第六章 また、いつかの春に⑤
春休みが終わって、僕たちは三年生に進級した。僕と永井と常盤くんは、三年一組で同じクラスとなり、美紀と亮祐も、三年四組で同じになった。
文芸部に、新入生も入ってきた。女の子が三人。一つ下の学年が一人もいなかった文芸部も、これで向こう三年間は安泰だと、亮祐は新入生の背中をバシバシ叩きながら笑っていた。
部活が休みの日、僕は永井と二人で帰っていた。今までは、部活が休みの日でも、美紀と亮祐も誘って四人で帰っていたのだが、今はできるだけ永井といる時間を作りたかった。
朝、学校に行くときは、僕は変わらず美紀と二人で登校していた。僕と永井が付き合い始めた当初、美紀は永井に遠慮して「もう朝迎えに来なくていいから」と言っていたが、僕は変わらず美紀を迎えに行った。美紀を、できるだけ一人にしたくはなかった。美幸さんが亡くなって、美幸さんを守ることができなくて、心の中ではものすごく辛い思いをしているはずなのに、それを表に出さないのが、美紀だ。
だから、僕は美紀のそばにいてあげたかった。何か特別な言葉をかけるわけではない。慰めたり、励ましたりするわけでもない。ましてや、人生を語るようなことなど、絶対にしたくない。ただ、美紀のそばにいて、いつも通り笑って、いつも通り美紀に「バカ」と言われて――きっと、それだけでいいのだ。
「はるちゃんとは、ちゃんとやってるの?」
電車に乗って学校へ向かっているとき、美紀に尋ねられた。
「うん」
僕は力強く頷いた。
「ちゃんと、やってるよ」
「ちゃんと、やってるよって、それだけ? もっと何かないの?」
「だって、これ以上言うと、また美紀にのろけるなって、怒られそうだもん」
僕はいたずらっぽく笑う。美紀も「何だ、つまらないの。のろけた誠太をバカにしようと思ってたのに」と唇をとがらせて、小さく笑った。
「誠太くん。今日は、二人きりで帰りたいの」
放課後、部活を終えて帰り支度をしていた僕に、永井は唐突に切り出した。いや、唐突ではないのだと、今の僕は、分かる。
だから、僕も微笑んで永井に頷き返す。
「うん、分かった。今日は二人で帰ろう」
四月十五日――今日は、永井は死ぬ日だった。
部活帰りの通学路。それは、永井と過ごせる最後の時間。永井が僕と過ごせる最後の時間だった。そして、永井が死ぬ時間でも、あった。
「はるちゃん。学校内でいちゃいちゃすることはダメだって、あれほど言ったではないか」
亮祐が、眼鏡もないくせに、眼鏡を押し上げるような仕草をして、どこか冗談っぽく言った。そして、驚いたような表情で僕と永井を見つめる一年生に「誠太とちゃんとはるちゃんは、付き合ってるんだよ」と紹介した。
窓から漏れるオレンジ色の光に、思わず目を細める。十八時を過ぎて、太陽は少しずつ傾き始めていた。これから、ほんの十数分で世界は夜の景色へと変わっていく。
「ごめんね、亮祐くん。今日はどうしても、誠太くんと二人きりになりたいの」
永井もおどけて亮祐に笑い返す。そうだ、亮祐はタイムループしてきていない。だから、永井がこれから死んでしまう、ということも知らないのだ。
タイムループ前の僕もそうだった。何も知らずに、みんながいる前で永井がこんなに大胆なことを言うなんて珍しいなと思いながら、もしかして別れ話をされるんじゃないだろうかって、勝手に不安になって胸をドキドキさせていたのだ。
そう、何も知らなかったから、無責任に自分勝手に不安がっていたのだ。何も知らなかったから、自分のことしか考えていなかったのだ。
「だったら、そんなところでぐずぐずしてないで、早く帰りなさいよ」
美紀は、どこか不機嫌そうにそう言って、永井を見た。寂しそうな、悲しそうな笑顔だった。
「美紀……」
「じゃあね、はるちゃん……」
これが、この世界でのお別れになるのだと分かっているから、精一杯の気持ちを込めた「じゃあね」だった。
「ばいばーい。誠太ちゃん、はるちゃん、またねー」
亮祐は元気よく手を振る。何も知らないから、無邪気に大きく手を振る。
永井は、カバンを床に置いて、じっと、焼き付けるように美紀と亮祐を見つめた。そして、精一杯の微笑みをたたえながら「また、ね」と手を振った。




