!逃げ場のない状況で冷静に敵を罠にかけるとは見事だな!」
おっさんはバンバンと俺の背中を叩きながら、腹を抱えて大笑いしている。
テオやゼインも、気前よく酒を奢ってくれるこの陽気なおっさんに毒気を抜かれ、苦笑しながら付き合ってくれていた。
ひとしきり飲み食いして満足したのか、おっさんはドンとジョッキを置いて立ち上がった。
「いやあ、面白かった! また何か面白い話があったら聞かせてくれ!」
「ごちそうさん、おっさん! またどっかで会ったら奢ってくれよな!」
「がっはっは! 次この街に来た時も、また美味い酒を飲もうぜ!」
嵐のように去っていったおっさんの背中を見送りながら、俺はパンパンになった腹を満足げにさすった。
俺たちの一年は、特大の回線串を失う不運の代償にタダ酒を奢ってもらうという幸運で締めくくられた。賑やかな祭りの熱気と笑い声に包まれながら、まもなく新しい年を迎えようとしていた。




