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第二十九話:Compile

本日2話目です。

あと1話投稿します。

 ギルド『ライジング』の事務所に朝の光が差し込む頃、タクミはすでに机の前で固まっていた。


 目は開いている。けれど、その奥にあるのは現実を見る光ではない。脳裏に展開された無数の設計図――骨格、繊維、魔石の配列、強度計算――それらが渦を巻き、組み合わさり、また崩れて再構築される。修にはその様子が、コンパイラがエラーを吐きながら何度も同じソースを読み直している光景に見えた。


「止まるな。今のままでいい」


 修は声をかけなかった。タクミの集中を割り込みで殺すのは、処理の途中でプロセスをキルするのと同じだ。非効率の極みだった。


 代わりに修は、先日のうちに四人から聞き出した要望のリストを、自分の中で仕様書に変換する作業を続けていた。


 カイ――速度を落とさない防御。

 ミカゲ――威力と耐久、そして出力上限の引き上げ。

 セシル――治癒の発動速度。

 雪音――連続して受け続けられる耐久性。


 どれも単純な強化ではない。既存のスキルやステータスとの依存関係――あるパラメータを上げれば別のパラメータが食われる、というトレードオフの構造――を解きながら組み直す必要がある。修はそれを「リファクタリング」と呼んでいた。口には出さない単語だったが。


 一時間後、タクミが目を開けた。


「……出ました」


 その声には、いつもの気弱さがなかった。机の上に置かれた羊皮紙の束には、見たことのない密度の図面が描かれていた。円盾の内部構造、杖の芯材の組成、ベストの繊維配列、ロザリオの回路――一枚ごとに、関わる人間の名前が小さく書き込まれている。


「すごいな」


 カイが覗き込んで素直に声を上げた。タクミは少し照れたように頭をかいたが、その目はまだ図面に向いていた。


「四人分、一気にやるつもりか」


「……はい。今しか、頭の中の繋がりが切れないので。一つずつだと、後の図面が前の図面の歪みを引き継いでしまいます」


 依存関係を見ながら全体を組む。修にはその発想がよく分かった。個別に修正したパーツを後から繋ぎ合わせるより、最初から全体の整合性を取ったほうが、後工程の手間が圧倒的に少ない。


「いい判断だ」


「でも、問題があります」


「言ってみろ」


「この設計を実現するには、僕の錬金釜じゃ熱量も精度も足りません。コア・クリスタルを使うなら、もっと本格的な炉が必要で……」


 修は黒板代わりのホワイトボードに視線を移した。資金は確保済みだ。だが設備が足りなければ、どれだけ正しい仕様書を書いても実装できない。コードはあってもコンパイラがなければ動かないのと同じだった。


「貸してくれる場所はあるか」


 タクミは少し迷ってから、ぼそりと口を開いた。


「……心当たりが、一つだけ」




 職人街の路地裏、以前タクミが工房を蹴り出された、その同じ通りの奥に、古びた鍛冶場があった。表の看板は半分朽ちている。


「源田さん、まだここにいるんですか」


 タクミが恐る恐る声をかけると、炉の奥から白髪の老人が顔を出した。煤で汚れた頬に、深い皺。腕は太く、若い頃の名残を感じさせる。


「……お前、生きてたのか」


「源田さん、覚えてて……」


「忘れるわけがねえ。三年も面倒見た弟子の顔くらいはな」


 源田はそう言ったきり、しばらくタクミを上から下まで眺めた。値踏みをしている。それも、悪意のある値踏みではない。


「お前さんが今、何をやってるかは噂で聞いてる。E級登録したギルドの生産職、だったか」


「……はい。今日は、四人分の装備を一日で仕上げたくて」


「四人分を一日? 寝言は寝て言え」


 源田は鼻で笑ったが、タクミが広げた羊皮紙の束に目を落とした瞬間、その表情が止まった。長い沈黙があった。


「……構造は無茶だ。だが、無茶を通す筋は通ってる。お前、ここを蹴り出された時よりずいぶん遠くまで歩いたな」


「……っ」


「裏の炉、全部使え。火力なら俺のとこが一番だ。条件は一つ――失敗したら、お前の手で後始末をすること。材料も俺の目の前で扱え」


「ありがとうございます……!」


 タクミの声が震えた。蹴り出された場所に、今度は自分の足で、自分の図面を持って戻ってきた。修はその光景を黙って見ていた。感傷に分類したい気分はあったが、今はそれよりも先にやるべきことがある。




 炉に火が入る。最初に流し込まれたのは、雪音の円盾だった金属の骨格だ。


 コア・クリスタルの欠片が炎の中で形を失い、骨格の隙間に染み込んでいく。タクミの手が震えながらも止まらない。額には汗が浮き、呼吸が浅くなっていた。


 修はその傍らで意識を集中させ、視界の端に流れる文字列を読んでいた。普段は人やスキルに対して使う解析だが、今は鍛造中の構造そのものに向けている。


『接合強度:不安定』

『魔力伝導率:規定値未満』

『エラー検出:構造的歪み(許容範囲外)』


「待て」


 修の声に、タクミの手が止まった。


「左側の接合面、流し込みが速すぎる。歪みが固定される前に冷えてる」


「……っ、すみません!」


「謝るな。流速を落とせ。三割」


 タクミが頷き、流し込みの動きを変える。修の視界の中で、赤く点滅していたエラー表示の一つが、緑に変わった。


 これは、人の精神やスキルのバグを直すのとは違う作業だった。今、作られているものはまだ「存在していない」。完成していないものを相手に、生成過程そのものへ介入する。修にとっても初めての種類のデバッグだった。


 半刻ほどが過ぎた頃、炉の奥で小さな破裂音がした。タクミが慌てて手を引き、源田が舌打ちをする。流し込んだ金属の一部が、急激な温度差で割れていた。


「……失敗、です」


 タクミの声が沈んだ。だが、修はその割れた断面を見つめていた。エラーログには『構造崩壊:冷却プロセス未最適化』とだけ表示されている。


「いい兆候だ」


「え……?」


「原因が分かってる失敗は、デバッグ済みのバグと同じだ。次は通る」


 二度目の鋳込みは、安定した光を帯び始めた。表面に幾重もの層が走り、コア・クリスタルの輝きが奥から漏れる。完成した瞬間、円盾全体がひとつ、低く鳴った。タクミがその音を聞いて、目を見開く。


「……持続耐久値、計算より上です」


「受け続けるための盾だ。一回の威力じゃない。長く立っていられることを測れ」


「はい……!」


 修の視界には、もうエラー表示が一つも出ていなかった。




 昼を過ぎても、作業は止まらなかった。次はミカゲの杖だ。


 深淵の魔導杖・改式の芯材を取り出し、亀裂の入った部分を削り落とす。タクミが新たな核として、円盾よりひとまわり小さなコア・クリスタルの破片を組み込んでいく。


「……出力、上げすぎると私の魔力が追いつかない」


 ミカゲが珍しく自分から口を出した。修は頷く。


「分かってる。上限を上げるのと、常用出力を上げるのは別の話だ。お前の魔力消費曲線に合わせて、上限だけ引き上げる」


「……ん」


 ミカゲは小さく頷くと、杖の傍らに立ち、自分の魔力を流して核との同調を試みた。タクミの手元で図面の数値が動き、修の視界のログが新しい行を吐き出す。


『出力上限:拡張中』

『同調率:78% → 92%』

『エラー検出:なし』


 杖の先端に灯る光が、これまでより一段深い色に変わった。ミカゲはそれをじっと見つめ、ぽつりと呟いた。


「……重い。でも、軽い」


 誰にも理解されない感想だったが、修にはその言葉の意味が分かった気がした。出力は上がったのに、振るう動作そのものは無理なく馴染む。設計通りだ。




 カイの装備は、杖ほど大掛かりな作業ではなかった。タクミは強化軽量レザーベストの繊維配列を組み直し、コア・クリスタルの粉末を糸の一本一本に練り込んでいく。


「速度を落とさずに防御を上げるって、そんなの矛盾してないッスか」


「矛盾してるように見えるのは、今までのお前の装備が、防御と速度を同じ変数で処理してたからだ。別の変数に分ければいい」


「……は、はあ」


 カイには半分も理解できていなかったが、新しいベストを着た瞬間、彼は分かりやすく目を丸くした。


「……軽い! いや、軽くなったわけじゃないのに、軽く感じるッス!」


「感じるだけでいい。動け」


 カイは鍛冶場の前の路地を軽く駆け、防塵ゴーグルとダンジョンシューズの調整も合わせて済ませた。修の視界には、彼の機動データが流れている。数値上の俊敏性は落ちていない。防御値だけが静かに上がっていた。




 セシルのロザリオは、最後まで地味な作業だった。タクミが回路を組み直し、コア・クリスタルの粉末を銀の表面に薄く焼き付けていく。


「……祈りの距離が、近くなる」


 セシルがロザリオを手のひらに乗せ、目を閉じてそう呟いた。誰に向けた言葉かは分からなかったが、彼女のスキル発動までの間隔が短くなっているのは、修の解析にも表れていた。


『発動遅延:0.6秒 → 0.3秒』


「悪くないな」


「……うん。生者の傍に、もう少し早く、たどり着ける」


 セシルは静かにそう言って、ロザリオを胸元に戻した。




 四人分の図面を、思った以上に早く一日で形にしたことに、タクミ自身がまだ信じられないという顔をしていた。源田が炉の火を落としながら、その様子を眺めて鼻を鳴らす。


「上出来だ。だが、まだ終わりじゃねえだろう」


 源田は工房の奥から、布にくるんだ小さな包みをいくつか持ってきた。


「鍛造の合間、ガキどもの装備をずっと見てた。お前の図面にはなかった部分だ」


 最初に差し出されたのは、修の方だった。


「お前の革鎧、見ての通りもう寿命だ。継ぎ当てで延命させるより、これを使え」


 手渡されたのは、革と薄い金属板を組み合わせた補強用の胸当てだった。装飾はないが、繊維の編みが緻密で、年季の入った質の良さが分かる。


「……ありがたいが、なぜくれるんだ」


「くれてやるわけじゃねえ。倉庫の肥やしになってたもんだ。使われた方が道具も幸せだろうよ」


 次に源田が向いたのは、タクミだった。


「お前の指、見せてみろ」


 タクミが戸惑いながら手を出すと、源田は使い込まれた指ぬきグローブの摩耗を一瞥し、新しい一組をその場に置いた。


「高ランク素材を扱うなら、今の手袋じゃ近いうちに指を持っていかれる。これなら大丈夫だ」


「……源田さん」


「礼はいい。お前が腕を落としたら、俺の弟子だったって話の方が恥になる」


 最後に、源田は雪音の方を見た。


「お前さんは、ずっと前に立つ役だろう。盾だけ強くしても、脚が遅れたら同じことだ」


 そう言って手渡されたのは、軽い金属の脚甲だった。雪音は両手で受け取り、深く頭を下げた。


「……ありがとうございます。大切にします」


 源田は短く頷いただけで、もう炉の方を向いていた。修はその背中を見ながら、感謝の言葉を仕様書には書けない種類の補強として、静かに記録しておくことにした。




 すべての装備が並び終えたところで、タクミがもう一つ、置かれたままだった小さなコア・クリスタルの破片を手に取った。サイズは小さい。だが、質はこれまで使った中でも上位に入る。


「……これだけ、わざと残してました」


「お前の分か」


「いえ。修さんの分です」


「俺の」


「皆の要望を聞いた時、修さんだけ何も言いませんでしたから。だから、こっちで勝手に作りました。皆にも、少しずつ手伝ってもらって」


 雪音が頷く。ミカゲも、セシルも。カイだけが、にやりと笑った。


「兄貴が前に出る時の武器が欲しいって言ってたの、聞いてたッスから」


 修は何も言わなかった。言葉を探そうとしたが、続きが出てこなかった。それでいいと思った。


 代わりに、短く言った。


「……やってみろ。最後まで」


 タクミが頷き、炉の前に戻る。今までの四つとは違い、図面の隅には武器の輪郭だけが描かれていて、刃の長さも反りも数値で固定されていない。


「修さん自身の動きに合わせて、最後に形を詰める設計にしてました。だから、ここからは……修さんにも、見てもらわないと」


 コア・クリスタルの最後の欠片が炉に入る。骨格になる鋼材は薄く、軽く、抜刀の速さを優先した形に整えられていた。タクミの手が、刀身となる部分へ金属を流し込んでいく。


 修は視界に意識を集中させた。今度は対象が、これまでの誰のものでもない。自分自身が使うものだ。


『接合強度:良好』

『応答経路:未確立』

『エラー検出:スキル認証シグネチャ不一致』


「……止まったな」


「え?」


「刀身側に、俺のスキルを受け止める経路がない。タクミの設計には入ってる。だが、何もないところに経路だけ用意しても、繋がる先が空っぽだ」


 修は刀身になりかけている金属の上に、片手をかざした。並列演算で処理している思考の断片――今まで誰にも渡したことのない、自分自身のスキルの「識別情報」にあたる部分――を、ごく薄く、意図的に流し込む。


 これまでの四つは、相手のバグを見つけて直す作業だった。今回は逆だ。まだ何も書かれていない場所に、自分のコードの断片を初めて書き込む作業だった。


 刀身の中で、淡い光が一度大きく波打ち、すぐに収まった。


『応答経路:確立』

『同期対象:並列演算』

『応答速度:思考速度に準拠』

『エラー検出:なし』


「……繋がった」


 タクミが残りの工程を一気に進め、刃を打ち、研ぎ、柄をすげる。炉の熱が抜けるまでの短い時間、誰も口を開かなかった。


 冷え切った刃を、タクミが両手で修に差し出す。片刃の短く鋭い小太刀だった。柄には簡素な装飾しかない。だが、握った瞬間、修の視界にもう一度同じ情報が流れた。今度はエラーなしで。


「……抜刀術、向きの構成にしてくれたのか」


「修さんの戦い方を、ずっと近くで見てましたから。足りないところも」


 修は小太刀を鞘に収め、もう一度抜いた。手の中に、これまでの片手剣とは違う軽さと速さがあった。並列演算で先読みした動きが、ほとんど遅延なく腕に伝わる感覚がある。


「……悪くない」


 それだけ言って、修は鞘に収め直した。声には出さなかったが、これまで効率化のためだと自分に言い聞かせてきた何かが、今は少しだけ別の形に見えていた。


 源田が炉の火を落としながら、誰にともなく言った。


「装備だけじゃ強くならねえぞ。使い込んでからが本番だ」


「分かってる」


 修は短くそう答えると、五人分――四つの仕様書と、ひとつの秘密――の装備、それに源田からの補強を見回した。仕様は固まった。実装も終わった。次にやるべきことは、デバッグでもリファクタリングでもない。


 ただ、動かしてみることだった。


【現在のステータス】


 ■柏木 修

 Lv: 20

 HP: 900

 MP: 260

 STR: 78 / VIT: 72 / INT: 260 / DEX: 200 / AGI: 98 / LUK: 7

 ATK: 96 / DEF: 80 / RES: 245

 装備: 改修・並列同期型小太刀(タクミ製・新調)、源田の補強胸当て(革鎧と併用)、使い古したスマートフォン

 スキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブ『不遇の記憶』、パッシブ『並列演算』


 ■白石 雪音

 Lv: 25

 HP: 2400

 MP: 650

 STR: 5 / VIT: 370 / INT: 85 / DEX: 62 / AGI: 54 / LUK: 108

 ATK: 0 / DEF: 440 / RES: 300

 装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、新生・白銀の円盾(持続耐久強化・コア・クリスタル内装)、源田より贈られた軽量脚甲

 スキル: 【聖域守護】、【反射装甲リアクティブアーマー】、パッシブ『不屈の精神』


 ■カイ

 Lv: 22

 HP: 820

 MP: 205

 STR: 160 / VIT: 128 / INT: 102 / DEX: 395 / AGI: 465 / LUK: 190

 ATK: 260 / DEF: 120 / RES: 100

 装備: タクティカル・サバイバルナイフ、浄化の片手剣サブ、強化軽量レザーベスト(改・防御値向上)、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ

 スキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』


 ■ミカゲ

 Lv: 23

 HP: 610

 MP: 1650

 STR: 26 / VIT: 46 / INT: 390 / DEX: 114 / AGI: 140 / LUK: 70

 ATK: 220 / DEF: 66 / RES: 435

 装備: 深淵の魔導杖・改式・二型(コア・クリスタル換装・出力上限向上)、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り

 スキル: 固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中


 ■タクミ

 Lv: 13

 HP: 225

 MP: 295

 STR: 19 / VIT: 26 / INT: 88 / DEX: 124 / AGI: 40 / LUK: 57

 ATK: 30 / DEF: 37 / RES: 68

 装備: 煤けた作業用エプロン、源田より贈られた新しい指ぬきグローブ、指定学生服ズボン、初心者の小型錬金釜

 スキル: 固有スキル『錬金術(論理構築/オーバーライド)』、特殊技能『アイテムの目利き』


 ■セシル

 Lv: 20

 HP: 260

 MP: 1550

 STR: 16 / VIT: 24 / INT: 120 / DEX: 47 / AGI: 34 / LUK: 10

 ATK: 22 / DEF: 34 / RES: 150

 装備: 古銀のロザリオ(改・発動遅延短縮)、夜色の修道服(ダンジョン産繊維製)、隠者のヴェール

 スキル: 『浄化の光』、『鎮魂の調べ』、『甘露の直感』、パッシブ『生者への慈愛』

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