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第三章 花火大会⑤

 合宿までは、文芸部としては、週に二、三回学校に集まるだけだった。僕は、一週間のだいたいを自宅で過ごした。近所の本屋へ出かけたり、気晴らしにバッティングセンターへ行くこともあった。その時に、玄関周りの小さな花壇に水をあげている美幸さんと会うこともあった。美幸さんは、すこぶる元気そうで、何だかタイムループ前の世界の美幸さんよりも、若々しく見えることもあった。

 八月に入ると、また一段と暑くなってきた。地面のアスファルトがじりじりと焦げているんじゃないかと思うほどだった。暑くなるのに従って、空には薄い青空が広がっていった。それをぼんやりと眺めていると、少しだけ気持ちも落ち着いた。

 美紀とは、あの電話以来、一度も会わなかった。仕事で母さんの帰りが遅くなるときなど、美幸さんが僕を晩ご飯に誘ってくれたりもしたのだが、全部断ってしまった。別に美紀と会うのが気まずいとか、そういうことではない。今は誰とも話したい気分ではなかった。

 六月から、色々なことがありすぎたのだと思う。少し疲れていたのかもしれない。つかの間の休憩時間だと思って、僕はゆっくりと休むことにした。

 僕の部屋には冷房がついていない。だから例年、夏休みに入ると風鈴を出すのだが、今年は出すのをやめていた。


 玄関のチャイムが鳴った。今日は父さんも母さんも仕事に出かけていて、家には僕しかいない。ベッドの上でTシャツにスウェットというだらしない格好で横になっていたため、玄関に行くのも面倒くさく、僕はチャイムを無視して目をつむった。しばらくすると、またチャイムが鳴って、窓から声が聞こえてきた。

「誠太ちゃーん。聞こえるかー。亮ちゃんですよー」

「あ……」

 僕は慌ててベッドから跳ね起きた。そうだった。今日から、合宿だ。と言っても、目の前の美紀の家でやるだけで、どうせ遊ぶだけなのでそんなに気負う必要もないのだろうが。

 窓を開けて、玄関前を覗いた。茶色い髪の毛の亮祐が見える。なぜか分からないが、亮祐はドラーズの半袖のユニフォームに、首からは応援用のメガホンをかけていた。今にもプロ野球の試合を見に行けるような格好だ。

 僕は、亮祐らしいや、と思って、思わず「ふふっ」と笑みがこぼれた。慌ててTシャツもスウェットも脱いで、スポーツ用のポロシャツにハーフパンツという出で立ちで玄関に出た。

「ごめん、さっきまで寝てて……」

「誠太ちゃーん。会いたかったよお」

 亮祐は僕に会うなり、ぴょんっと飛び跳ねて抱きついてきた。頬ずりまでする。

「部活もあんまりなかったし、ずっと寂しかったんだから……」

「はいはい。僕も寂しかったよ。さあ、美紀の家に行くぞ」

「うん!」

 亮祐は、にこりと笑って、地面に置いてあったスポーツバッグをとって、肩にたすき掛けにした。

 美紀の家のチャイムを鳴らすと、もう永井は来ていたみたいで、ドアを開ける美紀の脇で永井もひょこりと顔を覗かせた。私服姿の永井は、やっぱり、制服のときとは違った可愛らしさがあって、僕は鼻の下が伸びそうになってしまった。

「いらっしゃい。さあ、上がって」

 美紀は僕たちを一瞥して、永井を連れてさっと階段を上がっていった。

亮祐は、「おおー。こ、ここが美紀の家。綺麗だなあ」とか「今野の私服、可愛いなあ」とか「わっくわっく、ドッキドッキ」と軽く歌うように言ったりと、興奮しっぱなしであった。鼻血でも出すんじゃないかと思うほど体全体で喜びを伝えている。

 二階の美紀の部屋に入る。美紀の部屋には、昔からよく遊びに来ていたし、今もたまに顔を出すこともあったが、ベッドの上にイルカのぬいぐるみがあったり、本棚の少女マンガを見たりすると、改めて、美紀は女の子なんだよなあ、という当たり前のことを確認させられる。

 僕たちは、真ん中に置かれた丸テーブルに集まって座った。さっきから、亮祐がずっと「綺麗な部屋だなあ」とか「あの漫画、俺も知ってる!」とか言いながらはしゃいでいるので、美紀は永井と目を交わして苦笑いを浮かべて、亮祐の顔を苦笑いの顔のまま覗いた。

「亮ちゃん、ちょっといい。今から、はるちゃんから大事な話があるから」

「はい!」

 亮祐は、ビシッと敬礼をして黙った。

「それでは」

 永井がすっと立ち上がって、選手宣誓のときのように右手を高らかに上げた。

「今から、文芸部、夏の合宿を始めます!」

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