第15話 新メンバーを加えた行商の旅
翌朝。
ゼオニカの拠点の前に、商品の詰まった三台の馬車が待機していた。
今回の行商には、俺、テオ、ゼインのいつもの三人に、新メンバーの中から【加護】持ちの四人を加えた7人で行くことにした。
残りの若者や子供たちの管理と教育は、昨日雇った専属事務員のマルコに完全に丸投げしてきた。 ほとんど会ったばかりの連中を雇って、当面の生活費とともに拠点に置いていくのは不用心かもしれない。だが、ペトロス家の専属傭兵となってしまった以上、定期的に報告へ戻るためのゼオニカの拠点はどうしても必要だ。これは今後のための必要なリスクだと割り切ることにした。
「よし、忘れ物はないな?『ポローニア』へ向けて出発するぞ!」
俺の号令とともに、三台の馬車がゆっくりと動き出した。 ポローニアは、ゼオニカから海沿いを東へ進んだ先にある港町だ。季節は冬の初めだが、海沿いのルートは比較的温暖で雪による足止めを食らうことはない。冬の行商ルートとしては最適な場所だった。 ポローニアへの道中にあるいくつかの村で行商をしながら、最終的にポローニアを目指すことになる。
* * *
横目に広がる海を眺めながら、俺は心地よい風を感じていた。
「……なんか、いつもより馬車の揺れが少なくないか?」
御者台に座る俺が呟き、隣で手綱を握るまだあどけなさの残る少年――トビーに視線を向ける。
彼は昨日、俺やテオが仕入れをしている間に、ゼインから馬の乗り方や馬車の扱いを教わっていた。【騎乗の加護】の力なのか飲み込みが異常に早く、今ではすっかり立派な御者だ。
トビーは初めての御者仕事に楽しそうに目を輝かせているが、彼が手綱を握ると、不思議なことに馬は驚くほど落ち着き、荷馬車特有の不快な振動は嘘のように消え去った。
揺れの少ない穏やかな道中に、つい気を緩めかけた、その時だった。
「団長、この先の岩陰に不自然な人影が複数隠れています。おそらく野盗の待ち伏せかと」
先頭の馬車の荷台から顔を出したラルフが、前方を見据えて鋭く警告を発した。 【偵察の加護】を持つ彼には、俺たちの目には見えない遠くの気配や、罠の兆候が感覚的にわかるらしい。
「マジか。よし、トビー。少し遠回りになるが迂回ルートを進むから、そこの脇道を左に曲がってくれ」
「わかった!」
ラルフの索敵のおかげで、俺たちは無用な戦闘やトラブルを完全に回避して進むことができていた。
* * *
出発から十日ほどが経ち、俺たちは目的地のポローニアまであと一日ほどの距離にある、海沿いの小さな漁村に立ち寄った。
ここで一晩休息を取り、行商のついでに海産物や干物などの保存食を仕入れる予定だ。
村の広場に馬車を停めると、ゼオニカで仕入れた農具や生活必需品は飛ぶように売れ、代わりに干物などをたっぷりと買い付けることができた。 商売を終えた俺たちは、その夜、地元の漁師たちと一緒に焚き火を囲んで夕食をとっていた。
「ほれ、旅のお客さんたち。遠慮せずにどんどん食ってくれ」
漁師たちが網の上で、新鮮な魚介類を次々と焼いて振る舞ってくれる。
焼きたての香ばしい匂いに、ラルフやミアたちも目を輝かせながら海の幸を堪能していた。
ふと見ると、漁師の一人が短いナイフで手慣れた様子で大きな貝をこじ開け、中身をそのままツルリと飲み込んでいた。
「おい、ちょっと待て。火を通さずに生で食って大丈夫なのか?」
俺が驚いて尋ねると、漁師は豪快に笑って貝を指差した。
「あぁ、こいつは今朝獲れたばかりだから大丈夫だ。新鮮なうちなら生で食うのが一番美味いぞ」
「生で……?」
すると、その言葉を聞いていたラルフが、おずおずと生の貝を手に取った。
彼は見よう見まねでナイフを使って貝をこじ開け、こわごわと中身を口に運ぶ。
「……っ! 美味い! なんだこれ、めちゃくちゃ美味いですよ団長!」
初めて味わう海の幸の美味さに感動したのか、彼は次々と生の貝をこじ開け、口に放り込んでいく。
「そんなに美味いのか?」
俺やテオたちも釣られて一口だけ生で食べてみた。確かに、磯の香りと濃厚な旨味が口いっぱいに広がって絶品だった。
網の上で香ばしく焼き上がる魚や貝をつまみながら、俺たちは漁師たちと和やかに言葉を交わす。
心地よい波の音と、パチパチと爆ぜる焚き火の音。長旅の疲れを癒やすように、満ち足りた穏やかな夜がゆっくりと更けていった。
* * *
そして、翌朝。
漁村を出発し、ポローニアへ向かう細い海沿いの道を進んでいる最中のことだった。
「うぅぅ……お腹痛いです……死にそうです……」
馬車の荷台の奥から、情けない呻き声が響いてきた。
顔面を真っ青にしてお腹を抱えているのは、昨晩、生の貝を食べまくっていたラルフだった。
「完全に食あたりだな。この様子じゃ、しばらくは荷台で寝かせておくしかないな」
テオが『鑑定』でラルフの状態を確かめ、やれやれと首を振る。
「仕方ない、ポローニアに着くまでゆっくり休ませてやろうぜ」
俺は気楽な調子で頷いた。
だが、あまりの順調さに、俺たちは完全に油断していた。
ラルフが寝込んでしまったことの危うさに、誰も気が付かないほどに。
のんきにあくびを浮かべながら、俺たちはゆっくりと馬車を進めていった。




