第六章 また、いつかの春に④
「僕の誕生日だからって、美紀も亮祐も気を遣って、僕を永井と二人きりにしてくれてるんだよね。……この前も、そうだったけど」
「そうだね。でも、気を遣って、っていうことじゃなくて、今野さんも亮祐くんも、優しいんだよ。人の幸せを願える優しい人たちなんだよ……。そんな人たちがすぐそばにいるんだもん。感謝しないとね」
「うん。本当に、美紀も亮祐も、どうしてこんなに他人思いなんだよってくらい、人のことしか考えてなくてさ……。もう少し自分のことも考えろよって、言いたくなるくらいで……」
僕と永井は、二人きりで歩く。横断歩道を渡って、しばらく行くと、巡り川の遊歩道がある。遊歩道は桜並木になっている。もう桜の盛りはとっくに過ぎて、桜の花は少しずつアスファルトの上に散り始めている。けど――それが、いいのだ。顔を上げても、うな垂れても桜があって、まっすぐに前を見ると、視界の一面を桜が埋め尽くしている。その光景が、たまらなく、いいのだ。
「改めて、だけど、誕生日プレゼント、ありがとう。すごく嬉しかったよ。だから、大切にするよ」
「いえいえ。ほら、私、桜が好きだから。遠野くんも好きになってくれたら嬉しいなって、思っただけだよ」
「……お守りに、するよ。ずっといっしょにいられますようにって。次の春もまたいっしょに桜が見られますようにって。そういう祈りを込めたお守りに」
「うん。だから、約束だよ。また、いつかの春に、いっしょに桜を見ようね」
「うん、約束。このお守りがあれば、きっと大丈夫だよね。どの春にも、桜は咲いているんだから。……ねえ、永井」
僕は桜に囲まれながら、桜色に光る永井のヘアピンを見て、言った。永井は、「うん?」という具合に首を傾げた。
「手、つなごう」
僕の言葉に、永井は、髪の毛をふわっと浮かせて、嬉しさいっぱいの満面の笑顔で頷いた。
「うん!」
永井の小さな手をとる。柔らかい。強く握りしめると壊れちゃうんじゃないかと思うほど、永井の手は小さくて細くて頼りなかった。だから、僕は永井の手を優しく握りしめる。永井も、僕の手を握り返してくれた。
手を繋いで、桜の道を歩く。永井の手の温もりが、伝わってくる。永井が僕の顔を見上げて「えへへ」と恥ずかしそうに笑った。その表情は、何だか桜を溶かし込んだみたいに柔らかで可愛らしかった。
「ねえ、誠太くん。今度は、私からのお願い、聞いてくれる?」
「もちろん」
「私のこと、遥花って呼んでくれると、嬉しいな。……呼んでくれる?」
「永井……」
「でも、恥ずかしかったら、無理して呼ばなくてもいいからね。私がそう呼んでほしいってだけだからさ。でも、呼んでくれたら、嬉しい」
永井は、そう言ってにこりと微笑んだ。春の風が、巡り川に生えている草たちをさわさわと揺らしていった。その風は、わたがしのように柔らかな永井の髪の毛も、なびかせる。抱きしめたくなるほどに、永井の姿は儚げだった。
「……遥花」
「なーに?」
「遥花」
「うん」
「遥花!」
「誠太くん!」
永井が僕に飛びついて抱きついた。僕も永井を抱きとめて、抱きしめた。永井の髪の毛から甘い香りが漂ってくる。シャンプーの匂いだろうか、その匂いが、何だか永井の存在を際立たせているようで、今すぐにでもどこかに行っちゃうんじゃないかという不安を駆り立てる。そして、それは、永井はもうすぐ遠くに行ってしまうんだ、という確信へと、変わった。




