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第六話:Code Refactoring

 アーク・セイバーの無様な失態は、修が描いたシナリオ通りに劇的な波紋を広げていた。

 最強ギルドの権威は地に落ち、預言者『Null』が投下した極秘情報に群がった他ギルドが、次々と利益を掠め取っていく。日本の冒険者業界を支配していたパワーバランスは、たった一人の「特異点」の手によって根底から崩れ去ろうとしていた。


「奴らが幻影ゴーストを追うために割くリソースの浪費……実に非効率的だな」


 自室の暗がりの中、モニターから放たれる冷たい光を浴びながら、修は青い瞳を細めた。

 アーク・セイバーは今頃、半狂乱になってNullのIPアドレスや痕跡を探り回っているだろう。だが、これ以上の連続した直接攻撃は、敵に学習の機会を与えるリスクがある。今の修の単体戦闘力では、国家権力にも匹敵するトップギルドの武力行使から逃げ切れる保証はない。


(焦りはバグを生む。復讐のバックグラウンド処理は一度休止し、次なるフェーズへ移行する)


 彼らが実体のない亡霊に怯え、リソースを無駄に食い潰している間に、修にはやるべきことがあった。

 それは、自分自身の「コード」のリファクタリング――圧倒的なスペック不足に喘ぐ、この脆弱な肉体ハードウェアの根本的な最適化である。


 ◆


 冒険者ギルドが運営する、防音と物理装甲に覆われた地下のVIP用トレーニング施設。数日分の利用料を前払いし、完全な密室空間を手に入れた修は、最新鋭の訓練設備を前に息を吐いた。

 現在の彼の肉体は、レベルアップの恩恵を受けているとはいえ、基本骨格は十八歳の青年の延長線上に過ぎない。前世で四十年の歳月と泥水をすするような苦労の果てに鍛え上げた、あの歴戦の肉体には程遠かった。

 世界の理を書き換える『プログラマー』という神の権能を持っていようと、それを駆動させる本体が低スペックでは、ここぞという時に致命的なエラーを引き起こす。


「さて、始めるとするか」


 薄暗い空間の中央に立ち、修は自分自身の身体のソースコードを展開した。網膜に緑色の文字列が滝のように流れ落ちる。


[オブジェクト: 柏木 修]

[状態: 正常]

[ステータス・パラメータ]

 > 筋繊維強度: 45/1000

 > 神経伝達速度: 52/1000

 > 乳酸耐性値: 5%

 > 肉体成長限界閾値: 20%


「……貧弱すぎて反吐が出るな」


 修は迷うことなく、自らをハッキングするための専用スクリプトを構築し始めた。

 それは、人体の生存本能に基づく安全装置リミッターを意図的に破壊し、筋肉の成長効率と神経伝達を極限まで引き上げるという、禁忌の自己改造プログラムだ。


[コマンド実行: Execute_Script("Override_Physical_Limiter")]


『Warning: 当該スクリプトは、対象の肉体に深刻な負荷と組織崩壊をもたらします。実行中のショック死、および不可逆的な後遺症について、システムは一切の責任を負いません。実行しますか? Y/N』


「望むところだ。その程度の負荷、俺にとってはただの仕様だ」


 修が『Y』を叩き込んだ瞬間――心臓が爆発的に跳ね上がり、全身の血管に沸騰した鉛を流し込まれたような激痛が走った。


「ッ――、ガァァアアアッ……!!」


 声にならない絶叫が漏れる。毛細血管が皮膚の下で次々と破裂し、白目にはおぞましいほどの血走りが浮かぶ。視界の端で、赤く染まった警告のパラメータが狂ったように点滅していた。


[筋繊維損傷率: 85%] [乳酸値: 限界突破]


 修は口内に広がる鉄の味を嚥下しながら、目の前の特殊装甲サンドバッグに向かって渾身の拳を叩き込んだ。


 ――メキボキッ!


 通常なら一撃で自身の拳の骨が砕け散るほどの無茶なインパクト。皮膚が裂け、肉が潰れ、むき出しの白骨が覗く。神経を直接焼き斬られるような激痛が脳髄を焦がす。パッシブスキル『不遇の記憶』による極大の精神耐性がなければ、一瞬で発狂していただろう。

 だが、スクリプトによって理を書き換えられた身体は、その自壊のエネルギーすらも強制的に吸収し、異常な速度で筋肉の超回復へと変換していく。


[筋繊維損傷率: 90% > 筋力パラメータに極大の経験値ボーナス]


 殴り、蹴り、走り、跳ぶ。

 自身の血と汗で床を泥濘に変えながら、修は止まらない。意識が暗転しそうになると、致死量すれすれの濃縮MP回復ポーションを胃に流し込み、休むことなく次のコードを叩き込む。


[コマンド実行: Execute_Script("Force_Regeneration", Cost_MP=50)]


 莫大なMPを代償に、体内の疲労物質を強制分解し、断裂した細胞を無理やり結合させる。常人なら数日かかる回復期間をわずか数秒で終わらせ、再び限界以上の負荷を肉体にかけ続ける。


 破壊と、再生。

 それはもはやトレーニングではない。生身の人間をミンチにしては繋ぎ合わせる、狂気の拷問テストプロセスだった。

 だが、四十年間の底辺生活と、心から信じた仲間から受けた無慈悲な裏切り――あの魂をすり潰されるような絶望に比べれば、ただの物理的な痛みなど無に等しい。


「足りない……もっとだ。神すら殺すための力を……!!」


 狂気じみた情熱と神のスキルが交わり、修の肉体は生物学的な常識を無視した速度で進化を遂げていく。脳内に幾度となく響く『レベルアップ』のシステム音すらも、修にとってはただの作業完了通知でしかなかった。


 ◆


 修が俗世との通信を絶ち、狂気の自己アップデートに没頭している間も、世界は動き続けている。


「おい、聞いたか? 最近ギルドの界隈で噂になってる『幸運なルーキー』の話」

「ああ。D級ダンジョンをソロで、しかも無傷のタイムアタック並みでクリアしまくってるっていう、イカれた新人だろ?」

「そうそう。しかも『彷徨える宝物庫』から『鑑定』のオーブを引いたのもそいつらしいぜ。どんなチートスキル隠し持ってんだよ……」


 冒険者ギルドの喧騒の中、修のもう一つの姿は、新たな都市伝説として冒険者たちの間で囁かれ始めていた。

 そして、それと対をなすように語られる、もう一つの伝説――「Null」。


「それにしても、Nullの野郎、最近不気味なほど静かだな」

「ああ。アーク・セイバーの屋台骨をへし折って以来、パッタリと書き込みが途絶えた。嵐の前の静けさってやつか……次にどこが狙われるか、生きた心地がしねえよ」


 沈黙は、逆に人間が抱く恐怖と期待のアルゴリズムを暴走させる。誰も、この二つの伝説が同一人物であるなどとは夢にも思っていなかった。修の計算通り、世界は彼の手のひらの上で踊っている。


 ◆


 数日後。

 血と汗と吐瀉物の匂いが染み付いたトレーニングルームから出てきた修の姿は、以前とは全くの別物になっていた。

 華奢で猫背気味だった少年の面影は消え失せている。無駄な脂肪は削ぎ落とされ、その皮膚の下には、鋼のワイヤーを束ねたような高密度の筋肉がしなやかに躍動していた。


「……ハードウェアのアップデート、フェーズ1完了といったところか」


 シャワーを浴びて血濡れの汚れを落とすと、修は鏡に映る自身の肉体を冷徹に評価する。レベルは二つ上がり、基礎ステータスは見違えるように跳ね上がっていた。

 彼はそのまま自室へと戻り、PCの前に座ると、暗号化された回線を経由して冒険者ギルドの公的データベースへとアクセスした。


(さて……そろそろ、あの『変数』がどうなっているか、確認しておくか)


 検索窓に、修は一つの名前を打ち込む。


 白石 雪音 (Shiraishi Yukine)


 エンターキーを叩くと、すぐに検索結果が表示された。

 そこには、銀髪の美しい少女の顔写真と、彼女の基本情報が並んでいる。だが、修の視線はステータス欄の片隅に記された、冷酷な一文に釘付けになった。


[登録状況: 休止中 (Inactive)]


「……やはり、か」


 修の脳裏に、前世の記憶がフラッシュバックする。

 白石雪音。あらゆる攻撃を無効化し、敵のヘイトを完全に固定するSランクスキル『聖域守護』。

 しかし彼女は、その強大すぎる盾の代償として、「攻撃能力が完全にゼロ」という致命的な欠陥を抱えていた。どれほど守れても、敵を倒せなければ冒険者は生き残れない。結果として彼女はどのパーティからも「寄生虫」と蔑まれ、心を病み、誰にも見出されることなく冒険者の道を退いたはずだ。そのタイミングが、まさに今の時期だった。


 修は、モニターの中でどこか寂しげに微笑む少女の顔を、感情の読めない青い瞳で見つめ続けた。


「……最強の盾のポテンシャルを秘めたコードが、たった一つの仕様の欠落と、周囲の無理解というバグのせいで破棄される。非効率的の極みだ」


 その呟きに、同情や憐憫は一切ない。

 あるのは、完璧なはずのプログラムが不具合を起こしていることに対する、一人の技術者としての純粋な苛立ちと――底知れない知的好奇心だけだった。


 復讐のバックグラウンド処理、自己強化のプログラム。その次に実行すべきタスクは決まった。

 孤独な特異点の傍らには、絶対に砕けない「盾」が必要だ。彼女の抱える欠陥は、修の権能をもってすれば造作もなく書き換えられる。


「――お前のバグは、俺が修正デバッグしてやる」


 暗闇の中、修の眠たげだった瞳が、獲物を狙う猛禽のように鋭く、妖しく光り輝いた。



 ---

【現在のステータス】

 ■柏木 修

 Lv: 9

 HP: 500/500

 MP: 120/120

 STR: 45

 VIT: 42

 INT: 145

 DEX: 118

 AGI: 55

 LUK: 7

 ATK: 50

 DEF: 52

 RES: 145

 現在の装備: 改良された剣(Eランク相当)、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン

 主なスキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブスキル『不遇の記憶』、パッシブスキル『並列演算』

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面白いただ復讐に特化してて周りの人が(友人枠、学友枠)はどうなってるのか分からない
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