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第1話-3 エピローグ

騒動の翌日。二限の終わった昼休みの、中庭を進んだ校舎裏。


「眞玄の定位置は木の上なのか?」


前日とは違う木の上でくつろぐ眞玄に、晴人は声をかける。


「別に。ただ札を剥がそうとして上ったら、背中を預けるのに良い枝と幹があったのだよ」


眞玄は枝に腰を下ろし、幹に背中をもたれていた。


「僕ものぼれるかな」

「あいにく良い枝は一つだけでね。座り心地を保証しなくていいのなら、二三本空いてるのがあるが」

「それじゃ、ここで我慢する」


晴人は幹にもたれかかり、購買で買ったパンをポケットから取り出す。

ビニール袋を破って常温のホットドッグにかじりついた。


「眞玄、昼飯は?」

「ない」

「カレーパンあるけど、いるか?」

「結構だ。昼食は食べない主義でね」


眞玄は、木の上で体勢を変えずに寛いでいる。

空を雲がゆっくり流れていく。

まるで昨日のことは世界の常識で、気にすら留める必要もないとでもいうように。


「昨夜はまた助けられたな。悩みの原因の看破、まさか本当に勘でもあるまい。どうやって気づいたんだ?」


黙ってパンを齧っていると、木の上から声がかかった。


「半分は勘だよ。ただ、昼に彼女を運んだ時に、鞄に全く同じキーホルダーが二つ付いてるのを見たんだ。もとは誰かとお揃いだったんじゃないかと思ってさ」

「なるほど」


見た限り旅行土産の小さなキーホルダー。元がお揃いだったとして、大切な人とのものでなければ二つともバッグに着けたりはしないだろう。


「あの女子、ちゃんとやってるかな」

「さあな。名前も聞いていないし、まあ再び魔霊化すればわかるから、心配することはない」

「冷たいな」


眞玄は、女子の予後にあまり興味はないようだった。


「私の責務はあくまで魔霊の駆除だ。なにもお悩み相談窓口を設けているわけではない」

「そうじゃなくて、気にならないのかって話だよ」

「気になるのか?」

「当然だろ」


仮にも生きる意義を失って死にかけていた人だ。その後の状態が気にならないわけがない。


「もしまた魔霊化したら、とか考えずにはいられないさ」

「責任感が強いんだな。苦労するぞ」

「眞玄が弱すぎるんだ」


眞玄は上を向いたままだ。下からでは顔が見えないから、目を閉じているのか開けているのかはわからない。


「……黒菱。人助けに理由が要らないというのは私の嫌いな理論だ。人助けというものが主観的に定義される以上、いかなる行動であろうとそこには動機と論理が存在しなければいけないからな。しかし……人助けに責任が伴うというのも、私には良い理論には思えん」

「……その理由は?」

「生きている限り、他者への責任からは逃れられない。これは裏を返せば、普通に生きていれば我々は他者への最低限の責任を果たし続けているということだ。一般的な行動で、新たに特別に果たすべき責任は生まれない」

「昨日のは一般的な行動なのか?」

「人助けというのは、至極一般的な行動だよ」


眞玄の声は、なんだか聞いていて落ち着く。

それは、心のどこかがとても安心できるような言葉だった。


「今度は私から質問だ。昨夜、なんでついてきた?」

「え?」

「彼女が魔霊化した時、私が札を貼るまで君は邪気にもろに当てられていた。歩くのも難しい状況で、魔霊の後を追おうとした理由だ」

「ああ、そのことか」


あのとき、確かに晴人は強い邪気に当てられていた。二回目と言っても、そんなに慣れるものではない。


「自分でもよくは分からない。あのとき、追わないって選択肢が頭の中に浮かばなかった」


痺れて言うことを聞かない脚。息もできないようなひどい空気。歪んだ視界。あのときの状況は、思い返せば最悪だった。


「でも、もしかしたら、責任感かもしれない」

「責任感?」

「これは僕が自分で首を突っ込んだ問題だ。目の前で不味い状況が起きているのなら、それでなにも手が出せないのなら、せめて見届けるのが自分の責任だと思ったような気がする」


手が出せないのならせめて目だけでも。

自分から足を踏みいれておいて、都合が悪くなったら逃げる。そんなのは、虫が良すぎる。


「見届ける、か……」


その返答が気に入ったのかそうでないのか、眞玄は顔を天に向けたまま晴人の言葉を復唱する。

しばしの沈黙。

風が木の枝を揺らし、地面に映った木漏れ日が揺れるのを見て、晴人は意を決した。


「眞玄」

「ん?」

「ひとつ提案なんだが、眞玄の仕事、僕も手伝っていいか? 邪魔はしない」

「奇遇だな。ちょうど助手をひとり募集していたところだ」


木の上からするすると手が下りてくる。晴人に向けられたそれが握手を求める手だと気づくのに、時間はかからなかった。

小さな白い手を優しく握る。その柔らかな肌は、思っていたよりも少しだけ暖かかった。

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