第13話 ゼオニカの市場での仕入れ
短めの話が続くので2話連続での投稿です。
新たな拠点を確保した翌日の午前中。
行商の旅に向け、俺はテオとハンスを連れてゼオニカの巨大な市場へと買い出しにやってきていた。ハンスはミアが連れてきた十二人のうちの一人だ。【剛力】の加護を持っている。
ゼオニカは、南の大海に面した活気あふれる巨大な港町だ。
海を挟んだ反対側にある商業国家『ナジーム首長国連邦』との交易が盛んであり、市場は常に凄まじい喧騒と熱気に包まれている。
石畳の大通りには所狭しと露店が並び、細かい幾何学模様が編み込まれた色鮮やかな絨毯や、見慣れないガラスの装飾品を売り込む商人たちの威勢のいい声が、あちこちから響き渡っていた。
「ふんっ、ぬぅぅっ!」
細身のハンスが、大人でも苦労する重さの小麦の袋を荷車に積み込んでいく。
「すげえなハンス。細身なのにそんな重いもん一人で運べるなんて、助かるぜ」
「あ……いえ……俺なんて、本当にこれくらいしか取り柄がありませんから……。少しでもお役に立てるなら……」
ハンスは細身で頼りなさそうには見えるが、重い荷物を運ぶのにとても役立っていた。
市場を進む中、色鮮やかな商品が並ぶ香辛料売りの露店で、テオが足を止めた。
「サイラス。あの店の香辛料、なかなか質がいいぞ。他の街ならかなり高く売れるはずだ」
テオの『鑑定』のお墨付きをもらい、俺はナジームから輸入されたシナモンやナツメグなどをいくつか買い付けた。
「まいどあり! ……そうだ、もしよかったら、こっちの袋も買っていってくれないか?」
商人が奥から引っ張り出してきたのは、赤黒い粉末がぎっしり詰まった大きな麻袋だった。
「こいつは『唐辛子』の中でも、特に辛い品種を粉末にしたもんでしてね。向こうじゃ料理のアクセントにしたり、防虫剤代わりに撒いたりして使われてるんですが……こっちの国じゃ需要がないみたいでねえ。だから格安にしておきまさぁ」
唐辛子の粉末か、と俺は少し考えた。
もし行商で売れ残っても、あの広い倉庫の防虫剤代わりになるなら買っておいて損はないだろう。
「よし、それも買おう。何かの役に立つだろ」
俺は唐辛子の粉末が詰まった麻袋をハンスに持たせた。
「次は、留守番組に文字を教えるための本だな」
新しく俺たちの隊商に加わったやつらは、元々貧しい村の出身で読み書きや計算ができない者がほとんどだ。彼らに拠点の留守番や簡単な商売を任せるなら、俺たちがいない間に最低限の基礎を身につけてもらわないといけない。
俺たちは路地裏の古本屋に寄り、店先のクズ籠の中から、勉強になりそうな簡単な絵本や教本をいくつか見繕った。
「よし、これで買い出しは完了だな。拠点に戻ろう」
会計を済ませ、ホッと息をつきながら様々な工房が立ち並ぶ通りを歩いていた、その時だった。
「あっ! 危ない!」
頭上から誰かの焦った声が響いた。
見上げると、工房の二階の窓から、職人が手を滑らせたのか、大きな壺が落下してくるのが見えた。
ガチャンッ! バシャアァァッ!
壺は俺の目の前の石畳に激突し、派手な音を立てて砕け散った。
「うわあっ!?」
俺は咄嗟に後ずさったが、壺の中から飛び散った真っ青な染料が、俺の持っていた紙袋にバシャリと容赦なく降り注いだ。
急いで中身を取り出すと、先ほど買ったばかりの古本が青い染料をたっぷりと吸い込み、ページがくっついて完全に使い物にならなくなってしまっている。
「あーあ、せっかく買ったばかりだったのに……! 」
俺が真っ青に染まった本を見て肩を落としていると、工房から恰幅の良い店主が慌てて飛び出してきた。彫りの深い顔立ちをした、異国風の男だ。
「も、申し訳ない! 二階の職人が手を滑らせてしまって……怪我はないかね!?」
「け、怪我はないですが……本がダメになっちまいました。子供たちに文字を教えるのに、ちょうどいい本を見つけたと思ったんですが……」
俺が無惨な本を見せると、店主は痛ましそうに顔をしかめ、何度も頭を下げた。
「本当にすまない! 子供たちの勉強用だったのか……おお、そうだ。お詫びと言ってはなんだが、代わりの本なら私が提供しよう。少し待っていてくれ!」
数分後、店主が工房の奥から抱えて持ってきたのは、大きな木箱だった。
「私はナジーム首長国連邦の出身でね。向こうの学院に通っていた頃の教本だ。文字の練習になる初歩的なものから、少し難しい本も混ざっているが……」
「えっ、そんな本をもらっていいんですか?」
「ああ、うちの不注意で迷惑をかけたお詫びだ。もう使わないものだから遠慮せずに受け取ってくれ」
俺はありがたくその木箱を受け取った。
タダで代わりの本が手に入るなんて、こんなに運のいいことはない。
――だが、【幸運の加護】が引き当てたこの本が、留守番組にとんでもない事態を引き起こすことになるなど、この時の俺は知る由もなかった。




