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第1話-2 夜道

 晴人は倒れていた女子を学校に送り届けることにした。交番にしなかったのは、あまり大ごとにならない方がいいと思ったからだ。

 学校まで女子を背負って歩き、再び学校から家へ歩き出す頃には、もう部活が始まっていて、帰宅する生徒はまばらだった。

 軽くなった背中で今日二回目の帰路を辿り、家に着いたのは17時半を過ぎていた。

 スマートフォンでゲームをして、学校から持って帰ったプリントを整理すると、時間はゆるゆると過ぎていって19時前になった。

 テレビでもつけようかと思ったそのとき、スマホにショートメールが来た。

 送り主は母親。今日の夕飯に使う香辛料が足りなくなりそうだから、買ってきてほしいというものだった。


「了解」


 独り言で呟いて、ソファから立ち上がり上着を着る。スーパーまでは片道1キロ弱。19時半には帰って来られるだろう。

 財布とスマホをポケットに突っ込み、家の鍵を持って玄関の戸を開ける。


「さむ」


 日はすっかり沈んでおり、帰ってきたときよりも気温は体感数度下がっていた。街灯の照らす道を、ポケットに手を突っ込んで歩く。風が頬を撫でた。

 角を数回曲がって、川沿いの道に出る。しばらく道なりに進むと、煌々と光るスーパーの看板が見えてきた。

 自動扉をくぐり、一直線に売り場に向かう。何度も来ているので、店の構造は把握していた。

 目的の商品を手に取るとレジで会計をし、そのまま細長い瓶をポケットに突っ込んだ。

 つかの間の温かさに別れを告げ、再び夜の街を歩き出す。

 川沿いの道がもうすぐ終わるかという頃、不意に晴人は違和感を感じた。

 空気が澱んでいる。

 いや、何か不吉な、悪いものが空気に混じっていると言った方が適切だ。

 それは徐々に濃くなって、晴人を包み始める。

 遂に悪寒を感じ始めたとき、晴人はようやくその正体に気づいた。

 邪気。

 昼間、魔霊の側で感じたのと同じ空気。

 晴人は自分の右に目を向けた。

 邪気の流れてくる方向。

 小さな影が、こちらへ向けて走っていた。

 距離はざっくり50メートル。豆粒大でも直感で分かる。あれは。


「魔霊……!」


 川沿いの道に、浅い角度で合流する直線道路。その道を、黒い気配をまとった怪物は、一直線にこちらに向けて走ってきていた。

 徐々に邪気が強くなり、発生源が目に映る黒影だと分かる。

 しかし、日中見たものとは違って、服を着ておらず全身が真っ黒だった。それに、心なしか輪郭もぼやっとしている。

 そこまで考えたとき、晴人はふとあることに気づいた。

 もうひとり、魔霊の前を走っている人間がいる。


「追われてるのか」


 小柄でずんぐりした体型。短い脚を素早く動かして、こっちへ突進してくる。

 距離が縮まり、街灯に照らされたその人物の顔が判別できるようになった。

 黒髪、おかっぱ、低身長、細い手足。


「眞玄!?」


 それは紛れもない、数時間前に出会った少女だった。

 ずんぐりして見えたのは、なにか大きいものを背負っているせい。

 眞玄は晴人の近くまで来ると、くるっと体を反転させる。

 そのままズザザザッとアスファルトで靴底を削り、同時に一瞬で腰を落として重心を下げた。

 即座に魔霊が追い付く。

 が、止まり切れずに眞玄を飛び越えた。

 空中で体を捻って眞玄の方に体を向ける。だが、そのせいで着地に失敗し、ドシャッと落ちて派手に地面をゴロゴロ転がった。

 眞玄は背負っていたものを地面に寝かせ、拳を握り締める。そこでようやく、晴人は背負われていた荷物が人間だと気が付いた。

 服装は多分部屋着。意識はない。その女子に、晴人は見覚えがある。

 日中、魔霊に変貌していた女子だ。

 魔物の標的はあからさまに彼女だった。隙あれば飛びかかろうと様子を窺う魔霊に対し、眞玄は女子の位置を確認しながら、自らを防衛対象と敵の間に置いて魔霊を牽制していた。

 魔物の気配はかなり薄弱だ。下校時に見たものと同じに見えるが、昼と比べて段違いに邪気が弱い。

 姿形は確実に魔霊のそれだが、息苦しさもなければ悪寒もしない。

 理由は分からないが、相当近距離にいるのに肌を刺すような感覚だけで、昼間のような重圧は感じなかった。

 眞玄と魔霊はじりじりと睨み合いを続ける。

 そしてしばしの膠着状態の末、しびれを切らした魔霊は眞玄へと飛びかかった。

 真正面、やや低めの軌道で飛び込んでくる魔霊。

 それに対して眞玄は、まるで見えない短刀を突き刺すように体をぶつけた。

 ドスッ。

 鈍い音がして二者が衝突する。

 数秒間の静止を経た後。魔霊は、音もなく黒い粒子となって霧散した。

 眞玄は立ち直り、ふう、と息をつくと、晴人の方を向いた。


「ここで見たことは、まあ一種の心霊現象のようなものと考えて忘れて……と、君か黒菱」


 眞玄は晴人のことには気づいていなかったらしい。拍子抜けしたように言おうとした言葉を中断する。


「数時間ぶりだな。さっきの、魔霊……なのか?」


 姿形はまさしく魔霊。だが、薄すぎる気配と言い、霧のように消えてしまったことと言い、昼間のもの

と何かが違うことは明白だった。


「魔霊だ。だが、君が昼間見たものとは少し違う魔霊だな。今度のは実体のない、依代から分離したものだ」

「そんなことがあるのか」

「通常はない。分離したのは私がそうさせたからだ」


 話しながら眞玄は地面に横たえられていた女子を担ぎ上げ、背中に背負う。


「魔霊の根源は断ち切ったはずだから、魔霊を直接攻撃すればあとは自然回復する……と思ったのだが、このところ攻撃しては復活しての繰り返しだ。今回のこれだって効くのかどうか」

「魔霊の根源ってのはこの人の悩みか」

「ああ。有り体に言えばいじめだ。だったというべきかな。先週、私が止めさせた」

「加害者と知り合いだったのか?」

「いや? 単に脅しただけだ」


 イメージと違う言葉が眞玄の口から飛び出して少々面食らった。脅したって、実は武闘派だったりするのだろうか。そう言えば木から飛び降りたり、人を背負って走ったりと、身体能力の高さは随所に見られる。


「そもそも、この街に知り合いなどいない。ここに引っ越してきたのは二週間前だ」

「眞玄、転校生だったのか」


 どうりで一が知らないはずである。

 眞玄はしゃがみ込み、ちょいちょいと女子の頬をつつく。


「おい、起きたまえ」


 反応はない。

 すると眞玄は両手を出し、ぐにーっと女子の両頬をつねって引っ張った。


「んん……」


 女子がゆっくりと目を開ける。


「気分はどうだ? どこまで記憶がある」


 女子はあまり状況が呑み込めていないようで、あたりをキョロキョロ見回している。


「おい、もうほっぺた、離してやれ」

「また眠るかもしれん」

「だとしても他の手段にしてやれ。可哀想だ」


 目を覚ました女子は頬を引き延ばされ、口をがま口のようにしていた。女性のこのような姿を見るのは忍びない。

 眞玄は納得したのか手を離し、口が元に戻る。


「ここは……私、ベッドで寝てたんじゃ……」

「さっきそこで倒れている君を見つけてな。我々もそれまでのことは知らんのだ」

「なんでこんなところに居るんだろ……思い出せない」

「いわゆる夢遊病、というやつかもしれん。家までの道は分かるか?」

「わかります。ここ、来たことあるし」

「それはよかった。もののついでだ。送って行こう」


 女子が意外そうな顔を見せる。


「いいんですか?」

「もう日も落ちたこの時間、一人で歩くよりは二人のほうが安心できるからな」


 眞玄が立ち上がる。案外、面倒見のいいやつなのかもしれなかった。




 今日会ったばかりの三人が、夜道を一緒に歩いていく。

 ただし並んで歩いているわけではなく、先頭に女子、少し遅れて眞玄と晴人がついて歩く形だった。

 道は川沿いから住宅街へと続く道。近くの幹線道路を走る車の走行音で、少し離れると声は聞き取りづらかった。


「眞玄、どこから走って来たんだ?」


 小声で隣の眞玄に話しかける。


「1キロ程離れた場所だ。こんなに走るつもりではなかったのだが、魔霊が中々消耗しなかったものでな。それより、君はついてきて良かったのか?」

「うちは門限厳しくないんでね。それに乗り掛かった舟だ」


 夕飯に間に合わなくとも、友人にばったりあって話し込んだとでも言えば、1時間程度の外出は許してもらえるだろう。


「それに、魔霊が出ても眞玄がパンチで退治してくれるし」

「パンチ? そんなもので魔霊は倒せんぞ」


 怪訝な顔をする眞玄。


「え? だって昼間は魔霊を殴って倒してたじゃないか。さっきは体当たりだったけど」

「パンチでも体当たりでもない。あれは、これを使ったんだ」


 言いながら、眞玄は小さなアクセサリーをポケットから出して見せた。

 銀色の、菱形をしたペンダント。同じく銀色の細い鎖がついており、中央に赤い不透明なビーズのようなものがついている。


「これは術具と言ってな。結論から言えば、これを魔霊に押し付ければ魔霊を退治できる」

「随分便利だな」

「勘違いするな。あくまで一時的なもので、時間が経てば再び魔霊化する。それに魔霊は依代の精神と深く結合しているから、本来の精神にもダメージが入る。彼女がさっきすぐに立ち上がったのは、切り離した魔霊の退治という特殊な条件だったからだ」


 眞玄はペンダントをポケットに戻した。


「連続で使えば魔霊も耐性を付けるから、可能な限り続けては使いたくない。だからこうやって監視している」

「監視?」


 てっきり善意で送っているものだと思っていた。


「魔霊化にも予兆はある。考えたくはないが、彼女がその兆候を見せたら悪化する前に対処する」

「逃げられたりしたら?」

「その時は追うさ。これがあるからな」


 眞玄が自分の脚を指差す。暗くて気づかなかったが、よく見ると右のふくらはぎに札が貼ってあった。

 古びた紙に草書体の文字。昼間に眞玄がくれたものと同じだ。


「足の速さを上げてくれる札だ。君に渡した治癒の札のように、こちらは身体能力を上げてくれる。でなければ、人を背負って1キロなど走れん」


 たしかにそうだ。言われるまで気づかなかったが、魔霊から逃げているときの眞玄のスピードは、手ぶらだったとしてもかなり速い速度だった。自分より体格の大きな人間を背負った状態で、あのスピードを出すのは不可能に近い。さらに思い返せば、初めて会ったときに木から飛び降りられたのも、この札のおかげなのだろう。


「魔霊化したままにしておくと、どれくらいで宿主はヤバくなるんだ?」

「場合に寄るが、ざっくり見積もって平均3~4時間といったところだろう。ただしこれは累計だ」

「結構余裕があるんだな」

「あくまで平均ならばの話だ。状態が悪ければもっと早い。それに彼女はこれまでに何度も魔霊化している。すでに魔霊化と魔霊化の時間間隔が半日を切っていてかなり危うい」

「何度もって、その度に眞玄が治してるのか」

「そうだ。しかし色々な手を試したが、本当の意味で魔霊化を治せてはいない。もうほとんど手詰まりだ」


 それはつまり、魔霊の源となっている悩みが解消されていないという意味だろう。

 まばらな街灯が照らす夜道を、三人の高校生は進んでいく。深夜というには早い時間帯だが、元々人通りの少ないらしい街路には晴人たち以外に人影は見えなかった。

 そのまましばらく歩いて、前を歩く女子が立ち止まる。


「ここか」


 一軒家の家々が所狭しと立ち並び、道が蛇行している住宅街。女子が歩みを止めたのは、その中の一つの家の前だった。

 しかし、眞玄の言葉に女子の反応はない。

 眞玄が続けて何か呼びかけようとしたとき、それは起こった。

 女子の体からぶわっと黒い煙が湧きだし、急速に収縮して女子を黒く染め上げる。

 一瞬の出来事。

 女子は、晴人と眞玄の隣であっけなく魔霊化した。

 辺りを取り巻く邪気。急速に濃度が上昇し、あっという間に周囲に充満する。

 息が詰まる。

 鼓動が耳に響いて、平衡感覚がずれる。

 一瞬遠くに行きかけた意識が戻ってきたのは、邪気の根源が移動したからだった。

 眞玄の手をかいくぐり、走って逃げていくのが見える。


「くそっ、逃がすか」


 重い足を動かし、必死で前へと体を動かす。

 彼女はかなりの重症だと、眞玄は言った。

 それは、次の魔霊化で命を落とす可能性があるということだ。

 ただでさえペンダントの副作用もあるのに、ここで逃がしたら取り返しがつかなくなるかもしれない。

 だから、何としても逃がすわけにはいかない。

 そのとき、どんっと背中が叩かれた。


「邪気用の札だ。これである程度楽になる」

「っ、サンキュ」


 背中に貼られた札の効果か、苦しかった息が楽になる。拍動も正常に戻り、足がちゃんと言うことを聞くようになった。

 魔霊は駐車場を走り抜け、塀の向こうに消える。


「眞玄!」

「慌てるな。奴の位置なら多少離れても分かる。回り込むぞ」


 眞玄が走り出すのに続いて、晴人も曲がりくねった路地を駆け出した。

 立ち並ぶ家々の間を、曲がったり上ったり下ったりしながら魔霊を追う。

 途中魔霊が方向を変えたのか、来た道を引き返すこともあった。


「それにしても眞玄、魔霊化の兆候はわかるんじゃなかったのか」


 魔霊化は防げなくても、悪化する前に素早く倒す。そういう手はずだったはずだ。


「思ったよりも魔霊化の進行具合が深刻だった。恐らく私が多種多様な対処法を試したからだろう、複合効果で予兆が分かり辛くなったんだ。そしてそれと同時に、あれは相当不味い精神状態に至っている。下手をするとこの勢いのまま自死にすら至りかねない」

「自死!?」

「多方面から魔霊を抑えようとしたのが裏目に出た。くそっ、慣れないことは重ねるものではないな」

「多方面って、例えばどうやって魔霊を抑えるはずだったんだ?」

「結局失敗したが、昼間木の上に貼ったような退邪の札がそうだ。あれで本人が自分の気持ちと折り合いをつけるまでの時間稼ぎができるはずだった」

「あのときの」

「札は対象の近くで、なるべく開放的な場所に貼るのが望ましいのだが、見つかって興味本位で剥がされると困るのでな。仮に見つかっても物理的に手が伸びない場所に仕掛けた。結果的には無意味だったかもしれないが、あの時は助かった、感謝する」


 多分、眞玄は学校で被害が出るのを恐れていたのだろう。

 仮に校内で魔霊が出たら失神者が大量に出る。被害者が出なくても、大事件になることは間違いなかった。

 そのとき、感じられる邪気が強まった。

 前方から走ってくる黒い影。魔霊だ。

 こちらに気が付いた魔霊は脇道に逃げ込む。眞玄と晴人も続いた。


「この先は袋小路だ。決着をつけるぞ」

「ペンダントを使うのか」

「ああ。しかし彼女にはもう何度も使ってしまった。魔霊化を退けられる時間は長くないだろう。その短時間で、なんとか説得したい。成功すれば彼女の中から魔霊の因子を消せるから、再発もないのだが……」

「説得できなかったら? ペンダントを使っても、またさっきみたいに魔霊化するんだろ」

「分からん。しかしやるしかない。失敗したら、そのときまた考えるさ」


 前を走る魔霊が足を止める。

 行き止まりだ。

 立ち往生する魔霊に向かって、眞玄は減速せず突っ込んでいった。

 振り向こうとした魔霊の背中に、眞玄が拳、もといペンダントを握った手を押し当てる。

 魔霊は突き飛ばされてよろめくと、建物の外壁に背中をついた。

 何かが昇華するように魔霊の体から黒煙が立ち上り、それにつれて魔霊の黒が薄くなっていく。

 十数秒の後、そこに居たのは魔霊化する前の女子だった。

 しかしまだ薄っすらと黒い湯気のようなものが体から立ち上り、不完全な状態であることが見て取れる。


「意識があるからまず第一関門はクリア。出力調整は成功だ。この状態なら魔霊の影響も強く受けているから、心の内を聞き出すのも多少容易だろうが……さて上手くいくかどうか」


 眞玄は女子を真正面から見つめると、女子は戸惑いながらも視線を合わせた。


「さあ、君の心中を話してもらおうか」


 眞玄が大声で呼びかける。


「君の悩みは具現化し、人々に危害を加えようとしている。もはや君だけの問題ではない。ここで解消させてもらう」

「悩み……ああ。そんな簡単に解消できるものじゃないわよ」


 女子の口調は魔霊になる前の丁寧なものとは違い、どこか棘のあるものになっていた。


「君の悩みの元はもう消えたはずだ。今更何に悩む」

「消えた? そういう言い方もあるのね。でも私の悩みは消えてない。きっとこのまま死ぬまで続くでしょうね」

「要領を得んな。君の悩みはいじめの標的にされていることではないのか?」

「そんなこと、あなたに言う義理はない。説得しようとしても無駄よ。もう私、生きることへの執着なんてないから」


 その言葉が自殺をほのめかすものだと気づけない程、晴人は鈍くなかった。


「何故」

「生きる理由がなくなったから」

「生きる理由がなくなったって、死なない理由くらいなにかあるだろう」

「残念、そんなもの私には元からないわ」

「っ……」


 眞玄が言葉に詰まる。言葉の応酬は、目的に対して順調とは言い難かった。


「強情な……」

「眞玄。いっそ魔霊のことまで全部打ち明けて、いったん譲歩して貰うことはできないのか」

「無駄だ。上辺だけの解決では意味がない。彼女の中の悩みが根本的に解消しない限り、魔霊化は止められない」


 目の前の女子を見ると、微かだが確かに、魔霊の気配が戻ってきているのがわかった。

 多分あと数分で、彼女は魔霊に戻る。

 そのとき、晴人はある可能性に気づいた。


「恋人か、あるいは友人を亡くした。違うか?」


 女子の方へ顔を向け、思いついたことを口にする。

 すると、女子の目にわずかに意外そうな色が映った。


「勘がいいのね」

「それがあんたが生きない理由か」

「悪い?」

「君が死んだらその人が悲しむんじゃないのか?」

「悲しむ人がいなくなったから死ぬのよ。孤独な人生に価値なんてないわ」

「何十億の人のいるこの世に生きる限り、あなたは孤独じゃない」

「その中に亡くした親友の代わりもいるって言いたいわけ?」

「そうだ」

「言ってくれるわね……私の親友は替えが効くってわけ」

「この世には多くの人が生きている。あなたが思うよりこの世は広い」

「そんな中から目当ての人を見つけるの、ほとんど不可能よ」

「見つかるさ」

「何の根拠があって」

「人は誰しも、一人で生きていくことはできない。そんなひ弱な人間が、この世界には幾億と生きてる。これは、人が支え合える人を見つけられるという何よりの証明だ」

「それはあくまで一般論よ。見つける労力は並大抵じゃない」

「その労力に見合うものを、いや有り余るものを、あなたはその親友から受け取ったと思う。それにこれからあなたが誰かの親友になれば、誰かはあなたという親友を得られる。これは、十分な報酬だと思う」

「……」


 女子は言葉を句切る。時間はない。晴人がなおも言葉を投げかけようとしたとき、眞玄がそれを手で遮った。


「もういい」

「もういいって眞玄」

「違う。成功だ。魔霊の気配は消えた」


 言われて女子に意識を集中してみる。

 確かに、邪気は感じられなくなっていた。


「仕組みは知らないけど、心を見透かされるのは気分良くないわね」

「安心したまえ。そんなにクリアに覗けているわけじゃない。ま、生きる意義を見つけたことは分かるがな」

「勘違いしないで。友達に受けた恩、誰にも返さず死ぬのが嫌なだけよ」


 女子はそう言うと、袋小路を戻ろうと歩き出してよろけた。


「消耗しているんだ。私の肩で良ければ貸すが」

「残念だけど、15センチは足りないわね。大丈夫。歩けるから」


 女子は体を立てなおすと、すたすたと歩いて路地の出口へと向かった。

 晴人と眞玄もそれに続くが、不意に女子が立ち止まった。


「ごめん。ここ、どこ?」


 眞玄は苦笑すると、「案内しよう」と先頭に立った。

 三人の人影が、狭い路地を後にする。眞玄と一緒に女子を家まで送った晴人が、自分の家に帰りついたのは、夕食も出来上がった20時半だった。

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