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第三十話:Unit Test

本日三話目です。

今日はこれでおしまいです。

 新調された小太刀は、思っていたよりも軽かった。


 柄を握り込んだ修は、その軽さに違和感を覚える。前世では支援職として最前線に立つことはほとんどなかった。だが今世では、仲間を得る前、ソロで潜っていた時期に片手剣を扱う最低限の感覚は身につけている。問題はそこではない。今握っているのは、鞘に納めた状態から一息に抜き放つことを前提に設計された、抜刀術型の小太刀だ。構えてから振るう、これまで馴染んできた型とは、根本的に作法が違う。


「――データはあるが、実行履歴がない」


 誰にも聞かせるつもりのない呟きだった。だが事務所の机を挟んで向かいに座っていたタクミが、その言葉を聞き逃さなかったらしく、小さく肩を跳ねさせる。


「あ、あの、修さん。何か問題が……?」


「問題じゃない。仕様の確認だ」


 修はそう答えながら、刀身に視線を落とした。並列演算のパッシブと同期させた識別情報は、装備の内部で確かに応答している。だが応答があることと、それを使いこなせることは別問題だ。STRやDEXの数値が伸びていても、剣の振り方そのものを知らなければ、ただの高性能なハードウェアが机の上で埃を被っているだけだった。


 雪音が円盾を抱えたまま、そっと口を挟む。


「修さん、せっかく皆の装備が新しくなったんですから……一度、ちゃんと試してみませんか? ぶつけてみないと分からないことって、ありますし」


「……同意する。机上の検証だけでは仕様の穴は見つからない」


 ミカゲが杖を一度床に軽く突き、頷いた。出力上限が上がった分、制御側の閾値も再調整が必要だという話を、彼女は昨夜のうちに済ませていたらしい。


 セシルがロザリオに指を這わせながら、低く呟く。


「……試されぬ祝福は、祝福ではない」


「……それ、賛成ってことッスよね?」


 カイが横から確認すると、セシルは無言で一度だけ頷いた。


 六人の意見は揃った。次にやるべきは、新装備の実戦投入だ。修は端末を取り出し、過去に登録センターへ流した『廃鉱の回廊』の情報を呼び出す。かつて亡霊『Null』の名で落盤事故を予告し、的中させたダンジョンでありながら、実際に足を踏み入れたことは一度もなかった。


「D級。難易度は適正範囲内。崩落予測区域は既に協会が補強済みのはずだ。検証用には悪くない」


「あの時、予告だけして中には入らなかったんスね」


「効率の問題だ。当時は確認する必要がなかった」


 修は端末をしまいながら、内心で付け加える。――それに、当時は仲間がいなかった。今は違う。


 午後、六人は『廃鉱の回廊』の入り口に立った。湿った石壁と、かつての落盤跡を補修した支柱が交互に続く通路は、思いのほか静かだった。


 最初に動いたのはカイだった。強化されたレザーベストを軽く叩きながら、壁を蹴って跳ぶ。


「お、防御値上がってる分、跳んだ時の安定感が違うッス! ……っと」


 着地と同時に小型のロックワーム――岩を纏った蠕虫型の魔物――が壁の隙間から飛び出す。カイは身を捻ってそれを避け、ナイフで一撃を入れた。装甲の硬さに弾かれることなく、刃が一息に肉まで届く。


「斬れ味も良くなってるッスね……!」


 修はその切れ味に微かな違和感を覚えた。装備改修の対象に、カイのナイフは入っていなかったはずだ。


「……そのナイフ、見覚えがない」


「あ、これッスか? 実は、源田さんのとこにもう一回行ったんス。皆装備新しくしてもらってるのに俺だけ前のナイフのままなのおかしくないかって、直接言いに行って……」


 タクミが横で苦笑いする。


「カイくん、こっそり師匠のところに……」


「こっそりって言うか、堂々と言いに行ったッスよ! 『俺の分はないんスか』って」


 源田はその場で渋い顔をしながらも、結局新しいタクティカル・ナイフを打ってくれたらしい。修は短く息を吐いた。


「……交渉力がスキルツリーに反映されていないのが、唯一の不満点だな」


「褒められてるんスかね、それ」


 続いて雪音が前に出る。ロックワームの群れが連鎖的に襲いかかる中、新生・白銀の円盾を構え、攻撃を一身に受け止めた。これまでより一段階重い衝撃にも、盾の表面に亀裂は生じない。コア・クリスタルを内装した分の耐久強化が、確かに機能している証拠だった。


「持ちます……! このまま、溜めて――」


 反射装甲が作動し、蓄積された衝撃が一斉に放たれる。群れが吹き飛び、通路の奥まで沈黙が広がった。


「威力も持続時間も、設計通りの数値だ」


 修は端末に表示された戦闘ログを目で追いながら呟いた。検証としては申し分ない結果だ。


 ミカゲの杖も、奥で襲ってきたより大型のロックワームに対して一撃で仕留めるだけの出力を見せた。これまでより明らかに発動から着弾までの間が短く、それを見たミカゲは小さく「……いい」と零す。セシルのロザリオも発動遅延が短縮され、雪音の傷を受ける前に光が追いついた。


 各人の検証は、ほぼ満点だった。


 問題は、修自身だった。


 通路の分かれ道で、小型のロックワームが一体、修の正面に飛び出した。前衛として戦う第一歩――と意気込んで小太刀の柄に手をかけたものの、抜き放つ間合いを誤り、刃が届く前に獲物は壁の隙間へ逃げ込んでいた。普段の片手剣なら、構えた状態から振るうだけで十分間に合った相手だ。だが抜刀術は違う。鞘の中にある間は完全に無防備で、すべてを「抜く瞬間」に賭ける。その「いつ抜くか」の感覚が、修にはまだ実装されていなかった。


 不意に、小太刀を仕上げていた時のことが頭をよぎる。タクミと共に刀身に手を加えながら、応答経路を書き込んでいた、あの作業中のことだ。傍で見ていた源田は、炉の火を落としながら、誰にともなくこう言っていた。


「装備だけじゃ強くならねえぞ。使い込んでからが本番だ」


 当時はただの助言として聞いていた。だが今、逃げられた後でようやく、別の意味が見えてくる。この刀身の応答速度は、自分が書き込んだ通り『思考速度に準拠』する設計だ。つまり、体の動き出しが多少遅れても、並列演算が先に状況を処理し終えていれば、刃は遅れて出ても先に届く。後から動いて、先に届く――後の先だ。観測してから書き換える自分のやり方と、原理だけは近い。問題は、その「先に処理し終える」感覚を、体がまだ知らないことだった。


「……ステータスはハードウェアの性能だ。それを使うソフトウェアが、俺の中にまだ実装されていない」


 苦々しく分析する修の隣で、カイがロックワームを横から仕留め、片手を腰に当てた。


「兄貴、それ多分、頭の中だけで処理しようとしてるからッスよ」


「他にやり方があるのか」


「兄貴は普段、装備とか魔物の動きとか、全部計算してから動いてるじゃないッスか。でも剣振るのって、計算が終わる前に体が先に動かないと間に合わないことが多いんス。俺、パルクールやってる時もそうッス。考える前に足が出てる」


 修は黙って小太刀を見つめた。これまで自分が他者のスキルにアクセスし、論理構造を解析し、不具合を修正してきた手法は、すべて「観測してから書き換える」という順番に基づいていた。だが剣を振るという行為に、観測と実行の間の遅延を挟む余地はないらしい。


「……非効率的だな」


「それ、兄貴の口癖、剣には効かないみたいッスね」


 カイが笑いながら言うと、修は珍しく言葉を返せなかった。


 雪音が円盾を下ろし、こちらを見ている。


「修さん。私たちも最初は皆、自分の力をうまく使えませんでした。修さんが直してくれるまでは……。でも今は、修さんが直す側だけじゃなくて、教えてもらう側になってもいいと思います」


「俺が教えを受ける、という発想はバグレポートに含まれていなかった」


「これからは含めてください」


 雪音は静かに、しかし芯のある声でそう言った。


 修は小太刀を鞘に収め、しばらく無言で刀身の重さを確かめていた。仲間のバグを修正することには慣れていても、自分自身の未実装の機能と向き合うのは、初めての種類の作業だった。


「……カイ。お前の体の動かし方を、データとして提供してもらえるか」


「えっ、俺が兄貴に教えるんスか!?」


「観測対象が変わるだけだ。やることは同じだ」


 カイは一瞬きょとんとした後、嬉しそうに胸を張った。


「了解ッス! じゃあまず、足の運び方からいきましょうか!」


 その後、奥の広間で群れを成していたロックワームの集団を六人で一掃し、検証目的の試運転は無事に終わった。各員の新装備は設計値通りに機能し、唯一の未解決項目として残ったのは、修自身の近接戦闘技量だった。


 帰り道、補修済みの支柱の隙間から差し込む光を眺めながら、修は端末に短く記録を残す。


 ――装備:全員、設計通りの性能を確認。

 ――課題:柏木修、近接戦闘の実行速度。観測から実行までの遅延が許容範囲を超過。

 ――対応:カイの動作データを参照し、訓練プログラムを構築する。


 効率という言葉で説明できる範囲は、また少しだけ狭くなっていた。だが今の修は、それを書き換える必要があるとは思わなかった。


【現在のステータス】


 ■柏木 修

 Lv: 20

 HP: 900

 MP: 260

 STR: 78 / VIT: 72 / INT: 260 / DEX: 200 / AGI: 98 / LUK: 7

 ATK: 96 / DEF: 80 / RES: 245

 装備: 並列同期型小太刀(タクミ製・新調)、源田の補強胸当て(革鎧と併用)、使い古したスマートフォン

 スキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブ『不遇の記憶』、パッシブ『並列演算』


 ■白石 雪音

 Lv: 25

 HP: 2400

 MP: 650

 STR: 5 / VIT: 370 / INT: 85 / DEX: 62 / AGI: 54 / LUK: 108

 ATK: 0 / DEF: 440 / RES: 300

 装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、新生・白銀の円盾(持続耐久強化・コア・クリスタル内装)、源田より贈られた軽量脚甲

 スキル: 【聖域守護】、【反射装甲リアクティブアーマー】、パッシブ『不屈の精神』


 ■カイ

 Lv: 22

 HP: 820

 MP: 205

 STR: 160 / VIT: 128 / INT: 102 / DEX: 395 / AGI: 465 / LUK: 190

 ATK: 260 / DEF: 120 / RES: 100

 装備: 新調タクティカル・ナイフ(源田製・抗議の末に獲得)、浄化の片手剣サブ、強化軽量レザーベスト(改・防御値向上)、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ

 スキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』


 ■ミカゲ

 Lv: 23

 HP: 610

 MP: 1650

 STR: 26 / VIT: 46 / INT: 390 / DEX: 114 / AGI: 140 / LUK: 70

 ATK: 220 / DEF: 66 / RES: 435

 装備: 深淵の魔導杖・改式・二型(コア・クリスタル換装・出力上限向上)、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り

 スキル: 固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中


 ■タクミ

 Lv: 13

 HP: 225

 MP: 295

 STR: 19 / VIT: 26 / INT: 88 / DEX: 124 / AGI: 40 / LUK: 57

 ATK: 30 / DEF: 37 / RES: 68

 装備: 煤けた作業用エプロン、源田より贈られた新しい指ぬきグローブ、指定学生服ズボン、初心者の小型錬金釜

 スキル: 固有スキル『錬金術(論理構築/オーバーライド)』、特殊技能『アイテムの目利き』


 ■セシル

 Lv: 20

 HP: 260

 MP: 1550

 STR: 16 / VIT: 24 / INT: 120 / DEX: 47 / AGI: 34 / LUK: 10

 ATK: 22 / DEF: 34 / RES: 150

 装備: 古銀のロザリオ(改・発動遅延短縮)、夜色の修道服(ダンジョン産繊維製)、隠者のヴェール

 スキル: 『浄化の光』、『鎮魂の調べ』、『甘露の直感』、パッシブ『生者への慈愛』

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