第14話 専属事務員
買い出しを終えて屋敷に帰還すると、昨日拠点の契約手続きの際に代行業務を引き受けてくれたマルコが出迎えてくれた。
「お帰りなさいませ。ご依頼いただいた十六人分の居住登録、商業ギルドへの所属申請の手続き……すべて完了いたしましたので、ご確認ください」
マルコは涼しい顔で、完璧に整理された書類の束を机に並べた。
俺がその書類の山を見て呆気にとられていると、中身を確認していたテオが信じられないというように目を見開いた。
「これだけの手続きを、たった一日でこなすなんて……凄まじい実務能力だな。」
「前の商会でもよくやっていたことなので、この手の手続きには慣れているんです」
マルコは謙遜するように深く頭を下げた。
その言葉と完璧に整理された書類を見て、俺は心の中で大きく頷いた。
ふと屋敷の奥に目をやると、ミアが連れてきた若者や子供たちが、慣れない手つきで掃除をしていた。彼らは真面目だが、貧しい村の出身ゆえに読み書きや計算ができない者がほとんどだ。俺たちが不在の間、彼らをまとめ、屋敷を管理してくれる大人がどうしても必要だった。
(これだけ仕事が早くて真面目そうな奴なら、俺が事務作業や拠点の管理をするより、雇って丸投げした方がいいんじゃないか?)
俺は一歩前に出て、マルコの手をガシッと握りしめた。
「マルコさん。まだ次の仕事は決まってないんだよな?」
「いえ、これから探そうかと……」
「なら今日からうちの専属事務員になってくれ! 給料は弾むし、この屋敷の管理を任せる代わりに住み込んでくれていい。どうだ?」
「えっ……! ほ、本当ですか!?」
マルコの声が裏返った。
「路頭に迷うところだったので、本当に助かります……! 精一杯働かせていただきます!」
マルコは深々と頭を下げた。
よし、言質は取った。これで面倒な事務作業からおさらばだ。俺は懐から一枚の羊皮紙を取り出した。
「さっそく最初の仕事だが……この免状を使って、『関税半額免除』の手続きをお願いしたい」
「関税半額の特権申請ですか……。わかりました、確認いたします」
マルコは事務的な手つきで羊皮紙を受け取った。だが、そこに押された紋章を見た瞬間――ピタッとその動きが止まった。
「……こ、これは。ペトロス家の免状……?」
マルコは血の気を引かせた顔で、信じられないものを見るように羊皮紙を見つめた。
「一体どうやってこのようなものを……。」
「まあ、色々あってな。頼めるか?」
「……はい。しかと承りました」
マルコは恭しく免状を胸に抱いた。 元事務員だからこそ、ペトロス家から特権を引き出した俺たちの異質さが痛いほど理解できたのだろう。
「それと、もうすぐ俺たちは行商の旅に出る。俺たちがいない間のこの屋敷の管理と、あそこにいる若者や子供たちへの『教育』だ」
「教育、ですか」
「あいつら、文字の読み書きも計算も怪しい。簡単な帳簿のつけ方くらいは叩き込んでやってくれ。この木箱の教本を使ってくれ」
俺がドンッと木箱を渡すと、マルコは震える手で受け取り、中身を確認し始めた。
「文字の練習用の初歩的な本ですね。これなら彼らにも……ん?」
マルコは木箱の底にあった分厚い本を手に取ると、再び顔色を変え、震える手でページをめくり始めた。
「サ、サイラス様……! この本は、ただの教本ではありません……!」
「ん?」
「これは……ナジーム首長国連邦で、商業を学ぶエリートが使用する専門書です! なぜこんな希少書を……!?」
えっ、マジで?
(俺の【幸運】、本が染料被っただけでまた変なモン引き当てたのかよ……!)
俺は心の中で冷や汗を流したが、ここで「染料被ったお詫びに偶然もらった」と言うのも格好がつかない。俺は面倒くさくなり、わざとらしくフッと口角を上げてキメ顔を作った。
「ああ。あいつらには、それを読ませておいてくれ」
その言葉を聞いた瞬間、マルコはハッと息を呑み、畏敬の念に打たれたような視線を俺に向けた。
ペトロス家の免状を易々と手に入れる手腕。そして、惜しげもなく与えられる高度な専門書。マルコの中で、俺という人間の評価が勝手に天元突破していくのがわかった。
「サイラス様は彼らを『一流の商人』に育て上げるおつもりなのですね……!」
「え? いや、そこまでは……」
「そこまで深く考えておられたとは……本当に恐れ入りました。責任を持って、彼らにこの高度な商売の知識を叩き込みます!」
マルコは真剣な面持ちで、教本の木箱を抱えて深々と頭を下げた。
(いや、とりあえず字が書けて簡単な計算ができるようになればいいんだけど……。まあ、俺がサボれるくらい有能になってくれるならいいか)
俺はマルコの異様な気合に少し引きつつも、頷いておいた。
こうして、拠点を留守にする準備が整い、俺たち『武装商人』としての初めての行商の旅が、いよいよ幕を開けようとしていた。




