第四章 告白、告白、告白……⑮
「誠太、あなた、そこまでして……。そこまで、はるちゃんを、傷つけてまで……」
美紀が、目元を震わせながら僕を見ていた。
「遠野さん、あなた、何をしているんですか!!!」
不意に、怒声が響き渡った。部室のドアを開けたところに、常盤くんが立っていた。僕を、にらんでいた。怒りでも、憎しみでもない、寂しさと悲しみが溶け込んだ真剣な瞳で、僕を見つめ続けていた。
「常盤くん? どうして……」
「私は、今から永井くんを追いかけます。永井くんの気持ちを想像するだけでいてもたっていられません。私は、永井くんをここまで傷つけた遠野さんを、決して許さない。今日言いましたよね? 永井くんに笑いかけてあげてほしい、と。永井くんを幸せにできるのは、遠野さんしかいない、と。それが、どうしてこんな、こんなひどいことをしているんですか……」
「だって、だって……。ダメなんだよ、ダメなんだ」
「いい加減にしてください! ダメなんかじゃありません! もっと永井くんの気持ちに目を向けてください! 永井くんが何を望んでいるのか、考えたことあるんですか!」
「それは……。でも、僕と付き合ったら永井は……」
「それが自分勝手だと言っているでんすよ! 本当に永井くんのことが好きなら、永井くんがどれほど苦しんできたか、考えてあげてください。本当は、もっと言いたいことはたくさんあります。でも、私は、今はとにかく永井くんを追います。明日、遠野さんに話があります。大事な大事な話です。委員会も、あまりいい顔をしないでしょうが、それでも遠野さんに伝えなければならないことがあります。もちろん、今野くんもいっしょに、です」
「……タイムループの、話、だよね」
「そうです。では、私はこれで」
常盤くんは、こんなときにでも、僕たちに軽く一礼をしてから駆け出した。すぐに常盤くんの姿が見えなくなる。遠くで「永井くん! 待ってください」と常盤くんの声が聞こえて、それっきり、だった。
僕は呆然と立ち尽くしていた。何もできないまま、呆然と。
「誠太ちゃんも追いかけろよ!!」
今度は、亮祐の怒声が飛んでくる。
「何してるんだよ! 誠太ちゃんが追いかけないで、誰がはるちゃんを追いかけるんだよ! はるちゃんが本当に追いかけてきてほしいのは、常盤くんじゃなくて、誠太ちゃんだろ! 誠太ちゃん以外に、誰がはるちゃんの話を聞いてあげるんだよ! 誰が、はるちゃんに気持ちを伝えなきゃいけないか、誠太ちゃんだって分かってるだろ!」
「ダメなんだよ……。ダメなんだ」
僕はそう言うしかなかった。そして、永井がしていたように、何度も何度も首を横に振った。
「どうしてなの……?」
「だって、僕が永井と付き合ったら……」永井は、時田に殺されちゃう。
と言ったはずだったのに、後の言葉が口から出てこなかった。
「何? 誠太ちゃんがはるちゃんと付き合ったら、何なんだよ!」
口を開いた。「僕が永井と付き合ったら……」永井は、時田に殺されちゃう。
またも、声が出てこなかった。口は確かに動いているのに、音声だけが発せられない。
どうして――?
「永井が僕と付き合ったら!!!」永井は、時田に殺されちゃう。
またも、声は出てこなかった。まるで、『永井は時田に殺されちゃう』の部分だけ、消音にしたみたいに、言葉は外の世界に届けられない。
神様。あなたの仕業なのですか? タイムループのことは、口外するな、という神様の命令なのですか?
亮祐は、僕に目を向ける前に、美紀に視線を移して、寂しそうに美紀を見つめ、意を決したように僕と向き合った。
「誠太ちゃん、言ってたよね。花火大会の橋の下で、言ってくれたよね。はるちゃんのことが好きだって。今までも、これからも、ずっと好きなんだって、言ってたよね。だったら、誠太ちゃんが永井の笑顔を守ってやりなよ! 好きなんだったら、どんなことをしてでも、永井を守りなよ。それとも、誠太ちゃんは、はるちゃんのことが好きじゃないの?」
「好きだよ! 大好きに決まってるだろ!」
叫んだ拍子に、涙が千切れた。あれ? と思う間もなく、止まらなくなってしまった。溢れて溢れて、今まで溜まっていたものが僕の足元で大きな涙になっていった。
そうだ。僕は辛かったんだ。永井を突き放すようにしていたことが、苦しかったんだ。本当は、永井の隣で笑っているのは、僕でありたかったんだ。永井を守りたかった。永井を死へと導く原因が僕にあるのなら、永井を生かし続ける責任も、僕にある。その一心でひたすらに駆け抜けてきた。
でも、そうなんだ。どうして今まで気がつかなかったのだろう。
僕が永井を守ればいいじゃないか。時田がナイフを持って僕を襲いに来るのなら、僕は身を徹して、永井を守ろう。いつでも、永井のそばにいよう。そして、二人で笑っていよう。笑っていたい。僕は永井が好きで、永井も僕のことを想ってくれていている。だったら、僕が永井を守らなければ、その想いは、きっと嘘だ。
永井に謝ろう。今までのこと、全部謝ろう。そして、タイムループ前みたいに、春の暖かな日差しが僕たちを包んでくれるころになったら、永井に好きだったと伝えよう。春の道を、手をつないでいっしょに歩こう。
永井を、守りたい。
「亮祐」
僕は顔を上げて、亮祐を見つめた。そして、「行ってくる!」と目の奥を光らせた。
「ああ! 行って来い!」
僕は駆け出した。ドアを抜けて廊下を駆け抜ける。風のように体にスピードが乗った。通り過ぎる風に涙を預けて、僕は永井のもとへと向かった。




