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第二十三話:Office Hours

 腐れ縁という言葉は嫌いだ。だが桐生カイトたちとの関係は、もうその言葉でしか説明がつかなくなっていた。

 

「修さん、これ見てください」

 

 タクミが工房の作業台から顔を上げた。指ぬきグローブの先に、武具の型番が印字された金属プレートが二枚並んでいる。一枚はアーク・セイバーが先月の公式戦績発表で使用した装備データ、もう一枚はタクミが闇市の流通記録から引っ張ってきた実際の納入記録だった。

 

「型番、やっぱり一致しないっス」

 

 カイが横から覗き込んで言った。防塵ゴーグルを額に上げたまま、人懐っこい顔に珍しく真剣な色が乗っている。

 

 修は二枚のプレートを見比べた。アーク・セイバーが対外的に発表した装備の型番は『GS-7』、しかし実際にギルドへ納品された記録では『GS-5』だった。型番二つの差は、性能表示で言えば中堅と上位の差に相当する。

 

「公式戦績で過大な装備性能を申告していた、ということだな」

 

 非効率だ、と修は思った。見栄のための虚偽は、いつか必ず検証コストを生む。仕様にない数字を吐き出すコードと同じだ。

 

「保留にしておいた手札ッスね」

 

「そうだ。だが今出す」

 

 修は静かに言った。声明文を送り、警告文に対して事実ベースで応戦した。沈黙と圧力の往復はもう十分だ。状況を動かすには、検証可能な事実をもう一段重くする必要がある。

 

 ---

 

 その日の午後、六人は新しい場所に集まっていた。

 

 裏路地の喫茶店でも、修のマンションでもない。冒険者ギルド本部ビルから少し離れた小さなテナントビルの三階。築年数を感じさせる外壁だが、内装は先週まで別の小規模ギルドが使っていたもので、机と椅子、申請用の端末、簡素な応接スペースまで一応揃っている。

 

 ギルド『ライジング』が正式に契約した、初めての事務所だった。

 

「狭いっスけど、ここ、いいっスね」

 

 カイが窓際に立って外を見ながら言った。E級ダンジョンの報酬とNullとしての情報売却で蓄積した資金、それにスキルオーブ鑑定の売却益を回せば、十分に賄える賃料だった。非効率な待機期間が長く続いた分、口座の中身だけは静かに育っていた。

 

「まだ何もないですけど、これから皆さんと一緒に作っていく場所なんですね」

 

 雪音が壁を見つめて言った。何もない壁紙に、まだ何の装飾もない。それでも声には、すでにこの空間を大事にする響きがあった。

 

「私が紋章、ここに飾りたい」

 

 セシルがぽつりと呟く。先日描き上げたギルド紋章の原画を抱えたまま、壁の中央あたりに視線を固定している。

 

「ん。……静かでいい」

 

 ミカゲは部屋の隅、窓に最も近い場所に杖を立てて、フードの奥から小さく満足げな声を出した。古文書を広げるには十分な明るさがあるらしい。

 

 タクミだけが少し落ち着かない様子で、持ち込んだ装備の型番プレートを机の上に並べ直していた。

 

「あの、修さん。これ、本当に出すんですか」

 

「出す」

 

 修は端末の前に座り、契約書のテンプレートを開いた。

 

「向こうは事実誤認を装い、こちらには根拠の薄い警告を送ってきた。だがこの型番の不一致は、向こうの公式発表という一次資料そのものに矛盾を含んでいる。解釈の余地はない。これは仕様書とソースコードの不一致だ」

 

「修さんの言い方、相変わらずよくわからないっス」

 

 カイが笑った。だが顔には安心したような色も浮かんでいる。

 

「要するに、向こうが自分で出した数字が、向こうが自分で出した別の数字と矛盾している。第三者がそれを指摘するだけでいい」

 

「……それなら、私たちが間違ってないって、ちゃんと言えるってことですよね」

 

 雪音が確認するように言うと、修は短く頷いた。

 

 事務所の入居初日に行う仕事が、これだとは思わなかった。本来なら紋章を飾り、観葉植物を置き、誰がどこの机を使うかを決める日であるはずだった。だが現実はいつも仕様書通りには進まない。

 

 ---

 

 文書の構成は単純だった。アーク・セイバーが公式戦績で発表した装備型番と、実際の納入記録に基づく型番。その差異のみを淡々と並べ、評価や非難の言葉は一切加えない。

 

「ミカゲ、契約用語の検証は今回は頼まない」

 

 修が先に言うと、ミカゲはフードの奥でわずかに片眉を上げた。

 

「……なぜ」

 

「お前の言語的な指摘は、もう三度使った。今回は数字だけで足りる」

 

「……ん。わかった」

 

 ミカゲは特に気にする様子もなく、古文書に視線を戻した。代わりに彼女がやったのは、文書の余白に古代語で短い注記を加えることだった。誰に向けてのものかは聞かなかったが、タクミが横から覗いて「お守りみたいですね」と笑った。

 

「セシル、最終チェックを頼む」

 

「……いいよ」

 

 セシルは原稿を受け取ると、誤字と語調を確認した。今回は文末に祈りの一文を挟むことはしなかった。事実だけの文書だと、自分で判断したらしい。修はそれに気づいたが、何も言わなかった。

 

 完成した文書は二段落、装備型番の比較表、そして最後に一文だけ添えられていた。

 

 ——本書は事実確認の要請であり、貴ギルドの意図を断定するものではない。回答を求める。

 

 送付は端末から直接行われた。返信期限を七日と設定し、修はそのまま端末を閉じた。

 

「これで、終わりっスか」

 

「いや。始まりだ」

 

 ---

 

 返信は三日で来た。予想より早かった。

 

 差出人はアーク・セイバー広報担当の名で、内容は単純な言い逃れだった。型番の差異は「資材調達時の代替品供給によるもので、性能表示は当時の見込み値である」という弁明。修は文面を一読し、口の端をわずかに動かした。

 

「噓ではないが、説明にもなっていない」

 

「どういうことっスか」

 

「見込み値を公式戦績として発表した時点で、それは虚偽申告だ。代替品供給があったなら、訂正発表をすべき義務がある。彼らはそれをしなかった」

 

 ミカゲが古文書から顔を上げずに言う。

 

「……後出しの言い訳」

 

「そうだ。だが向こうも分かっている。これだけでは終わらせられないと」

 

 修はその夜、端末の前で一人、流通記録のデータベースに改めてアクセスした。ハニーポット作戦やサーバー侵入のような直接的な手段は使わない。それはもう一度やった手だ。今回必要なのは、もっと地味で、もっと動かない証拠だった。

 

 翌日、タクミが追加の資料を持ってきた。

 

「修さん、これも見てください。GS-5の納入記録、実は三件あるんです。全部、アーク・セイバーの戦績発表の時期と一致してます」

 

「三件、全部か」

 

「はい。だから、見込み値が一回だけ間違って出た、っていう説明は通らないと思います」

 

 タクミの声は珍しく揺れていなかった。気弱な性格のまま、事実だけを並べる姿は、以前の彼とは違っていた。

 

「よくやった」

 

 修が短く言うと、タクミは耳まで赤くなって、それでも今回は泣かなかった。代わりに小さく拳を握っていた。

 

 ---

 

 三件の納入記録を添えた再質問状を送付したのは、その週のうちだった。今回は期限を設けず、ただ「公式に訂正発表を行う意思があるか」を問う、極めて短い文書だった。

 

 返信はまた三日後に来た。だが今回の差出人は広報担当ではなく、ギルドマスター名義——桐生カイト本人だった。

 

 修は文面を画面に表示したまま、しばらく動かなかった。雪音が心配そうに隣に立つ。

 

「修さん……」

 

「大丈夫だ」

 

 短い返信文には、要約すればこう書かれていた。今後一切の接触・言及を控えることを条件に、訂正発表を行う。これは脅しでも交渉でもなく、単なる事務的提案として処理してほしい、という体裁だった。

 

「向こうは負けを認めたくない。だから『これは戦いではなかった』という形にしたいんだ」

 

「それでいいんですか」

 

 雪音が訊いた。修は少し考えてから答えた。

 

「いい。俺たちが欲しいのは謝罪じゃない。事実が正しく記録されることだ」

 

 カイが画面を覗いて、唇を曲げた。

 

「あの桐生っていうやつ、結局自分の都合でしか動かないんスね」

 

「それが仕様だ。今さら驚くことじゃない」

 

 修の声には、もう熱がなかった。前世で剣を突き立てられた男の名前を見ても、心臓が跳ねることはなかった。代わりにあったのは、ただの確認作業のような感覚——バグの原因が判明し、修正パッチを当てる直前の、静かな実務感だった。

 

 セシルが口を開いた。

 

「……怒り、消えた?」

 

「消えたわけじゃない」

 

 修は端末を閉じながら答えた。

 

「ただ、優先順位が変わった。あいつへの恨みより、こいつらを守ることの方が先に来るようになった。それだけだ」

 

 誰も何も言わなかった。だが部屋の空気は、少しだけ軽くなった気がした。

 

 ---

 

 翌週、アーク・セイバーの公式サイトに訂正発表が掲載された。文面は事務的で、誠意の感じられるものではなかった。だがそこには明確に、過去の戦績発表における装備性能の記載が「実態と異なっていた」ことが記されていた。

 

 同時に、サイト上から『ライジング』への言及——あの無断の「提携検討中」リストも、いつの間にか削除されていた。

 

「これで、終わったんスね」

 

 カイがソファに深く座り込んで言った。事務所にはまだ段ボール箱が積まれたままだが、その上にセシルの紋章だけが、すでに壁に飾られている。深紅と銀の意匠が、簡素な部屋の中で唯一の主張をしていた。

 

「終わった、というのは正確じゃない」

 

 修が言うと、全員の視線が集まった。

 

「向こうが俺たちに直接干渉する手段は、これでほぼ尽きた。事実誤認の発表、根拠の薄い警告、どちらも通用しないと分かった。次に何かしてくるとしても、今までのような小細工は使えない」

 

「つまり、しばらくは静かになる、ってことですか」

 

 タクミが訊いた。

 

「そうだ。一区切りだ」

 

 修はそう言って、初めて少しだけ肩の力を抜いた。

 

 雪音が小さく笑って、紙袋から何かを取り出した。

 

「お祝い、というほどでもないですけど、皆さんで召し上がってください」

 

 焼き菓子の包みだった。セシルの目が、ヴェールの奥でわずかに動いたのが分かった。

 

「……甘い」

 

「ええ、たくさん甘いです」

 

 雪音が笑うと、ミカゲも珍しく杖から手を離し、机に近づいてきた。

 

 事務所の壁にはまだ何もない場所がいくつも残っている。だがその一つに紋章が飾られ、もう一つには今、菓子の包みが置かれている。修は窓の外を見ながら、紅茶でも買ってくるべきだったかと、らしくないことを考えた。

 

 非効率な感傷だ、と自分に言いかけて、その先を続ける気にはならなかった。代わりに、菓子の包みに伸びるタクミの手を、黙って見ていた。

 

 ---

 

【現在のステータス】

 

 ■柏木 修

 Lv: 19

 HP: 850

 MP: 240

 STR: 75 / VIT: 70 / INT: 245 / DEX: 195 / AGI: 95 / LUK: 7

 ATK: 92 / DEF: 78 / RES: 230

 装備: 浄化の片手剣、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン

 スキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブ『不遇の記憶』、パッシブ『並列演算』

 

 ■白石 雪音

 Lv: 24

 HP: 2250

 MP: 600

 STR: 5 / VIT: 350 / INT: 80 / DEX: 60 / AGI: 52 / LUK: 105

 ATK: 0 / DEF: 420 / RES: 285

 装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、白銀の円盾

 スキル: 【聖域守護】、【反射装甲リアクティブアーマー】、パッシブ『不屈の精神』

 

 ■カイ

 Lv: 21

 HP: 780

 MP: 195

 STR: 155 / VIT: 122 / INT: 98 / DEX: 380 / AGI: 450 / LUK: 185

 ATK: 250 / DEF: 115 / RES: 95

 装備: タクティカル・サバイバルナイフ、浄化の片手剣サブ、強化軽量レザーベスト、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ

 スキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』

 

 ■ミカゲ

 Lv: 22

 HP: 580

 MP: 1600

 STR: 25 / VIT: 44 / INT: 375 / DEX: 110 / AGI: 135 / LUK: 68

 ATK: 210 / DEF: 64 / RES: 420

 装備: 深淵の魔導杖・改式ヴォイド・レゾナンス、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り

 スキル: 固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中

 

 ■タクミ

 Lv: 12

 HP: 210

 MP: 280

 STR: 18 / VIT: 24 / INT: 85 / DEX: 120 / AGI: 38 / LUK: 55

 ATK: 28 / DEF: 35 / RES: 65

 装備: 煤けた作業用エプロン、特製指ぬきグローブ、指定学生服ズボン、初心者の小型錬金釜

 スキル: 固有スキル『錬金術(論理構築/オーバーライド)』、特殊技能『アイテムの目利き』

 

 ■セシル

 Lv: 19

 HP: 240

 MP: 1500

 STR: 15 / VIT: 22 / INT: 115 / DEX: 45 / AGI: 32 / LUK: 9

 ATK: 20 / DEF: 32 / RES: 145

 装備: 古銀のロザリオ、夜色の修道服(ダンジョン産繊維製)、隠者のヴェール

 スキル: 『浄化の光』、『鎮魂の調べ』、『甘露の直感』、パッシブ『生者への慈愛』

これでギルド創設完了です。

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