表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/9

第二話:First Commit

 冒険者登録を済ませた修は、その足で武具屋へと向かっていた。

 前世の記憶によれば、この時期の最低ランク冒険者向けの装備など、粗悪な鉄クズ同然だ。それでも、丸腰でダンジョンに挑むほど、彼は愚かではない。


「へい、らっしゃい! 兄ちゃん、新人かい?」

「ああ。一番安い剣と、革の胸当てをくれ」


 店主が出してきたのは、刃こぼれし、僅かに錆の浮いた片手剣と、継ぎ接ぎだらけの革鎧だった。新品ですらない。新米冒険者など、どうせすぐに死ぬか辞めるかだ。そんな彼らにまともな武具を売る店主は、この街にはいなかった。


 修のスキルが、無慈悲な現実を文字列として表示する。


[オブジェクト名: なまくらの剣]

[等級: Fランク(最低品質)]

[攻撃力: 3-5]

[耐久値: 8/20]

[※バグ情報: Code-102 "Poor Quality"]


[オブジェクト名: つぎはぎの革鎧]

[等級: Fランク(最低品質)]

[防御力: 4]

[耐久値: 12/35]

[※バグ情報: Code-102 "Poor Quality"]


「……ひどいもんだな」


 まさにゴミ。前世でこれを知らずに購入し、ゴブリンの一撃で剣を折られ、なすすべなく半殺しの目に遭い、這う這うの体で逃げ出した苦い記憶が蘇る。

 だが、今の修にとっては、最高の実験材料だった。


「これでいい。いくらだ?」


 店主が吹っかけてきた値段を払い、修は足早に店を出る。そして、ダンジョンへ向かう道すがら、人目につかない裏路地へと入った。


「さて、と……最初のコミットだ」


 修は「なまくらな剣」を手に取り、意識を集中させる。

 視界にソースコードが展開される。


(バグ情報の修正、耐久値の最大化、攻撃力と切れ味パラメータの最適化……)


 Update successful.

 システムの無機質な声と共に、手に持った剣が、カチリ、と微かな音を立てた。刃こぼれが消え、鈍色だった刀身が確かな光を放ち始める。

 修が再度、剣の情報を読み取る。


[オブジェクト名: 改良された剣]

[等級: Eランク]

[攻撃力: 5]

[耐久値: 20/20]

[特殊効果: 切れ味(小)]


「……面白い」


 素材そのものの制約があるため、Fランクの鉄クズが伝説の剣になるわけではない。だが、等級の範囲内で、性能を最大限以上に引き上げることは可能だった。

 同様に、革鎧のバグも修正し、耐久値を最大まで回復させる。

 Fランク冒険者の懐事情では決して手に入らない、全身Eランク相当の装備。これを、修はわずか数分の「デバッグ」で作り上げてしまった。


 準備は整った。

 修は、前世のトラウマが眠るF級ダンジョン『ゴブリンの洞穴』の前に立っていた。


「……リベンジマッチだ」


 洞穴に一歩足を踏み入れると、ひやりとした空気が肌を撫でる。

 すぐに、二体のゴブリンが棍棒を振りかぶり、甲高い奇声と共に襲いかかってきた。

 だが、今の修の目には、その姿は全く違って見えていた。


[オブジェクト名: ゴブリン]

[レベル: 2]

[思考AI: Pattern_A "正面からの突撃" (実行確率85%)]


「……全部、丸見えだ」


 敵の次の行動が、確率と共に予測できる。

 修は迫りくる一体目のゴブリンを冷静に見据え、最小限の動きでその棍棒を避けると、カウンター気味に剣を振るった。

 デバッグされた刃が、ゴブリンの首を的確に捉え、鮮血と共に宙を舞わせる。

 一撃。

 あまりの出来事に、もう一体のゴブリンの動きが止まる。


[状態: 混乱/恐怖]

[思考AI: Pattern_C "逃走" (実行確率90%)]


「逃がすかよ」


 逃走しようと背中を向けたゴブリンに駆け寄り、その心臓を一突きにする。

 返り血を浴びながら、修は静かに息を吐いた。

 四十年の冒険者人生で培った戦闘経験と、神のスキル『プログラマー』。この二つが合わされば、F級ダンジョンなど、もはやただの作業でしかなかった。


 修はモンスターの思考を読み、隠し通路を見つけ、ノーダメージでダンジョンの最深部に到達した。

 ゴブリンの死骸が山となっている中央に、一つの宝箱が鎮座している。


[オブジェクト名: 古びた宝箱]

[状態: 未開封]

[中身のドロップテーブル]

 > ポーション (出現確率: 80%)

 > 銅貨10枚 (出現確率: 15%)

 > ゴブリンの指輪 (出現確率: 4.9%)

 > スキルオーブ『身体強化』(出現確率: 0.1%)


「……あったな、そういえば」


 前世では、このダンジョンからスキルオーブが出たという噂だけを聞き、多くの冒険者が挑んでは返り討ちにされていた。まさか、0.1%という天文学的な確率だったとは。

 通常の冒険者なら、ここで運を天に任せるしかない。

 だが、修は違った。


(確率そのものの直接改変は、因果律への干渉が大きすぎて弾かれた。だが……)


 修は思考を切り替える。

(プログラムの根幹を書き換えるのではなく、一時的な処理プロセスを強制実行させるだけならどうだ?)

 サイコロの目を変えることはできない。だが、気に入った目が出るまで、何度かサイコロを振り直させてもらうことはできるかもしれない。


 修は宝箱のソースコードにアクセスし、新たなコマンドを構築する。

 それは、宝箱が開かれる瞬間に、ドロップ判定の処理を複数回、強制的に再試行リトライさせるという、荒業のスクリプトだった。


[コマンド入力: Execute_Script("Loot_Reroll", Attempts=10)]

 コマンドを確定しようとした瞬間、彼の脳内に警告メッセージが割り込んだ。


[Warning: 対象オブジェクトへの強制介入は、術者のリソースを消費します。このスクリプトを実行した場合、最大MPの90%が失われます。実行しますか? Y/N]


「……やはり、代償コストは必要か」


 MPは、スキルを行使するための精神力。今の修の最大MPはわずか10。そのうち9を、この一回の宝箱開封に使うことになる。

 もしこれでスキルオーブが手に入らなければ、丸損だ。

 だが、0.1%の確率を、このコマンドで10回試行できる。単純計算でも、成功率は1%近くまで跳ね上がる。


「……リスクなくしてリターンなし、だ」


 前世で失ったものを取り戻すためなら、惜しむものなど何もない。

 修は、迷わず「Y」を選択した。


[コマンド実行... Complete.]

 瞬間、全身から力が抜けるような、強烈な精神的疲労感に襲われる。

 ステータスを確認すると、MPが1/10になっていた。


[柏木 修 - Lv.3]

[MP: 1/10]


 ふらつく身体に鞭を打ち、修は宝箱に手をかける。


「――オープン」


 ギィ、と音を立てて開いた宝箱の中。

 彼の目には見えないが、内部ではドロップ判定のプログラムが、目まぐるしい速さで10回の試行を繰り返していた。

 1回目…ポーション。2回目…ポーション。3回目…銅貨……

 そして、8回目の試行。

 確率の壁を、無理やりこじ開けた。


 宝箱の中に鎮座していたのは、淡い光を放つ、拳大の水晶玉。

 スキルオーブ『身体強化』。


「……はっ。最高の気分だ」


 運命を、自らの手で捻じ曲げたという確かな実感。

 修はオーブを手に取り、躊躇なく、その力を自身に吸収した。

 力が、身体に漲っていく。


[スキル『身体強化』Lv.1 を習得しました]


 前世では、何のスキルも発現せずに終わった十八歳の自分。

 だが、今生では、最初のダンジョンクリアで、新たな力を手に入れた。

 全てが、思い通りに進んでいく。


 ダンジョンから帰還した修は、入手した素材を換金所に持ち込んだ。

 F級ダンジョンとしてはありえない量と質の素材に、受付の職員は目を丸くしていたが、修は「運が良かっただけだ」と素っ気なく告げ、換金された大金を受け取った。


「さて、ウォーミングアップはここまでだ」


 自室に戻った修は、ベッドに身を投げ出し、不敵な笑みを浮かべた。

 裏切り者への復讐。理非尽な世界への再戦。

 そのための、第一歩。


 First Commit... Complete.

 彼の脳内にだけ聞こえるシステム音声が、最初のタスクの完了を告げていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ