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第二十一話:Pull Request

 ギルド『ライジング』の正式登録通知が届いた翌日、修は自室のデスクで、スマートフォンの画面に表示された抗議文のテンプレートを睨んでいた。


 文面はすでに三行目で詰まっている。


「事実誤認の訂正を要求する」――その一文を、何度書き直しても、感情の温度が滲んでしまう。怒りでも、苛立ちでもない。もっと厄介な温度だ。仲間の名前を背負った文章を書くという行為そのものが、修の中で未知の処理を要求していた。


(誤字脱字レベルの話じゃない。これは……署名責任の話だ)


 前世、修は何かに署名したことがなかった。サポート職という立場上、契約も交渉も、いつも誰かの背中に隠れて済ませてきた。今は違う。柏木修という名前と、ライジングという名前が、初めて同じ重さで紙の上に並ぶ。


 ステータスボードを開く。


【プログラマー:ドキュメント・コンパイル機能 起動可能】

【警告:本機能は対外文書の構文的正しさのみを保証する。意図の正しさは保証外】


「……分かってる」


 修は小さく呟き、文面をいったん保存して、喫茶店二階へのメッセージグループに一文を送った。


『十三時、いつもの場所に集合。声明文の素案を持ってこい』



 裏路地の喫茶店二階は、今日は作業拠点としてではなく、より公的な意味合いを帯びた「会議室」として使われていた。テーブルの上には、各自が用意してきた紙とノートパソコンが並ぶ。


「兄貴、これ見てくれよ。一晩で書いたんスけど」


 カイが真っ先にタブレットを差し出してきた。画面には、活動方針の文案とは別に、もう一枚のレイアウトが表示されている。


「広報用の画像も作ってみたんス。アーク・セイバーの発表のスクショと、うちの正式登録通知を並べて、『どちらが本当か』って構図にしてみたんスけど……どうっスか」


 修は画面を一瞥し、構図そのものの説得力にわずかに目を細めた。


「悪くない。だが、感情的な煽りに見えるレイアウトは外せ。比較は事実だけで成立させる。日付、登録番号、発表の文言――それ以外の装飾は全部ノイズだ」


「うっス、ノイズ排除っスね」


 カイは肩を竦めながらも、すでに修正案を打ち込み始めている。以前なら不安げに目を逸らしていた仕草が、今は迷いなく手が動く。足を引っ張る恐れを口にしたあの夜から、何かが変わったのだと修は思う。


 その隣で、ミカゲがノートを一枚、テーブルの上に滑らせた。


「……これ」


「何だ」


「アーク・セイバー……の発表文……。古い文体……混ざってる」


 修は紙面に目を通す。アーク・セイバーの公式声明には、一般的な現代日本語の文体に、わずかに古めかしい言い回しが混入していた。修にはただの大仰な表現にしか見えなかったが、ミカゲの指先がその一節を指している。


「これ……『提携検討』……の定義……契約用語……拡大解釈……されてる」


「つまり?」


「……向こうの法務……単語の意味……ズラしてる。本来は……仮の打診……レベル……それ……『内定』……かのように……書いてる」


 ミカゲの言葉は単語の羅列に近かったが、修の頭の中では即座にそれが構文として組み立て直される。


(向こうは言葉の定義そのものを操作している。契約用語の意味的バグだ……いや、バグじゃない。意図的なインジェクションか)


「ミカゲ、それは決定的だ。お前の指摘がなければ、ただの誇張表現として処理して終わっていた」


「……ん」


 ミカゲは小さく頷き、フードの下でわずかに口角が動いたのを、修は見逃さなかった。古代語の解読という地味な特技が、こういう場面で牙を剥く。仲間の能力が、戦闘力以外の場所で輝く瞬間を、修はまだ正確に数値化できていない。


「私……古い契約書……読んでた……から……分かる」


「お前の積み重ねた読解力が、戦力換算外で役に立っている。記録しておく」


 ミカゲが珍しく、少し長めに視線を上げて修を見た。何かを言いたげな顔だったが、結局は「……ん」とだけ返して、また紙の束に視線を戻した。



 タクミは、自分の番が来るまでずっと膝の上のノートを抱えていた。


「あの……僕の方は、文書作成というより、その……物理的な証拠の方を」


「証拠?」


「はい。アーク・セイバーが使ってる装備……前に解析した時に、こっそり刻印を見たんです。彼らの公式声明に載ってる装備リストと、実際に現場で使われてる装備の型番が、一部食い違ってて」


 修は瞬時に意味を理解した。


「実装と仕様書の不一致、ということか」


「そう……そういう言い方になるんですね。要するに、彼らが対外的に『うちはこの装備でクリアした』って言ってる内容が、実際のログと合わない部分があるんです」


「証拠として出せるか」


「型番の写真と、納品記録の控えなら……僕の工房経由で扱った分なので、出せます」


 タクミの声は相変わらず控えめだったが、言葉の中身は確実に重さを増していた。気弱さは消えていない。だが、それを抱えたまま前に出る覚悟だけが育っている。修にはそれで十分だった。


「それは抗議文の本筋には使わない。今は事実誤認の訂正要求に留める。だが、保管しておけ。第二の手札として」


「……分かりました」


 タクミは少しほっとしたように肩を下げた。出した手札がすぐに使われなかったことに安堵したのか、それとも「使われる場面が来る」という未来を提示されたことに緊張したのか、修には判別がつかなかった。



 セシルは、テーブルの端で紙の束ではなく一枚の便箋を見つめていた。


「……声明文には、祈りの一節を混ぜるべき」


「祈り?」


「事実だけの文章は、骨だけの死体のようなもの。読む者の心に、何も残らない……一行だけ、静かな言葉を置く。それだけで、印象は変わる」


 修は懐疑的に眉を寄せた。


「感情的な煽りを排除すると言った直後だ」


「煽りではなく、余白。怒りではなく、祈り。違いは分かるはず――修」


 セシルの薄い瞳が修を見据える。その視線には中二病的な装飾を脱いだ、妙に冷静な芯があった。修は一拍黙考し、結論を出す。


「……一文だけなら許容する。ただし最終チェックは俺が通す」


「了解。短く、静かに、刺すように書く」


 セシルはそう言うと、便箋に何かを書き始めた。修はその内容をまだ見ていないが、不思議と心配する気持ちは薄かった。これまでの六人の積み重ねが、無条件の信頼という処理結果を返している。



 雪音は、机の中央に置かれた草稿一式を、両手でそっと整えていた。


「皆さんの分担、見せていただきました。私は……全体のまとめ役、という形でよろしいでしょうか」


「お前に頼みたいことがある」


「はい、何でしょう」


「声明文の最後の段落、ギルドとしての立場を表明する部分だ。お前が書け」


 雪音は一瞬、目を丸くした。


「私が、ですか? でも、私は言葉を扱うのは……」


「言葉の上手さは要らない。お前が信じていることを、お前の言葉で書け。それだけでいい」


 修は素早くそう言ったが、言ってしまった直後、自分の言葉の選び方に内心驚いていた。以前なら「効率的な人員配置だ」と説明していたはずの指示が、今は別の理由から出てきている。雪音の言葉には、何かを誇張も誤魔化しもしない強度があると、修は知っている。それを「だから任せる」と素直に言えてしまったことに、修自身が一番戸惑っていた。


 雪音はしばらくペンを持ったまま動かなかったが、やがて静かに書き始めた。



 一時間後、五人分の草稿と一文の祈りが、修の手元に集まった。


 修はそれぞれをデスクの上に並べ、目を閉じる。ステータスボードに新しいウィンドウが展開される。


【プログラマー:マージ・コンフリクト解析】

【六つの入力ソースを統合中……】

【構文:問題なし】

【トーン:個体差検出(許容範囲内)】

【総合評価:高凝集・低結合】


 修は目を開けた。技術的な評価としては、これ以上の言葉はない。だが、画面に並ぶ言葉の連なりを見ていると、修の中で別の処理が走る。誤訳を見抜くミカゲ、証拠を抱えるタクミ、煽りではなく祈りを置くセシル、自分の言葉で立場を語る雪音、装飾を削ぎ落とすことを学んだカイ――それぞれの断片が、ひとつの文書として噛み合っている。


(これは……俺が一人で書いていたら、絶対に出てこなかった文章だ)


 効率という言葉だけでは説明がつかない事実が、もうひとつ積み重なる。修はそれを無理に名前づけしようとはせず、ただ静かに受け止めた。


「みんな、最終稿を見てくれ」


 修が画面を共有すると、六人の視線が一つの文書に集まった。


 文面は短い。事実の列挙、訂正要求、そして最後に雪音の言葉で結ばれた一段落。中盤には、セシルの一文がさりげなく挟まれている。


『——事実は、声を荒げずとも、静かに正しさを語る』


 誰も声を上げなかったが、全員がその一文の位置に、確かな納得を覚えているのが分かった。


「これでいいか」


 修の問いに、雪音が一番早く頷いた。


「はい。私たちらしい文章だと思います」


「……ん。問題ない」


「兄貴、これは効くと思うッス。事実だけなのに、ちゃんと刺さる感じがするッス」


「……はい。証拠は、念のため別で保管しておきます」


「静かに、確実に。良い仕事」


 修は最終稿に目を通し、最後に一言だけ付け加えた。署名欄。


『ギルド・ライジング 代表 柏木修』


 その名前を打ち込む指先に、わずかな重さを感じた。前世では決して背負わなかった種類の重さだ。だが、不快ではなかった。


「送信する」


 修がボタンを押すと、文書はギルド本部経由でアーク・セイバーの公式窓口に正式に送付された。事務的な処理は、それだけで完了する。だが、修の内側では、もう一つの処理が静かに走り続けていた。


(俺はまだ、桐生カイトを許していない。あの男への憎悪は、今も俺の中核プロセスに居座っている。だが――)


 修はテーブルを見回す。それぞれの作業に戻る五人の顔を。


(この六人を、誰にも、何にも、傷つけさせない。それは復讐とは別の優先度で、俺のリストの最上位に書き込まれている)


 効率化という言葉で説明しようとしても、もう続きが出てこないことに、修自身が一番よく気づいていた。だが今はそれを無理に言語化する必要はない。コードはまだ、書きかけのままでいい。



【現在のステータス】


 ■柏木 修

 Lv: 19

 HP: 850

 MP: 240

 STR: 75 / VIT: 70 / INT: 245 / DEX: 195 / AGI: 95 / LUK: 7

 ATK: 92 / DEF: 78 / RES: 230

 装備: 浄化の片手剣、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン

 スキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブ『不遇の記憶』、パッシブ『並列演算』


 ■白石 雪音

 Lv: 24

 HP: 2250

 MP: 600

 STR: 5 / VIT: 350 / INT: 80 / DEX: 60 / AGI: 52 / LUK: 105

 ATK: 0 / DEF: 420 / RES: 285

 装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、白銀の円盾

 スキル: 【聖域守護】、【反射装甲リアクティブアーマー】、パッシブ『不屈の精神』


 ■カイ

 Lv: 21

 HP: 780

 MP: 195

 STR: 155 / VIT: 122 / INT: 98 / DEX: 380 / AGI: 450 / LUK: 185

 ATK: 250 / DEF: 115 / RES: 95

 装備: タクティカル・サバイバルナイフ、浄化の片手剣サブ、強化軽量レザーベスト、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ

 スキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』


 ■ミカゲ

 Lv: 22

 HP: 580

 MP: 1600

 STR: 25 / VIT: 44 / INT: 375 / DEX: 110 / AGI: 135 / LUK: 68

 ATK: 210 / DEF: 64 / RES: 420

 装備: 深淵の魔導杖・改式ヴォイド・レゾナンス、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り

 スキル: 固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中


 ■タクミ

 Lv: 12

 HP: 210

 MP: 280

 STR: 18 / VIT: 24 / INT: 85 / DEX: 120 / AGI: 38 / LUK: 55

 ATK: 28 / DEF: 35 / RES: 65

 装備: 煤けた作業用エプロン、特製指ぬきグローブ、指定学生服ズボン、初心者の小型錬金釜

 スキル: 固有スキル『錬金術(論理構築/オーバーライド)』、特殊技能『アイテムの目利き』


 ■セシル

 Lv: 19

 HP: 240

 MP: 1500

 STR: 15 / VIT: 22 / INT: 115 / DEX: 45 / AGI: 32 / LUK: 9

 ATK: 20 / DEF: 32 / RES: 145

 装備: 古銀のロザリオ、夜色の修道服(ダンジョン産繊維製)、隠者のヴェール

 スキル: 『浄化の光』、『鎮魂の調べ』、『甘露の直感』、パッシブ『生者への慈愛』

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