第五話:Race Condition
『【衝撃】最強ギルド《アーク・セイバー》がE級ダンジョンで半壊! ネットの預言者「Null」の警告は真実だった!』
あの悪辣な迷宮で遭難しかけていた初心者パーティに、最短ルートの座標データを投げ渡して帰還してから数日後。
自室の暗闇に浮かび上がる複数のモニター。その一つに踊る扇情的な見出しが、修の眠たげな青い瞳に冷酷な光を灯した。
ゴシップ誌のような下世話なタイトルが、急成長中のトップギルドの無惨な失態を際立たせ、格好のエンターテインメントとして世間に消費されていく。匿名掲示板では、預言者『Null』を神格化する声と、アーク・セイバーの判断力を嘲笑する書き込みが濁流のように入り乱れ、サーバーが悲鳴を上げていた。
「……警告を無視したのは、リーダーである“あいつ”の傲慢さゆえだ」
修の脳裏に、前世で自分を使い潰し、用済みとばかりに冷酷に切り捨てた男――桐生カイトの顔が鮮明に蘇る。
若くしてSランク級のスキルに覚醒し、誰もが羨むカリスマ性を持っていた天才。だがその内実は、自分より優れた人間を決して認めず、他者の功績を平然と奪い取る自己愛の怪物だった。修の圧倒的な解析能力すらも長年彼に搾取され、ギルドの栄光の陰に隠蔽され続けてきたのだ。
『俺の判断が絶対だ』。それが桐生の口癖だった。
今回も、得体の知れない預言者の警告など聞く耳を持たず、己のちっぽけなプライドを優先して部下を死地へ送り込んだのだろう。その結果が、この無様な大失態だ。
「だが、これで連中もNullを無視できなくなったな」
アーク・セイバーは今頃、ギルドの威信にかけて『Null』の特定に血眼になっているはずだ。だが、それこそが修の想定したシナリオ。敵が幻影にリソースを割けば割くほど、現実における足元は致命的に疎かになる。
修の次なる一手は、その無防備な隙を的確に抉るものだった。
彼はキーボードに手を這わせ、ダークウェブを経由して海外の凄腕ハッカーに少額の暗号資産を振り込んだ。依頼内容は、アーク・セイバーのギルド内ネットワークに、ごく僅かな「綻び」を生じさせること。
エクストラスキル『プログラマー』の権能を使えば強行突破も可能だが、人間の構築した電子防壁の突破に貴重な自身の魔力(MP)を浪費するのは非効率的だ。現実の金で済むタスクはアウトソーシングする。
そして、作られた針の穴ほどの隙間さえあれば――修には十分だった。
青い半透明のステータスボードを展開すると、彼の網膜に仮想空間の構造が緑色の文字列となって直接流れ込んでくる。
[コマンド実行: Override_Security_Protocol]
世界の理すら書き換える権能を前にして、人類が構築した程度の暗号化技術など、ただの脆弱な砂の城に過ぎない。修はファイアウォールの認証プロセスそのものを「False」から「True」へと強引に書き換え、ギルドの深層サーバーへと易々と侵入を果たした。
Access... Granted.
Target: ArkSaber_Guild_Server/Project_List/Hidden/
展開された極秘プロジェクトのディレクトリ群。その中から、修は一つの見覚えのあるファイル名を見つけ出し、口の端を歪めた。
Project_Name: "キマイラの揺り籠" 独占攻略計画
C級ダンジョン『忘れられた実験場』。
その最深部に出現するレアボス『プロト・キマイラ』。奴がドロップする『キマイラの魔核』は、武具の性能を飛躍的に向上させる超希少素材だ。アーク・セイバーは他のギルドに先んじてこの情報を掴み、素材を独占することで圧倒的なアドバンテージを得ようと画策していたのだ。
「――お前たちの利益は、俺が初期化してやる」
修は極秘データを無造作にコピーすると、痕跡一つ残さずサーバーからログアウトした。
数時間後。
沸騰し続ける匿名掲示板に、再び亡霊が降臨する。
『Null:
C級ダンジョン『忘れられた実験場』最深部。隠しボス『プロト・キマイラ』の出現を確認。推奨レベル30以上。パーティ構成は、物理防御特化のタンク、状態異常回復スキル持ちのヒーラーが必須。弱点属性は雷。健闘を祈る』
前回とは比較にならない、具体的かつ高度な攻略情報。
それは、アーク・セイバーが莫大なコストをかけて独占しようとしていた「富」そのものだった。この書き込みが投下された瞬間、掲示板のみならず、日本の全トップギルドが震撼し、即座に行動を開始した。
『名無しさん@覚醒者:うおおおお! Null様! 今度はC級ボスの情報かよ!』
『名無しさん@覚醒者:アーク・セイバーが最近あのダンジョン周辺を嗅ぎ回ってたのは、このためか!』
『名無しさん@覚醒者:情報が全ギルドに公開されたってことは……早い者勝ちじゃねえか!』
修が放った一本の釣り糸に、飢えた鮫たちが群がった。
アーク・セイバーは、Nullの捜索という無駄なタスクを抱えながら、他の強力なギルドたちとの熾烈な奪い合いを強いられることになった。彼らが築き上げてきた盤石の独占計画に、修はたった一人で致命的なバグ――『競合状態』を発生させたのだ。
「せいぜい、血みどろの無駄な競争を楽しむといい」
自らの仕掛けた毒が世界に回っていく様を冷ややかに見届けた後、修はPCをスリープさせ、使い込まれた安い長剣を手に取った。
*
カチャ、カチャ……。
陰鬱な冷気と、肺の奥にへばりつくような濃密な腐臭が立ち込める空間に、乾いた骨の擦れる音が響く。
修が今日足を運んだのは、D級ダンジョン『骸骨兵の砦』。無数のアンデッド系モンスターが徘徊し、神聖属性の攻撃手段を持たない冒険者にとっては、死の危険が跳ね上がる悪辣な迷宮だ。
薄暗い通路の奥から、骨にこびりついた腐肉からどす黒い瘴気を漂わせる三体のスケルトン・ソルジャーが、錆びた剣を振り上げて修に殺到する。
修の網膜に、即座に敵の内部データが展開された。
[オブジェクト名: スケルトン・ソルジャー]
[種族: アンデッド]
[特殊耐性: 物理攻撃(小), 斬撃(中)]
[弱点属性: 神聖, 打撃]
通常の剣士であれば、斬撃耐性を持つ骨の怪物相手に泥沼の消耗戦を強いられるだろう。
だが修は、迫り来る白刃を意に介することなく、ただ静かに自身の剣のソースコードへと干渉する。
(この剣の属性は『無』。これを、一時的に『神聖』に書き換える)
[コマンド入力: Add_Temporary_Attribute("Holy", Cost_MP=5/min)]
《Warning: 存在しない属性の付与は、術者のリソースを継続的に消費します。実行しますか? Y/N》
「……やはり、恒常的なルール変更は維持コストが重いか。だが、それは仕様だ」
毎分5というMPの継続消費。レベルの低い修にとっては、長期戦になれば確実にガス欠に陥る命取りのデメリットだ。だが、修の辞書に「長期戦」などという非効率な言葉は存在しない。彼は躊躇なく「Y」を選択した。
瞬間、使い古された無属性の安剣が、眩い白銀の光を迸らせる。
[オブジェクト名: 改良された剣]
[等級: Eランク]
[特殊効果: 切れ味(小), 神聖属性(一時)]
弱点属性を完全に突かれたスケルトンなど、もはや脆いカルシウムの塊でしかない。
修が一切の予備動作なく踏み込む。聖なる光の尾を引く鋭い一閃が、三体のアンデッドを抵抗の余地なく両断した。切断面から浄化の光が爆炎のように噴き出し、瞬く間に骸骨たちと腐肉を塵へと変える。
修は無駄なMP消費を抑えるため、敵が消滅した瞬間に属性付与のプロセスを強制終了した。戦闘時間はわずか十秒。消費MPは微々たるものだ。
戦況に応じて最適な武具へとその場で書き換えを行い、最小のコストで最高の結果を叩き出す。世界の構造をコードレベルで知覚する彼にとって、迷宮のギミックもモンスターの殺意も、すべては処理すべきタスクに過ぎない。
修は最短ルートを駆け抜け、誰よりも早く最深部のボス部屋へと到達した。
重厚な石扉を蹴破ると、そこには巨大な玉座に鎮座する『スケルトン・ナイト』の姿があった。
眼窩に深紅の鬼火を宿した巨躯。その手には、禍々しい紫黒の瘴気を放つ一振りの大剣が握られている。
[オブジェクト名: 怨念の大剣]
[等級: Dランク]
[特殊効果: 呪い(装備者のHPを継続的に減少させる)]
[※バグ情報: Code-666 "Curse"]
「……呪われた装備か。だが」
修の目が、極上の獲物を見つけた猛禽のように細められる。
「この『バグ』さえ取り除いてやれば、一級品だ。――俺がデバッグしてやる」
咆哮と共に床を砕いて飛翔してきたスケルトン・ナイトの巨体を前に、戦闘は、文字通り一瞬で決着した。
修はパッシブスキル『並列演算』による圧倒的な処理能力で敵の思考AIを先読みし、空を裂く大振りの一撃をミリ単位のステップで回避する。すれ違いざま、再び神聖属性を付与した剣を下段から跳ね上げ、スケルトン・ナイトの胸郭の奥、核となる魔石を的確に貫いた。
断末魔のノイズと共に巨体が崩れ落ちる。主を失った大剣が、カラン、と虚しい音を立てて冷たい石畳に転がった。
修はその柄を握りしめる。手のひらを焼くような悪意のコードが侵入してくるが、修は顔色一つ変えずに内部構造へ直接アクセスした。
そして、呪いの根源である「Code-666」を指定し、容赦なくDelete(消去)する。
紫黒のオーラが悲鳴のような音を立てて霧散し、後に残されたのは、純粋な魔力伝導率を誇る重厚な大剣だった。ただの厄介な呪いの武具は、修の手によって誰にも真似できない強力なレアアイテムへと昇華された。
*
迷宮から帰還した足で、修は表通りから外れた薄暗い路地裏へ向かった。馴染みの店ではなく、偏屈だが腕と目利きは確かな老店主が営む古びた武具屋だ。
修が無銘の逸品となった大剣をカウンターに放り出すと、店主は分厚い眼鏡の奥で目を血走らせた。
「……なんだ、この剣は。これほどの業物が、なぜDランク等級の粗悪な素材で打たれている……? ありえん、こんな矛盾した構造は……!」
「御託はいい。買い取ってくれるか?」
「当たり前だ! いくらだ、言い値で買ってやる!」
老店主の狂乱とも呼べる反応により、大剣は修の想定を遥かに超える三百万という破格の値段で買い取られた。これで、後の計画に必要な軍資金はさらに潤沢なものとなった。
自室に戻り、冷え切った缶コーヒーを開けながらネットの海へ潜る。
案の定、『プロト・キマイラ』はアーク・セイバーの到着を待たずして、情報を聞きつけて殺到した他の上位ギルド連合によって討伐された後だった。アーク・セイバーは競争に敗北し、独占するはずだった莫大な利益と権威をみすみす逃したのだ。
『名無しさん@覚醒者:アーク・セイバーさん、またしてもNullに出し抜かれてて草』
『名無しさん@覚醒者:最強ギルド(笑)』
画面を流れる嘲笑の文字を、修は感情の抜け落ちた冷たい瞳で見つめていた。
桐生カイトの、怒りと屈辱にどす黒く歪んだ顔が目に浮かぶ。
(怒れ。憎め。そして、俺という幻影を、もっと必死に追いかけろ)
そうすれば、お前たちはもっと多くの致命的なエラーを吐き出す。
修が仕掛けた復讐のプログラムは、まだ起動したばかりだ。
この理不尽な世界から、お前たちという存在を完全に消去するまで、俺がこの処理を停止してやることはない。
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【現在のステータス】
■柏木 修
Lv: 7
HP: 320
MP: 65
STR: 24
VIT: 20
INT: 135
DEX: 110
AGI: 35
LUK: 7
ATK: 29
DEF: 30
RES: 135
現在の装備: 改良された剣(Eランク相当)、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン
主なスキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブスキル『不遇の記憶』、パッシブスキル『並列演算』




