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第七話:Null Pointer Exception

[登録状況: 休止中 (Inactive)]


 緑色の光を放つモニターの網膜投影が、修の思考に小さな波紋を広げた。

 全身の筋繊維を無理やり断裂させ、超回復で結合させた余韻――鈍い痛みが四肢の奥底で脈打つ中、修は薄暗い自室で次なるフェーズの変数ターゲットを見定めていた。


 白石雪音。Lv15。Sランクスキル『聖域守護』。

 しかし、その攻撃力はゼロという致命的な仕様バグ


 前世の記憶が脳裏を過る。四十年の不遇な人生の中で、修は彼女の悲劇的な末路を遠巻きに観測していた。強固な盾でありながら敵を倒せないという一点の欠陥を理由に、無能の烙印を押され、絶望の中で使い捨てられた少女。


(最高の素材が、誰にも解析されずに腐っていくのは、非効率的だな)


 探究心と、心の底にこびりついた同族嫌悪に似た怒り。復讐という壮大なプログラムを完遂するためには、強力なコンポーネントが多ければ多いほどいい。彼女は、その筆頭候補となりうる最高の「盾」だ。

 だが、どうやって接触する?

 人間不信の塊である修にとって、他者と自発的に関わる行為は、いつ裏切られるか分からない不確定要素リスクでしかなかった。


『Warning: Inconsistent logic detected.』


 まるで自分自身にデバッガーをかけるように、修は自問自答する。

 復讐という目的のためなら、孤独という信条すら曲げるべきなのか?


「――そうだ。これは、『実験』だ」


 修は、自分自身を納得させるための最適な論理ロジックを構築した。

 白石雪音という存在は、自分のスキル『プログラマー』がどこまで世界の理に介入できるのかを試すための、格好のテストケースだ。他者の強固な固有スキルを本当に書き換えることができるのか。失敗しても失うものはない。あくまで、自分の権能を検証するための合理的なプロセスなのだ。


 そう結論づけた修の行動は早かった。

 彼は『プログラマー』の権能を使い、ギルドのデータベースの深層へとアクセスする。通常なら厳重な暗号化が施されている領域を、何の痕跡も残さずに突破した。


[オブジェクト名: 白石 雪音]

[最終ダンジョン活動記録: 2週間前、E級『彷徨える宝物庫』にてパーティメンバーと口論の末、離脱]

[備考: 攻撃手段を持たないためパーティの負債として扱われ、著しい精神的消耗を来していると推測される]


「……彷徨える宝物庫。あの時のパーティか」


 かつてダンジョン内で見かけた、消耗しきった素人の寄せ集め。互いの欠陥を罵り合うだけの非生産的な集団。そんな環境にいれば、心が折れるのも必然だ。

 修はPCの電源を落とし、静かに立ち上がった。

 実験の準備は整った。あとは、対象オブジェクトを直接観測するだけだ。


 ◆


 翌日の午後。

 修はデータベースで得た住所を頼りに、都内の閑静な住宅街の木陰に立っていた。

 正面から接触し、警戒されては実験の精度が落ちる。彼は特定のイベントが発生するのを待つように、静かにターゲットの出現を待った。


 数時間が経過した頃、玄関のドアが開き、一人の少女が出てきた。

 白石雪音。

 だが、その姿は前世の記憶にある誇り高い聖女とは似ても似つかなかった。美しい銀髪は手入れされずにくすみ、ラフなパーカー姿の彼女からは、生気という光が完全に抜け落ちている。虚ろな目で力なく歩くその姿は、まるで魂を抜かれた人形のようだった。


 修の青い瞳が鋭く光り、彼女のステータスと状態ステートを暴き出す。


[状態: 精神消耗(極大), 自己嫌悪, 無気力]

[※システム警告: 致命的な精神的負荷により、対象の固有スキルへのポインタが消失する危険性あり (確率75%)]


「……スキルが、失われる?」


 修は眉をひそめた。スキルとは魂に刻まれた不変のコードのはずだが、精神の崩壊がシステムの大原則すら覆そうとしている。


(Null Pointer Exception……自身の存在意義を見失い、スキルが参照すべきアドレスを喪失しかけているのか)


 このまま放置すれば、彼女の精神と共に『聖域守護』のコードは永遠にクラッシュする。

 脳裏に、用済みとして裏切られ、ダンジョンの冷たい床で死を待つしかなかった前世の己の姿が重なった。


「……くだらん感傷だ」


 それは、修の計画にとって許容できないエラーだった。

 修は木陰から歩み出ると、力ない足取りで家に戻ろうとする彼女の背中に、冷徹な声を投げかけた。


「――白石雪音」


 少女の肩がびくりと跳ねる。ゆっくりと振り返った虚ろな青い瞳が、修を捉えた。


「……どなた、ですか」

「柏木修。お前と同じ、冒険者だ」


 修はギルドカードを無造作に提示する。雪音は一瞥しただけで、興味すら示さず目を伏せた。


「……何の、ご用でしょうか。私、もう冒険者は……」

「辞めるそうだな。お前のスキルが、攻撃力ゼロの『ハズレ』だからか?」


 単刀直入な言葉が、雪音の顔から血の気を引かせた。

 彼女の最も柔らかく、痛々しい傷口に、修は容赦なく塩を塗り込む。みるみるうちに、その瞳に涙の膜が張っていく。


「……あなたに、私の何がわかるんですか!」


 悲痛な叫びが響く。だが、修は一切の同情を見せず、システムエンジニアがプログラムの欠陥を指摘するような無機質な眼差しで彼女を射抜いた。


「わかるさ。お前は誰かを守るための絶対的な才能を持ちながら、敵を殺せないという仕様のせいで、誰からも必要とされなかった。違うか?」


 雪音は唇を噛み締め、俯いたまま震える。

 そんな彼女に、修は決定的な一言を告げた。


「――お前たちが抱えるそのバグ、俺が修正デバッグしてやる」


 雪音がはっと顔を上げる。その瞳に、信じられないという驚愕と、藁にもすがるような微かな光が点った。


「俺はお前と仲良しごっこをする気はない。これは取引だ」


 修は一歩踏み出し、彼女を見下ろす。


「俺の『実験』に付き合え。お前の盾がどれほど圧倒的なものか、俺が証明してやる。そして、お前を『ハズレ』だと笑って切り捨てた奴ら全員に、絶望と後悔を教えてやれ。そうすれば、俺がお前を、誰にも文句を言わせない最強の盾に作り変えてやる」


 それはあまりにも傲慢で、一方的で、悪魔のような囁きだった。

 だが、絶望の淵にいた少女にとって、それは初めて差し伸べられた「存在意義」だった。


 復讐のために理を書き換える男と、才能に絶望し心を砕かれた少女。

 二つの壊れたプログラムが、今、初めて交差コンタクトした。


 ---

【現在のステータス】

 ■柏木 修

 Lv: 9

 HP: 500/500

 MP: 120/120

 STR: 45

 VIT: 42

 INT: 145

 DEX: 118

 AGI: 55

 LUK: 7

 ATK: 50

 DEF: 52

 RES: 145

 現在の装備: 改良された剣(Eランク相当)、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン

 主なスキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブスキル『不遇の記憶』、パッシブスキル『並列演算』


 ■白石 雪音

 Lv: 15

 HP: 1450/1450

 MP: 380/380

 STR: 5

 VIT: 210

 INT: 55

 DEX: 40

 AGI: 35

 LUK: 80

 ATK: 0

 DEF: 285

 RES: 190

 現在の装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、白銀の円盾

 主なスキル: 【聖域守護】

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