表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

12/30

第十二話:DECODE

 夜の帳が下りた東京の街。冷たい風がビルの合間を吹き抜け、ネオンの光がアスファルトの表面で滲んで揺れている。

 冒険者ギルドの喧騒を背に歩を進めながら、修の脳内ではすでに次のタスクの演算が高速で走っていた。無邪気に歓喜の声を上げるカイと、それを穏やかな瞳で見守る雪音。彼ら二人は間違いなく、修が前世の知識と『プログラマー』の権能を駆使して手に入れた、最強の矛を支えるための「盾」と「目」だ。


(だが、足りない。今の俺たちには、絶対的な決定力――『矛』が不在だ)


 冷たい風を肺に吸い込みながら、修は冷静に現状のパーティの論理構成アーキテクチャを俯瞰していた。雪音の『反射装甲リアクティブアーマー』は敵の物理的エネルギーを利用するカウンターであり、カイのナイフ術はあくまで牽制と攪乱を目的としている。修自身も、敵のコードを直接書き換えることで事象を操作できるが、それには対象のシステムに介入するための「アクセス時間」と「精神的リソース」を著しく消費する。

 もし、高度なプロテクトが施されたボスや、システム外の物理的な物量で押し潰してくる相手に遭遇した場合、処理落ち(タイムアウト)を起こすのは修たちの方だ。


「兄貴、明日はどこに行くッスか? 俺、今の調子ならB級ダンジョンでもガンガンいける気がするッス!」

 両手を頭の後ろで組みながら、カイが自信満々に笑いかけてくる。その言葉に、修は薄く口角を上げた。

「図に乗るな。お前の足回りは優秀だが、火力が圧倒的に不足している。……だが、目標を上げるのは同感だ。次はC級上位、『王立地下書庫跡』へ向かう」

「王立地下書庫……あの、古代の魔法文明の遺跡と言われている場所ですか?」

 雪音が少しだけ表情を引き締め、小首を傾げた。

「ああ。あそこには、神々がこの世界にダンジョンという『実験場』を作り上げた初期の、杜撰なシステム・ログがそのまま放置されている。経験値も悪くないが……俺の狙いはそこじゃない。最強のアタッカーを、スカウトしに行く」


 ◆ ◆ ◆


 翌日、午後二時。

 C級上位ダンジョン『王立地下書庫跡』の第十五階層。カビた羊皮紙と、乾燥した石の粉の匂いが粘りつくように鼻腔を突く。

 見上げるほど巨大な本棚が迷路のように入り組み、空中に青白い魔力光を放つ古書がフワフワと浮遊する異質な空間。ここは、魔法生物と古代の防衛システムが徘徊する、中級冒険者ですらPTを組んで慎重に進む危険地帯だ。


「チッ……こいつら、やたらと硬いッスね!」


 カイが壁を蹴り、空中で身を翻しながら二本のナイフを交差させた。刃が『ストーン・ガーゴイル』の首筋に直撃するが、火花が散るだけで致命傷には至らない。ガーゴイルは不気味な軋み音を立てながら、その巨腕をカイの着地点へと振り下ろした。


「私が!」


 雪音が鋭い踏み込みと共に滑り込み、白銀の円盾を斜めに構えた。激突の瞬間、彼女の『反射装甲』がガーゴイルの運動エネルギーを一時的にバッファへ吸収し、斜め上空へと反発させる。巨体を持つガーゴイルの姿勢が、自らの力によって大きく崩れた。


「今です、修さん!」


 雪音の叫びと同時、背後に控えていた修の青い瞳が、鋭い演算の光を帯びる。視界を覆い尽くす緑色の文字列の中から、姿勢を崩したガーゴイルの『魔力関節制御コード』を瞬時に特定する。


(対象オブジェクト:Stone_Gargoyle_02。関節ジョイントの物理演算を[Disable]へ書き換え)


 修の指先が虚空のキーボードを叩く。カチリ、と世界に小さなノイズが走った瞬間、ガーゴイルの左半身の関節が突如として石化を通り越した完全な硬直状態に陥った。バランスを失った巨体が轟音と共に石畳に激突し、自重によって砕け散る。


「……ふぅ。これで五体目か。兄貴の魔法、相変わらず意味不明すぎて怖いッスね」

「魔法ではない、ただの最適化だ。だが……やはり効率が悪い」


 修は軽くこめかみを押さえた。C級上位のモンスターともなると、その個体を構成するデータのファイルサイズが大きく、書き換えに必要な精神力の消耗が無視できなくなってくる。


「進むぞ。ボスのエリアはすぐそこだ」


 さらに奥へと進んだ三人の前に、巨大な青銅の扉が立ちはだかっていた。表面には、修の『プログラマー』の視界を通しても[Encrypted Data(暗号化データ)]と表示される、禍々しい赤い光を放つ古代文字ルーンがびっしりと刻み込まれている。


「このルーン……なんだか、見ているだけで頭が痛くなります……」

 雪音が盾を胸に抱くようにして、顔を顰めた。

「高次元の管理者……神々が残した、いわばプロテクトコードの残骸だ。ここから先は、システムの『ごみ箱』に近い。だが、そのごみ箱の中にこそ、俺の探している特異点がいる」


 修が扉に手を触れると、重々しい地鳴りと共に青銅の扉が左右に開いた。中に広がっていたのは、円形の巨大な闘技場のような石室。そしてその中央に鎮座していたのは、周囲の空気を歪ませるほどの質量を持った巨像――『エンシェント・ルーンゴーレム』だった。


 侵入者を感知した瞬間、巨像の全身に刻まれたルーンが真紅に発光し、殺意を帯びた魔力の暴風が部屋全体に吹き荒れた。


「来るぞ! 雪音、絶対に正面から受け止めるな! 直撃すれば反射装甲の許容量バッファごと消し飛ぶぞ!」

「はいっ!!」


 ルーンゴーレムがその巨腕を振り上げた。ただの物理攻撃ではない。拳の周囲に高密度の魔力が圧縮され、空間そのものを削り取るような一撃が放たれる。


 修は即座にコードの書き換えを試みた。


(オブジェクト:Ancient_Rune_Golem。運動ベクトルの書き換え……!)


 だが、修の視界に表示されたのは、無数の赤いエラーメッセージだった。


[Warning: Access Denied]

[Error: 高度な難読化コードが検出されました。復号化プロセスを実行します。残り時間:04分59秒]


「チッ……! 古代の暗号化ハッシュプロテクトか! デコードに五分かかる!」

「五分!? 無理ッスよ兄貴! あんな化け物の攻撃、五分も躱しきれないッス!」


 悲鳴のようなカイの叫びをかき消すように、ゴーレムの拳が床を粉砕した。飛び散る石の破片が散弾となって襲い掛かり、雪音が必死に盾でそれを弾き返す。しかし、圧倒的な質量の前に、彼女の足元はずるずると後退させられていく。防御に特化した雪音でさえ、限界は近かった。


(まずいな。暗号解読を急ぐか、それとも一度撤退コマンドを……)


 修が舌打ちをし、強制脱出のコードを組もうとした、その瞬間だった。


 ――静寂。


 激しい戦闘の騒音の只中であるにも関わらず、空間のすべての音が突如として吸い込まれたかのような錯覚。

 見上げれば、石室の天井の闇の中から、深い青色の装飾ローブに身を包んだ小柄な影が、音もなく舞い降りてくるところだった。


 黒髪のロングストレート。顔の半分を隠す目深なフード。彼女の細い両腕には、自身の背丈ほどもある刻印の施された巨大な黒石の大杖が握られていた。


「なんだ、あいつ……いつの間に!?」

 カイが驚愕の声を上げる。


 少女は宙に浮遊したまま、一切の詠唱を行わなかった。

 ただ、杖の先端を、ルーンゴーレムへと真っ直ぐに向けただけだった。


 ――固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』。


 修の視界を流れる緑色のシステムログが、かつて見たことのない異常なトラフィック(通信量)を記録し始める。

 少女の杖の先端に、光すらも逃れられない漆黒の球体が生まれ、次の瞬間、それは空間の座標そのものを抉り取るような極太の黒い閃光となって撃ち放たれた。


 音が、消えた。


 ルーンゴーレムの強固な古代のプロテクトも、数千トンの質量を誇る巨体も、その漆黒の光線に触れた端から「物理的に破壊」されるのではなく、データとして「無(Null)」に上書きされて消滅していく。


 数秒後。閃光が収まったあとの石室には、焦げ跡一つ残っていなかった。巨大なボスモンスターが、最初から存在しなかったかのように、虚空へと消え去っていたのだ。


「……ウソ、でしょ……?」

 雪音が、震える声で呟き、へたり込んだ。


「……極大消滅アビス・イレイザー。物理法則を無視した、座標データの完全初期化……。なんて燃費の悪い、そして美しいバグだ」


 修が青い瞳を輝かせた直後。

 空中に浮かんでいた少女が、まるで糸の切れた操り人形のように、ふらりとバランスを崩し、石の床へと真っ逆さまに墜落し始めた。


「っと、危ないッス!」

 カイが風のように駆け抜け、地面に叩きつけられる寸前で少女の身体を抱き止めた。


「兄貴、この子、息も絶え絶えッスよ!? どこか怪我を……」

「HPじゃない。深刻な魔力枯渇状態(MP・オーバーヒート)だ。雪音、マナポーションを飲ませてやれ」


 修の網膜には、少女の異常なステータスが克明に表示されていた。


[オブジェクト名: ミカゲ]

[レベル: 18]

[HP: 480/480]

[MP: 5/1250 (Critical Low)]

[※バグ情報: Code-503 "Extreme Mana Consumption"]


 あの絶大すぎる威力の代償として、発動時に全MPの90%を強制的に徴収する致命的な欠陥仕様。

 前世の記憶が正しければ、彼女はこの燃費の悪さと、会話によるコミュニケーションの困難さが原因でどのパーティからも見放され、ソロでダンジョンの深層を彷徨い歩く「幽霊」と呼ばれていた存在だ。


 雪音が慌てて小瓶の封を切り、青い液体の入ったマナポーションを少女の唇にそっと流し込む。

 数分後。フードの奥の長い睫毛が微かに震え、少女――ミカゲがゆっくりと目を覚ました。


 彼女の瞳は、感情の読めない深い宝石のような色をしていた。見知らぬ三人に囲まれていることに気づくと、ビクッと小さな肩を跳ねさせ、カイの腕から逃れるようにして床を這いずり退った。


「あ……」


 警戒に満ちた目で修たちを見上げるミカゲ。修はその様子を静かに見下ろし、単刀直入に切り出した。


「俺たちは怪しい者じゃない。命を救ってもらったことには感謝する。……お前、あれが読めるか?」


 修が指差したのは、消滅したルーンゴーレムの背後にあった、ボス部屋の最奥の壁。そこには、先ほどの扉と同じように、真っ赤に発光する古代文字ルーンがびっしりと刻まれた石碑があった。

 修の『プログラマー』の権能をもってしても、難読化されていてすぐには意味を成さない文字列だ。


 ミカゲは修の指の先を追い、石碑を見つめた。そして、目を数回瞬かせると、信じられないほど透き通った、可愛らしい声でぽつりと呟いた。


「……よめる。これ、古い、言葉……」


 彼女はゆらりと立ち上がり、ふらつく足取りで石碑に近づくと、文字の表面を細い指でなぞった。


「……『観測領域・第三セクター……異常終了アボート……廃棄データ、集積庫』。これ……神様の、ごみ箱……」


 修の青い瞳が、確信に鋭く光った。

 やはりだ。彼女は、神々がこの世界を構築した「バックエンド言語(古代語)」のネイティブスピーカー。

 彼女がいれば、修の『プログラマー』スキルによる介入を妨害する難読化コードを、瞬時に解読デコードできる。


「お前、名前は?」

「……ミカゲ」


 ミカゲは自分の声が他人にどう聞こえたかを気にしたのか、フードをさらに目深に被り、ローブの胸元にぶら下がっていた動物の形をしたお守りをぎゅっと握りしめた。


「ミカゲ。単刀直入に言う。お前のその『極大消滅』は、威力のパラメーター設定をミスした結果、発動時にMPの90%を強制徴収する致命的なバグを抱えている。だからお前は誰とも組めず、こんな場所で野垂れ死にかけていたんだな」


 図星を突かれたミカゲの身体が、ビクッと大きく震えた。彼女の瞳に、過去の拒絶された記憶がフラッシュバックしたように、悲痛な色が浮かぶ。


「修さん! そんな言い方……!」

 雪音が咎めるように声を上げたが、修はそれを手で制し、ミカゲに向かって一歩踏み出した。


「だが、俺にとっては最高の火力コードだ。お前のその致命的なバグ、俺が修正デバッグしてやる」


 修の絶対的な自信に満ちた声が、静まり返った石室に響き渡った。


「……なおる、の?」

 ミカゲが、すがるような、けれど信じきれないという怯えた瞳で修を見上げた。


「俺のコードに嘘はない。お前は俺の元で、その最強の魔法を好きなだけ撃てばいい」


 修が差し出した手を、ミカゲはしばらくの間、じっと見つめていた。

 そして、恐る恐るローブの袖から細い手を伸ばし、修の手を小さく、けれどしっかりと握り返した。


「……ん。……よろしく、する」


 こうして、世界をハッキングする孤独な特異点の下に、神々の暗号を紐解く「鍵」であり、最強の「矛」となる少女が加わった。

 彼らの反逆のシステムは、次なる階層へとそのプログラムを拡張していく。


 ---

【現在のステータス】

 ■柏木 修

 Lv: 14

 HP: 700/700

 MP: 165/165

 STR: 62

 VIT: 58

 INT: 195

 DEX: 155

 AGI: 75

 LUK: 7

 ATK: 63

 DEF: 64

 RES: 180

 現在の装備: 改良された剣(Eランク相当)、改良された革鎧(Eランク相当)、使い古したスマートフォン

 主なスキル: エクストラスキル『プログラマー』、パッシブスキル『不遇の記憶』、パッシブスキル『並列演算』


 ■白石 雪音

 Lv: 19

 HP: 1750/1750

 MP: 460/460

 STR: 5

 VIT: 275

 INT: 65

 DEX: 48

 AGI: 43

 LUK: 92

 ATK: 0

 DEF: 335

 RES: 220

 現在の装備: 訓練用ショートワンド、見習い聖女の軽量銀鎧、白銀の円盾

 主なスキル: 【聖域守護】、【反射装甲リアクティブアーマー】、パッシブスキル『不屈の精神』


 ■カイ

 Lv: 16

 HP: 610/610

 MP: 140/140

 STR: 115

 VIT: 95

 INT: 78

 DEX: 290

 AGI: 340

 LUK: 150

 ATK: 188

 DEF: 88

 RES: 72

 現在の装備: タクティカル・サバイバルナイフ、強化軽量レザーベスト、特注防塵ゴーグル、高機動型ダンジョンシューズ、訓練校制服(放課後仕様)

 主なスキル: 『罠感知(ランクA)』、『パルクール・アクション』、『お調子者の空元気』


 ■ミカゲ

 Lv: 18

 HP: 480/480

 MP: 85/1250

 STR: 22

 VIT: 35

 INT: 285

 DEX: 92

 AGI: 108

 LUK: 60

 ATK: 45

 DEF: 52

 RES: 210

 現在の装備: 刻印の施された黒石の大杖、魔導銀の装飾ローブ、深淵を覗く者のフード、身代わりの守り(動物の形をしたお守り)

 主なスキル: 固有スキル『極大消滅アビス・イレイザー』、古代語魔法、古文書解読、沈黙の集中

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ