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第二十話:Deploy

 申請から十日目の朝、修のスマートフォンに一件の通知が届いた。

 冒険者ギルド管理局からのメールだった。件名は事務的で、何の感情も含まれていない。


『ギルド設立申請の審査結果について』


 修はそれを一瞥し、内容を確認するより先に、画面の隅に表示された受信時刻を見た。午前九時三分。職員が出勤して、おそらく最初に処理した案件の一つだろう。

 効率的だ、と思う。それ以上の感想はなかった。


 本文を開く。

 承認。

 ギルド名『ライジング』、ギルドランクE級として、正式に登録が完了したことを知らせる一文が続いていた。


「……仕様通りだな」


 誰もいない自室で、修はそう呟いた。当然の結果だ。手続き上の不備はなく、職員の腐敗を告発した実績もある。審査が長引いたのは単純な業務量の問題であり、結果が覆る要素はどこにもなかった。

 それでも、画面を見つめる修の中で、何かが小さく音を立てた気がした。

 復讐のための器が、また一つ完成した。そのはずだった。だが今、修の脳裏に最初に浮かんだのは、桐生カイトの顔ではなかった。


 ――皆に、伝えないとな。


 その思考が自然に浮かんだことに、修自身が一番驚いていた。


 ---


 その日の午後、六人は喫茶店の二階に集まった。修がメールの内容をそのまま読み上げると、一瞬の静寂の後、歓声が弾けた。


「やったッス! やったやったやったッス!!」

 カイが椅子から飛び上がり、両手を突き上げる。

「カイさん、声、大きいです……でも、私も嬉しいです!」

 雪音が両手を合わせ、目を輝かせていた。

「……正式に……ギルド」

 ミカゲがぽつりと呟き、フードの下で口角をわずかに上げる。

「お、おめでとうございます……! これで、僕の工房も正式にギルド所属の生産設備になるんですね」

 タクミが安堵したように肩の力を抜いた。

「……ふっ。当然の結果。だが、悪くない響き――ギルド『ライジング』所属、セシル」

 セシルが珍しく自分の名前を口にして、満足そうに小さく頷いている。


 修は喧騒の中心からやや離れた席で、その様子を眺めていた。

 ランクE級というスタートラインは、実力に対して明らかに過小評価されている。本来であれば、嘆きの廃都を完全攻略した実績だけでも、もっと上のランクから始まってもいいはずだ。だが、新設ギルドは原則として最低ランクから審査されるという制度上の制約がある。これも非効率な仕様の一つだ。

 修はそう分析しながらも、口元がわずかに緩んでいることに気づいていた。


「修さん」

 雪音が隣に座り、改まった調子で切り出した。

「これから、正式に依頼を受けられるようになりますね」

「そうだ。ただし、E級ランクで受注できる依頼は限られている。当面はF級・E級ダンジョンの定期討伐と、護衛依頼が中心になるだろう」

「物足りない、ということですか?」

「いや」

 修は短く否定した。

「実力と等級が一致していない状態は、システム上のバグだ。だが、それを焦って解消する必要はない。等級は実績を積めば自動的に上がる。今は土台を固める時期だ」

「……修さんらしいですね。でも、私はそれでいいと思います。皆さんと一緒に一歩ずつ、というのが」

 雪音の言葉に、修は何も返さなかった。代わりに、テーブルの上に置かれたケーキの一切れに視線を落とす。セシルが「お祝い」と言って買ってきたものだった。修の前にも一切れ置かれている。

「……早く食べろ。冷める」

 セシルがヴェールの奥からそう言った。ケーキが冷めるという発言自体に矛盾があるが、修は指摘しなかった。


 ---


 祝いの空気が一段落した頃、カイがスマートフォンを見ながらふと声を上げた。

「あ、そういえば……兄貴、これ見たッスか? アーク・セイバーの公式サイト」

「何があった」

 修がスマートフォンを受け取り、画面を確認する。

 アーク・セイバーの広報ページに、新たな発表が掲載されていた。


『新進ギルドとの提携・統合に関する基本方針について』


 文面は丁寧に整えられているが、要約すれば「小規模ギルドはアーク・セイバーの傘下に入ることで、より安全で効率的な運営が可能になる」という内容だった。続けて、複数の新興ギルド名が「提携検討中」として列記されている。

 修はその文章を読み進め、視線を止めた。


 リストの末尾に、設立日も記されないまま、ある名前が追加されていた。


『ライジング(E級・新規登録)』


「……これは」

 雪音が画面を覗き込み、表情を硬くする。

「私たち、提携の打診なんて受けていませんよね?」

「受けていない。一切の接触もなかった」

 修の声から、温度が消えていく。

「つまりこれは、事実に基づかない発表だ。俺たちの意思を無視して、勝手にリストへ加えた」


 効率の問題ではなくなった。これは明確な、攻撃の意思表示だった。

 ギルドが正式発足したその日のうちに、対外的な情報を捻じ曲げて取り込もうとする。アーク・セイバーは、まだ実体を持たない『ライジング』の評判を、自分たちの傘下という形に塗り替えることで、外野から見た立場を先に固定しようとしているのだ。世間が「ライジングはアーク・セイバーの庇護下にある新人ギルド」だと認識すれば、修たちが独自に動くたびに「恩を仇で返している」という構図を作り出せる。


「……いやらしい、やり方」

 ミカゲが低く呟いた。

「直接、潰すんじゃない……先に、立場を、奪う」

「正解だ」

 修はスマートフォンをテーブルに置いた。


「これは威力偵察だ。俺たちがどう反応するか――黙って取り込まれるか、騒いで対抗するか。どちらに転んでも、向こうには都合がいい。黙れば事実上の従属、騒げば『新人ギルドの過剰反応』という見出しが立つ」

「じゃあ、俺たちはどうするんスか」

 カイが拳を握りながら尋ねる。


 修は少しの間、何も言わなかった。

 前世の記憶が一瞬、脳裏をよぎる。桐生カイトに利用され、功績を奪われ、最後には切り捨てられた二十二年。あの男の所属していたギルドが、今また同じ手口で、今度は仲間たちを取り込もうとしている。

 その記憶は、確かに修の中で熱を持っていた。だが、今この瞬間の修を動かしているのは、それだけではなかった。


「……雪音」

「は、はい」

「お前は今、何を一番大事だと思っている」

 唐突な問いに、雪音は少し戸惑いながらも、すぐに答えた。

「皆さんと、一緒にやってきた時間です。それを、誰かに勝手に書き換えられたくない、と思います」

「……そうだな」


 修は静かに頷いた。


「俺たちの実績は、俺たちが積み上げたものだ。誰かの傘下になった事実もないものを、外側から書き加えられるのは――非効率の極みであり、何よりも、許せない仕様改変だ」

 いつもの淡々とした口調の中に、わずかに鋭さが混じっていた。


「正式な抗議文を出す。事実誤認である旨を明記し、訂正と削除を要求する。同時に、ギルド管理局にも経緯を報告し、記録として残す。向こうが無視すれば、それ自体が証拠になる」

「公式に、戦うってことッスね」

「いや、これは戦いじゃない。デバッグだ」


 修の青い瞳に、いつもの冷たい光が戻っていた。


「事実と異なる記述は、バグだ。バグは修正する。それだけのことだ」


 六人の間に、静かな決意が広がっていく。祝いの席だったはずの喫茶店の二階に、新たな緊張が混ざり込んでいた。だが誰も、それを不安には感じていないようだった。


「……それじゃ、早速やるッスか」

 カイがノートパソコンを開き直す。

「ああ。今日中に文書を作る。タクミ、お前が以前まとめた登記関連の控えを引き出してくれ。日付の整合性を取る材料になる」

「は、はい!」

「ミカゲ、抗議文の文言に古語由来の表現が必要な場面が出たら頼む」

「……ん」

「セシル、雪音、お前たちは公式サイトに掲載する声明文の草案を考えてくれ。冷静かつ、事実に基づいた内容で」

「……了解」

「はい!」


 指示が飛び交う中、修はわずかに口角を上げていた。それが自分でも気づかないほど小さな変化であることに、本人は気づいていなかった。


 ギルド『ライジング』。

 発足からわずか数時間で、最初の妨害に晒された。だが、それを迎え撃つ六つの意志は、もう揺らがない。

 復讐のために組み立てたコードは、いつの間にか、守るべきもののために動いていた。


 システムの書き換えは、まだ始まったばかりだ。


【現在のステータス】


 ■柏木 修

 Lv: 19

 HP: 850

 MP: 240

 STR: 75 / VIT: 70 / INT: 245 / DEX: 195 / AGI: 95 / LUK: 7

 ATK: 92 / DEF: 78 / RES: 230

 装備: 浄化の片手剣、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン

 スキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブ『不遇の記憶』、パッシブ『並列演算』


 ■白石 雪音

 Lv: 24

 HP: 2250

 MP: 600

 STR: 5 / VIT: 350 / INT: 80 / DEX: 60 / AGI: 52 / LUK: 105

 ATK: 0 / DEF: 420 / RES: 285

 装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、白銀の円盾

 スキル: 【聖域守護】、【反射装甲リアクティブアーマー】、パッシブ『不屈の精神』


 ■カイ

 Lv: 21

 HP: 780

 MP: 195

 STR: 155 / VIT: 122 / INT: 98 / DEX: 380 / AGI: 450 / LUK: 185

 ATK: 250 / DEF: 115 / RES: 95

 装備: タクティカル・サバイバルナイフ、浄化の片手剣サブ、強化軽量レザーベスト、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ

 スキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』


 ■ミカゲ

 Lv: 22

 HP: 580

 MP: 1600

 STR: 25 / VIT: 44 / INT: 375 / DEX: 110 / AGI: 135 / LUK: 68

 ATK: 210 / DEF: 64 / RES: 420

 装備: 深淵の魔導杖・改式ヴォイド・レゾナンス、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り

 スキル: 固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中


 ■タクミ

 Lv: 12

 HP: 210

 MP: 280

 STR: 18 / VIT: 24 / INT: 85 / DEX: 120 / AGI: 38 / LUK: 55

 ATK: 28 / DEF: 35 / RES: 65

 装備: 煤けた作業用エプロン、特製指ぬきグローブ、指定学生服ズボン、初心者の小型錬金釜

 スキル: 固有スキル『錬金術(論理構築/オーバーライド)』、特殊技能『アイテムの目利き』


 ■セシル

 Lv: 19

 HP: 240

 MP: 1500

 STR: 15 / VIT: 22 / INT: 115 / DEX: 45 / AGI: 32 / LUK: 9

 ATK: 20 / DEF: 32 / RES: 145

 装備: 古銀のロザリオ、夜色の修道服(ダンジョン産繊維製)、隠者のヴェール

 スキル: 『浄化の光』、『鎮魂の調べ』、『甘露の直感』、パッシブ『生者への慈愛』

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