第二話:First Commit
冒険者登録を済ませた修は、その足で武具屋へと向かっていた。
前世の記憶によれば、この時期の最低ランク冒険者向けの装備など、粗悪な鉄クズ同然だ。それでも、丸腰でダンジョンに挑むほど、彼は愚かではない。
「へい、らっしゃい! 兄ちゃん、新人かい?」
「ああ。一番安い剣と、革の胸当てをくれ」
店主が出してきたのは、刃こぼれし、僅かに錆の浮いた片手剣と、継ぎ接ぎだらけの革鎧だった。新品ですらない。新米冒険者など、どうせすぐに死ぬか辞めるかだ。そんな彼らにまともな武具を売る店主は、この街にはいなかった。
修のスキルが、無慈悲な現実を文字列として表示する。
[オブジェクト名: なまくらの剣]
[等級: Fランク(最低品質)]
[攻撃力: 3-5]
[耐久値: 8/20]
[※バグ情報: Code-102 "Poor Quality"]
[オブジェクト名: つぎはぎの革鎧]
[等級: Fランク(最低品質)]
[防御力: 4]
[耐久値: 12/35]
[※バグ情報: Code-102 "Poor Quality"]
「……ひどいもんだな」
まさにゴミ。前世でこれを知らずに購入し、ゴブリンの一撃で剣を折られ、なすすべなく半殺しの目に遭い、這う這うの体で逃げ出した苦い記憶が蘇る。
だが、今の修にとっては、最高の実験材料だった。
「これでいい。いくらだ?」
店主が吹っかけてきた値段を払い、修は足早に店を出る。そして、ダンジョンへ向かう道すがら、人目につかない裏路地へと入った。
「さて、と……最初のコミットだ」
修は「なまくらな剣」を手に取り、意識を集中させる。
視界にソースコードが展開される。
(バグ情報の修正、耐久値の最大化、攻撃力と切れ味パラメータの最適化……)
Update successful.
システムの無機質な声と共に、手に持った剣が、カチリ、と微かな音を立てた。刃こぼれが消え、鈍色だった刀身が確かな光を放ち始める。
修が再度、剣の情報を読み取る。
[オブジェクト名: 改良された剣]
[等級: Eランク]
[攻撃力: 5]
[耐久値: 20/20]
[特殊効果: 切れ味(小)]
「……面白い」
素材そのものの制約があるため、Fランクの鉄クズが伝説の剣になるわけではない。だが、等級の範囲内で、性能を最大限以上に引き上げることは可能だった。
同様に、革鎧のバグも修正し、耐久値を最大まで回復させる。
Fランク冒険者の懐事情では決して手に入らない、全身Eランク相当の装備。これを、修はわずか数分の「デバッグ」で作り上げてしまった。
準備は整った。
修は、前世のトラウマが眠るF級ダンジョン『ゴブリンの洞穴』の前に立っていた。
「……リベンジマッチだ」
洞穴に一歩足を踏み入れると、ひやりとした空気が肌を撫でる。
すぐに、二体のゴブリンが棍棒を振りかぶり、甲高い奇声と共に襲いかかってきた。
だが、今の修の目には、その姿は全く違って見えていた。
[オブジェクト名: ゴブリン]
[レベル: 2]
[思考AI: Pattern_A "正面からの突撃" (実行確率85%)]
「……全部、丸見えだ」
敵の次の行動が、確率と共に予測できる。
修は迫りくる一体目のゴブリンを冷静に見据え、最小限の動きでその棍棒を避けると、カウンター気味に剣を振るった。
デバッグされた刃が、ゴブリンの首を的確に捉え、鮮血と共に宙を舞わせる。
一撃。
あまりの出来事に、もう一体のゴブリンの動きが止まる。
[状態: 混乱/恐怖]
[思考AI: Pattern_C "逃走" (実行確率90%)]
「逃がすかよ」
逃走しようと背中を向けたゴブリンに駆け寄り、その心臓を一突きにする。
返り血を浴びながら、修は静かに息を吐いた。
四十年の冒険者人生で培った戦闘経験と、神のスキル『プログラマー』。この二つが合わされば、F級ダンジョンなど、もはやただの作業でしかなかった。
修はモンスターの思考を読み、隠し通路を見つけ、ノーダメージでダンジョンの最深部に到達した。
ゴブリンの死骸が山となっている中央に、一つの宝箱が鎮座している。
[オブジェクト名: 古びた宝箱]
[状態: 未開封]
[中身のドロップテーブル]
> ポーション (出現確率: 80%)
> 銅貨10枚 (出現確率: 15%)
> ゴブリンの指輪 (出現確率: 4.9%)
> スキルオーブ『身体強化』(出現確率: 0.1%)
「……あったな、そういえば」
前世では、このダンジョンからスキルオーブが出たという噂だけを聞き、多くの冒険者が挑んでは返り討ちにされていた。まさか、0.1%という天文学的な確率だったとは。
通常の冒険者なら、ここで運を天に任せるしかない。
だが、修は違った。
(確率そのものの直接改変は、因果律への干渉が大きすぎて弾かれた。だが……)
修は思考を切り替える。
(プログラムの根幹を書き換えるのではなく、一時的な処理を強制実行させるだけならどうだ?)
サイコロの目を変えることはできない。だが、気に入った目が出るまで、何度かサイコロを振り直させてもらうことはできるかもしれない。
修は宝箱のソースコードにアクセスし、新たなコマンドを構築する。
それは、宝箱が開かれる瞬間に、ドロップ判定の処理を複数回、強制的に再試行させるという、荒業のスクリプトだった。
[コマンド入力: Execute_Script("Loot_Reroll", Attempts=10)]
コマンドを確定しようとした瞬間、彼の脳内に警告メッセージが割り込んだ。
[Warning: 対象オブジェクトへの強制介入は、術者のリソースを消費します。このスクリプトを実行した場合、最大MPの90%が失われます。実行しますか? Y/N]
「……やはり、代償は必要か」
MPは、スキルを行使するための精神力。今の修の最大MPはわずか10。そのうち9を、この一回の宝箱開封に使うことになる。
もしこれでスキルオーブが手に入らなければ、丸損だ。
だが、0.1%の確率を、このコマンドで10回試行できる。単純計算でも、成功率は1%近くまで跳ね上がる。
「……リスクなくしてリターンなし、だ」
前世で失ったものを取り戻すためなら、惜しむものなど何もない。
修は、迷わず「Y」を選択した。
[コマンド実行... Complete.]
瞬間、全身から力が抜けるような、強烈な精神的疲労感に襲われる。
ステータスを確認すると、MPが1/10になっていた。
[柏木 修 - Lv.3]
[MP: 1/10]
ふらつく身体に鞭を打ち、修は宝箱に手をかける。
「――オープン」
ギィ、と音を立てて開いた宝箱の中。
彼の目には見えないが、内部ではドロップ判定のプログラムが、目まぐるしい速さで10回の試行を繰り返していた。
1回目…ポーション。2回目…ポーション。3回目…銅貨……
そして、8回目の試行。
確率の壁を、無理やりこじ開けた。
宝箱の中に鎮座していたのは、淡い光を放つ、拳大の水晶玉。
スキルオーブ『身体強化』。
「……はっ。最高の気分だ」
運命を、自らの手で捻じ曲げたという確かな実感。
修はオーブを手に取り、躊躇なく、その力を自身に吸収した。
力が、身体に漲っていく。
[スキル『身体強化』Lv.1 を習得しました]
前世では、何のスキルも発現せずに終わった十八歳の自分。
だが、今生では、最初のダンジョンクリアで、新たな力を手に入れた。
全てが、思い通りに進んでいく。
ダンジョンから帰還した修は、入手した素材を換金所に持ち込んだ。
F級ダンジョンとしてはありえない量と質の素材に、受付の職員は目を丸くしていたが、修は「運が良かっただけだ」と素っ気なく告げ、換金された大金を受け取った。
「さて、ウォーミングアップはここまでだ」
自室に戻った修は、ベッドに身を投げ出し、不敵な笑みを浮かべた。
裏切り者への復讐。理非尽な世界への再戦。
そのための、第一歩。
First Commit... Complete.
彼の脳内にだけ聞こえるシステム音声が、最初のタスクの完了を告げていた。




