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第二十八話:Dependency Injection

 事務所に戻った六人は、しばらく誰も口を開かなかった。


 雪音は応接ソファに座り込み、膝の上に置いた白銀の円盾を見つめていた。表面に走った亀裂は、見た目以上に深い。指でなぞると、わずかに金属の欠片が剥がれて落ちた。


「……ごめんなさい。次は、もっとうまくやります」


「お前のせいじゃない」


 修は短く言った。


「あの個体の質量は、想定外だった。盾が割れたのは、お前の技術の問題じゃなく、装備の性能限界だ」


 ミカゲは何も言わず、深淵の魔導杖を両手で持ち上げ、芯材の表面に走る細い亀裂に目を落としていた。古代語の刻印の一部が、ちょうどその亀裂の上を通っている。


「……使える。けど」


 それだけ言って、杖を膝に置いた。けど、の先は誰にでも分かった。次も同じ負荷をかければ、割れる。


 タクミが二つの装備をそっと預かり、作業台に並べた。指ぬきグローブの先で亀裂をなぞる手つきは、いつもより慎重だった。


「雪音さんの盾も、ミカゲさんの杖も……直すだけなら、できます。けど」


「けど、何だ」


「直しても、また同じところで同じように壊れます。今のままだと」


 修は腕を組んだ。タクミの言葉は、つい先刻、あの骸骨兵の重みを盾で受け止めた瞬間から修の中で繰り返していた疑問と、ぴたりと重なっていた。


「修復じゃない。設計からやり直す必要がある、ということだな」


 タクミがこくりと頷いた。


 修は事務所の壁に貼った簡易のホワイトボードに向かった。これまで戦闘ログや依頼の進行を書き込んでいた板だが、今日はそこに違う図を描き始めた。六人の名前を中心に置き、それぞれから矢印を伸ばし、装備・スキル・連携先のメンバーへとつなげていく。


「今のお前らの強さは、個々の装備とスキルが、互換性のないまま無理やり噛み合っている状態だ。雪音の盾は雪音専用に調整された結果、汎用性が低い。ミカゲの杖はミカゲの出力に合わせて作られた結果、出力以上の負荷をかけると芯材が先に死ぬ」


「それは……」


 雪音が小さく言う。


「悪いことなんですか」


「悪くはない。専用設計は効率がいい。だが今回みたいに、想定外の負荷――仕様にない化け物が出てきたとき、専用設計はそのまま弱点になる」


 修はホワイトボードの矢印の一本を指でなぞった。


「依存関係を整理する。誰が何にどれだけ依存していて、その依存先が壊れたとき、何が起きるか。それを全部洗い出してから、装備とスキルを組み直す」


 カイが椅子の上で体を起こした。


「それって、つまり装備の総取り換えってことッスか」


「そうだ。装備、スキル、連携。全部だ」


 部屋が一瞬、静かになった。誰も反対しなかった。反対する理由がなかった。あの骸骨兵の重さは、まだ全員の腕に残っていた。




 問題は資金だった。Sランクユニーク一本作るだけでも、材料費は冒険者登録から間もない六人にとって決して安くない。修が伝票を見ながら眉根を寄せていたところに、事務所の電話が鳴った。


「ライジング事務所です」


 受けたのは雪音だった。短いやり取りの後、受話器を置いた彼女の表情はわずかに緩んでいた。


「ダンジョン管理協会からでした。今回の応急対応について、正式に謝礼が出るそうです。それと、劣化状況の確認に協力してくれた分の追加報酬も」


「金額は」


 雪音が紙に書かれた数字を見せると、修はそれをしばらく見つめた。十分ではないが、ゼロではない。装備の組み直しを始める足がかりには、なる。


「足りない分は、俺たちの手持ちと、もう一つある」


 修はタクミを見た。


「嘆きの廃都の最深部で奪ったコア・クリスタル。あれは今もここにあるはずだ」


 タクミの目が大きく見開かれた。


「あの、保管庫に入れたままの……あれ、使うんですか」


「使う。あのクラスの素材でなければ、今後また同じ規模のイレギュラーに遭った時、装備が先に死ぬ。それだけは避けたい」


 タクミは小さく息を吸い、それから頷いた。


「分かりました。……すごい素材なので、無駄にしないように、ちゃんと設計図を出します」


「そこで聞きたい」


 修はホワイトボードに向き直ったまま言った。


「全員、欲しいものを言え。今の装備の不満、足りないと感じている部分、全部だ。タクミが脳内に出すブループリントに、俺が仕様面から手を入れる」


 最初に口を開いたのはカイだった。


「俺は、今のナイフでも悪くないんスけど……正直、攻撃を受けた時の防御がちょっと心もとないっス。スピード落とさずに守れるなら、それがいいッス」


「速度を落とさない防御、と。記録した」


 次にミカゲが、杖を見つめたまま小さく言った。


「……威力。落としたくない。けど、壊れない方がいい」


「威力維持、耐久強化。それから」


 修は少し考え、付け加えた。


「お前の魔力出力は、今の杖のキャパシティを常に上回っている。次の杖は、出力の天井をもう一段上げる構造にする」


 ミカゲがわずかに目を上げた。何も言わなかったが、その視線は明らかに同意していた。


 セシルは少し離れたところで、ロザリオを指の間で回していた。


「……私は、特に望むものはないわ。今のままで、十分に祈れる」


「装備の話じゃない。性能の話だ」


 修が言うと、セシルは一拍置いて、ぽつりと答えた。


「……生者を癒す手が、もう少し速ければ。間に合わなかった瞬間が、何度かあったから」


 それは戦闘の最中、修も見ていた光景だった。回復が一歩遅れて、雪音が余計な負荷を受けた場面。修は黙ってそれをホワイトボードに書き込んだ。


 最後に雪音が、膝の盾を見ながら言った。


「私は……皆さんを守れる盾であれば、それで十分です」


「それじゃ仕様が決まらない。具体的に言え」


 雪音は少し困った顔をしたが、やがて言葉を選びながら答えた。


「今の盾は、一度の大きな衝撃には強いです。でも、今回みたいに連続して受け続けると、限界が来るのが早い気がします。一度きりじゃなく、何度でも受けられる盾が欲しいです」


 修はその言葉を、矢印の先にもう一つの仕様として書き加えた。


「修さんは、どうですか」


 ペンを置こうとした修に、雪音が静かに尋ねた。全員の視線が、自然と修に集まる。


 修は一瞬、答えに詰まった。仲間の装備とスキルの不具合は、これまで誰よりも早く見つけてきた。だが自分自身のことは、後回しにしてきた自覚があった。


「……俺は」


 短く言葉を切り、それから続けた。


「正直に言う。今の俺は、デバッグに寄りすぎている。前に出て盾になることも、自分の手で敵を削ることも、お前らほどの手段を持っていない。プログラマーの権能だけで、いつまでも戦況の外から指示を出し続けられるとは思っていない」


 カイが目を丸くした。


「兄貴がそれ言うの、なんか新鮮ッスね」


「非効率を放置していた結果だ。今回、それも直す」


 修は腰に下げた浄化の片手剣を一度見下ろした。これまでは、最低限の自衛と、デバッグの補助として持たせていたに過ぎない一本だった。前衛として張れる手段と、その最中にも権能を使い続けられる構成――それを、今回の見直しの中に含める。記録された矢印の中心に、自分の名前を改めて書き加えた。


 全員の要望を書き終えたホワイトボードは、もう戦闘ログの板には見えなかった。六人分の弱点と願望が、矢印で複雑に絡み合った図になっていた。修はそれを見渡し、短く言った。


「タクミ、これを基にブループリントを出せ。俺が仕様の矛盾を潰す」


「はい……っ、頑張ります」


 タクミが作業台に向き直り、指ぬきグローブを外して両手を構えた。脳内に像を結ぶ前の、わずかな集中の沈黙が落ちる。


 修はその背中を見ながら、自分の中にあるもう一つの引っかかりを思い出していた。アクセス権限不足。あの骸骨兵を鑑定しようとした瞬間に返ってきた、初めての拒絶。装備や仲間のスキルを書き換えることはできても、自分自身の権能には、まだ書き換えられない領域がある。


 それもいつか、潰さなければならない仕様だ。


 だが今は、目の前のことからだ。修はホワイトボードに向き直り、矢印の一本に新しい注釈を書き加えた。


【現在のステータス】


 ■柏木 修

 Lv: 20

 HP: 900

 MP: 260

 STR: 78 / VIT: 72 / INT: 260 / DEX: 200 / AGI: 98 / LUK: 7

 ATK: 96 / DEF: 80 / RES: 245

 装備: 浄化の片手剣、改良された革鎧(Eランク相当・劣化進行/改修予定)、使い古したスマートフォン

 スキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブ『不遇の記憶』、パッシブ『並列演算』


 ■白石 雪音

 Lv: 25

 HP: 2400

 MP: 650

 STR: 5 / VIT: 370 / INT: 85 / DEX: 62 / AGI: 54 / LUK: 108

 ATK: 0 / DEF: 440 / RES: 300

 装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、白銀の円盾(深い亀裂あり・改修予定)

 スキル: 【聖域守護】、【反射装甲リアクティブアーマー】、パッシブ『不屈の精神』


 ■カイ

 Lv: 22

 HP: 820

 MP: 205

 STR: 160 / VIT: 128 / INT: 102 / DEX: 395 / AGI: 465 / LUK: 190

 ATK: 260 / DEF: 120 / RES: 100

 装備: タクティカル・サバイバルナイフ、浄化の片手剣サブ、強化軽量レザーベスト、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ

 スキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』


 ■ミカゲ

 Lv: 23

 HP: 610

 MP: 1650

 STR: 26 / VIT: 46 / INT: 390 / DEX: 114 / AGI: 140 / LUK: 70

 ATK: 220 / DEF: 66 / RES: 435

 装備: 深淵の魔導杖・改式(ヴォイド・レゾナンス・芯材に微細な亀裂あり・改修予定)、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り

 スキル: 固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中


 ■タクミ

 Lv: 13

 HP: 225

 MP: 295

 STR: 19 / VIT: 26 / INT: 88 / DEX: 124 / AGI: 40 / LUK: 57

 ATK: 30 / DEF: 37 / RES: 68

 装備: 煤けた作業用エプロン、特製指ぬきグローブ(摩耗進行)、指定学生服ズボン、初心者の小型錬金釜

 スキル: 固有スキル『錬金術(論理構築/オーバーライド)』、特殊技能『アイテムの目利き』


 ■セシル

 Lv: 20

 HP: 260

 MP: 1550

 STR: 16 / VIT: 24 / INT: 120 / DEX: 47 / AGI: 34 / LUK: 10

 ATK: 22 / DEF: 34 / RES: 150

 装備: 古銀のロザリオ、夜色の修道服(ダンジョン産繊維製)、隠者のヴェール

 スキル: 『浄化の光』、『鎮魂の調べ』、『甘露の直感』、パッシブ『生者への慈愛』

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