第三章 花火大会⑥
合宿の最終日、僕たちは、電車に乗って巡り川で行われる花火大会会場へ向かっていた。電車は、巡川駅を通り過ぎる。次の駅が会場の最寄駅だった。
電車の窓から外を見る。線路は巡り川に沿って作られている。夕暮れが、巡り川をぼんやりとオレンジ色に染める。
「合宿、楽しかったね」
吊革につかまって、美紀が笑う。永井もそれに応えて「うん。すっごく楽しかったね」と笑みをこぼす。僕はそれを嬉しそうに見つめる。永井の笑顔が、やっぱり僕には嬉しかった。
「何を言っているのだね。これから、合宿の最大のイベント、花火大会があるんだから、もっともっと楽しいことが待っているよ」
亮祐も白い歯をこぼしながらにこりと笑う。僕は亮祐に「そうだな」と笑って頷き返した。
「ねえ、遠野くん。遠野くんは、お祭りとか、好き?」
永井が僕の顔をひょこりと覗き込む。桜色のヘアピンが、オレンジ色の光に反射して、すごく、綺麗だった。
そんな顔で話しかけないでくれ。僕は、もう、永井に笑顔を向けることはできないのだから。だから、僕は永井からそっぽを向いて、亮祐に話しかけた。
「そうだ、亮祐。花火の打ち上げって、何時からだっけ?」
「え? えっと、ごめん、知らないけど。今、はるちゃん、呼んでたぞ」
「ううん、いいの。何でもないから、ごめんね、亮祐くん。ありがとう」
永井が苦笑いで亮祐に応える。亮祐が怪訝そうな顔で僕を見つめた。僕は、唇を噛んで、自分の足元を見つめ続けた。強く噛みすぎてしまったのだろうか、唇から血が染み出してきた。口の中にじんわりと血の味が広がっていく。
電車は、僕の心を表すように、がたん、がたんと揺れていた。
巡り川に面した遊歩道には、たくさんの屋台や出店が並んでいた。リンゴ飴がある。わたがしもある。お面もあるし、金魚すくいもある。たくさんの人で溢れていて、歩くのにも大変だった。
「誠太、わたがしあるよ。ね、買いに行こうか。誠太、子どものころからわたがし好きだったじゃない」
永井と並んで前を歩いていた美紀がくるりと僕を振り向いた。僕は苦笑いを浮かべながら頬をさすった。
「うーん、昔は好きだったけど、今は別にいいかな。口の周りベタベタするの、嫌だし」
「えー、何それ。つまらない男だねえ」
「うるさいよ。それより、美紀の方こそ、リンゴ飴はいいの? 子どものころはリンゴのまわりの飴しか食べないくせに、たくさん欲しがって、美幸さんに怒られてたよね」
「そ、そんな昔の話はいいの。誠太のバカ。もう知らないもん」
美紀は頬を膨らませて、ぷいっとそっぽを向く。
「なーんか、お二人いい雰囲気ですなあ。お互いに分かり合っているっていうかさ。幼馴染って、やっぱり、いいね。誠太ちゃんと今野を見てると、若い夫婦だって言われても違和感ないよ」
亮祐が、愚痴めいたように頭の後ろで手を組んで、羨ましそうに言った。
「な、何を、何を言ってるのよ、亮ちゃん。私と誠太は、べ、別にそんなんじゃないから。こいつとは、昔からの付き合いだし。腐れ縁っていうか、そんな感じなんだもん」
何をそんなに照れているのだろう。僕は不思議そうに首を傾げて、美紀を見つめた。亮祐は、そんな美紀を眩しそうに見つめて「今野、やっぱり可愛いね」と微笑んだ。
「ちょ、ちょっと、私、たこ焼き買ってくる」
美紀は、そそくさと僕と亮祐の前から立ち去って、すぐそばにあったたこ焼きの屋台に並び始めた。幸い、列は三人しか待っていなくて、すぐに買えそうだった。
「あ、今野ー。俺もたこ焼き食べたいなー。お金はあとで払うからー」
亮祐が美紀に手を振ると、永井もつられて「あ、じゃあ、私も!」と手をあげ、僕も右に倣って「それじゃあ、僕の分もお願い」と手を上げた。
美紀は赤らめた顔で振り向いて、小刻みに何度も頷いた。よく分からないけど、まだ動揺しているみたいだった。
僕は、ガードレールに腰掛けた。後ろを振り向く。下には巡り川がある。巡り川はさらさらと音もなく流れていた。
四人分のたこ焼きを手に、小走りで美紀が戻ってきた。ポニーテールがふわりふわりと揺れる。たこ焼きの香ばしいいい匂いが漂ってくる。
「はーい。たこ焼きお待ち!」
美紀は、全員分のたこ焼きのパックを手渡して、つまようじで自分のたこ焼きを頬張り始めた。
たこ焼きを手に、屋台が並んでいる通りを進む。花火は確か、この先の巡り大橋の上から眺めると、よく見える。去年――タイムループ前も、巡り大橋の上で花火を見たのだった。
次第に空も暮れかかってきていた。オレンジ色が群青色へと移り変わっていく。
「ねえ、みんなは知ってる? 巡り川に伝わる伝承」
永井がたこ焼きを爪楊枝で刺したまま、空に掲げ、振り向いた。案の定、爪楊枝に刺さっていたたこ焼きは、ぼたりとアスファルトの地面の上に落ちてしまう。
「ああう。私のたこ焼きがあ……」
永井はしゃがみこんで、落っこちたたこ焼きを、涙目で見つめた。
「ははっ、はるちゃんもドジだなあ。そういうドジっ子は、本当は俺の役目でしょーが!」
亮祐が美味しそうにたこ焼きを頬張って、永井に笑いかける。
「もう、はるちゃん。食べ物は粗末にするもんじゃないぞ。次からは気をつけるように」
美紀も笑いながら永井のおでこを突っつく。
「えへへ。ごめんね、今野さん、亮祐くん、たこ焼きさん」
永井は苦笑いを浮かべて、後頭部に手をのせた。さらさらと永井の黒髪が風に揺れて、毛先がふわりと凪いだ。
「ほら、誠太ちゃんも、はるちゃんをからかってよれよお。何しろ、部長さんの大チョンボだ!」
僕の肩に手を回して、亮祐はいたずらっぽく笑った。
「う、うん、そうだな。永井、気をつけろよ」
僕は、ただ引きつった作り笑いを浮かべるだけだった。「それだけ?」と不思議そうに見つめる亮祐の目が、痛かった。思えば、もうずっと永井とまともに話していない。不審がられても、仕方がないのかもしれない。
「それで、はるちゃん。巡り川に伝わる伝承って、なに?」
美紀は、永井の手をとって立たせて、話を戻した。
「えっとね。私が中学生のころにね、社会の先生から教えてもらったんだけど。巡り川って、名前の通りね、再び巡り会えるって意味なの。家族とか、恋人とか、親友とか……大切な誰かと離れ離れになってしまったとしても、再び巡り川で会える、っていうロマンチックな川なんだって。だからね、今、パワースポットとして、恋人と寄りを戻せますように、なんて、巡り川に向かって手を合わせる人もいるみたいだよ」
永井の言葉に、僕は永井自身を胸に刻んでいた。そうだ。実際、僕は巡り川で再び永井と会えた。美紀も、美幸さんのことを思い浮かべているのだろう、目をつむって、胸に手を当てながら、静かに永井の話に耳を傾けていた。
もちろん、今の話は昔の人のただの作り話なのだろう。そんな力が、川にあるはずもない。でも、巡り川のせせらぎが、聞こえるはずもないのに、聞こえた気がした。




