第六章 また、いつかの春に⑥
巡川駅へと向かって歩き始めた。タイムループ前の世界では、巡川橋を歩いているときに、後ろから時田が襲ってきたのだ。
辺りは少しずつ暗闇に包まれていく。青紫色の空が僕たちを見下ろす。歩道の脇に立っていた電柱の電気が、一斉にぱっと点き始めた。
「ねえ、誠太くん」
「ん?」
「いつまでも、私のそばにいてくれる? 私から、離れていったりしない?」
「当たり前だろ。僕は、ずっと遥花のそばにいる。そばにいたい。永井も、僕のそばにいてくれたら、嬉しい」
「そばに、いるよ。私は、いつでも、いつまでも、誠太くんのそばにいるよ」
「遥花」
「なに?」
「手、繋ごう」
「うん」
僕は永井の手をとって握りしめた。永井も、握り返してくれた。
永井の手は、離さない。無駄な悪足搔きになるかもしれない。過去は変えられないのだと、頭では理解しているつもりだった。
「明日も、晴れるみたいだね」
永井が空を見上げながら言う。空はもう、真っ暗になっていた。雲ひとつない、だから、はっきりとした暗闇だった。
「そうだね、明日は晴れるみたいだ。あ、遥花、見て。あれ、一番星かな?」
僕は西の空に浮かぶ、黄色く光る点を指差した。
「あれは、宵の明星だよ。金星なの。静かな空にひときわ明るく輝くその美しい姿から、美を司る女神『ヴィーナス』の名が付けられているのです」
永井は人差し指をたてて、「説明しよう」とでも言いたげなしたり顔を浮かべた。でも、そのあとに、すぐにその仕草に照れちゃって「えへへ。だから、あれは金星だよ」と表情を崩す永井の姿は、宵の明星に負けないくらい、光り輝いて見えた。
巡り橋に差し掛かった。もう、時間の猶予はない。心臓の鼓動が高まる。ケータイをポケットから取り出した。
桜のストラップを握りしめて、祈った。何を祈るのか分からないまま、でも、とにかく、祈った。
永井はケータイを触りながら、首を傾げる。
「あれえ? 私のケータイ、電源がつかないよ。さっきまで、電池もちゃんとあったのに。壊れちゃったのかなあ?」
はっとした。そうだ、このあと、だったのだ。この永井の言葉のあとに、時田が、時田が――。
僕は慌てて振り返った。人影はどこにもない。どこだ、どこにいる、時田。後ろを見回しても、時田どころか誰一人として歩いていない。橋の上は、電気が通ってなくて暗かったから、それで見えないのだろうか。
永井の右手が、するりと僕の手から離れていった。ダメだ、永井、手を離しちゃ、ダメだ。また僕を庇って一人で死んでいこうとするつもりなのか。
「遠野くん……。僕を、騙したんだね」
心臓が、跳ねた。時田の声だった。




