第44話:正義の所在 銘銘の願い
西新宿の喧騒が遠のき、国会議事堂前の広場は、隔絶された「静寂の深淵」と化していた。
空を埋め尽くす古代兵装が、主である鬼龍院仁の魔力に共鳴し、低く不気味な駆動音を響かせている。
「……仲間たちが勝ったようですね。如月さんも、大岩さんも、もう動けません。……貴方の野望は、ここで潰えたんです」
葵(蓮)は水の長剣を正眼に構え、静かに告げた。その背後には、銀色の光を纏ったレイが、神々しいまでの魔圧を放って浮遊している。
「ふん、想定内だ。未熟な駒が、想定外の『熱』に焼かれたに過ぎん。……だが、それもここまでだ。一ノ瀬蓮、貴方という不確定要素を、今ここで世界の理から排除する」
仁が胸元の魔導核を強く叩く。
ドクン、と心臓の鼓動のような重低音が響き、彼の全身から漆黒の魔素が溢れ出した。それは深層の怪物たちが纏っていたものと同じ、しかし数千倍の密度に圧縮された『擬似・真の魔素』。
「展開――『黒雷・極天獄』!!」
仁の周囲から黒い雷霆が爆発的に広がり、一瞬で広場全体を漆黒のドームが包み込んだ。触れるものすべてを分子レベルで分解する、絶対的な死の領域。
『蓮、くるわよ。……手加減なし。貴方の「水」を全部、私に預けなさい』
「……分かってる。一滴も残さず、レイに捧げるよ」
葵が静かに目を閉じ、魔力を昂らせる。
「展開――『水天・蒼鏡陣』!!」
葵の足元から清冽な水が噴き出し、黒い雷を真っ向から押し返した。鏡のような水面が仁の雷撃を反射し、漆黒のドームの中に蒼い光の空間を強引に作り出す。
「……無駄だ。擬似とはいえ、これは星の根源から汲み出した力。貴方の『魔法』という名の模造品では、この奔流は止められん!」
仁が黒い剣を振り下ろす。一撃ごとに空間が歪み、蒼い鏡にひびが入る。葵は紙一重で回避し、水の刃を走らせた。
「――『水天・一輪挿』!!」
「小賢しいッ!!」
黒雷と水剣が激突し、凄まじい衝撃波が議事堂の瓦礫を塵へと変えた。
戦いはもはや、人間の理解を超えた領域へ突入していた。
二人の移動速度は音速を超え、広場の至る所で蒼と黒の火花が散る。仁が放つ黒い雷の雨に対し、葵は流麗な剣筋でそれらを弾き飛ばし、最短距離で仁の喉元を狙う。
「……っ、流石ですね。一撃一撃が重い……!」
「余裕を失ったか、水の賢者! 貴方の守ろうとする『平穏』など、この暴力の前にはあまりに無力だ!」
仁の剣が葵の肩をかすめ、紺色のマントが裂ける。だが、葵はひるまない。むしろ、その瞳はより深く、澄んだ蒼へと染まっていく。
『蓮、右! 空間が歪んでるわ!』
「――っ、そこか!」
葵はレイの指示に合わせ、背後の空間から突き出された黒雷の槍を半身でかわし、そのまま仁の胸元へ掌を叩き込んだ。
「展開――『水天・渦潮衝』!!」
至近距離での魔力爆発。仁は大きく後退するが、即座に空中で体勢を立て直し、古代兵器群からさらなる魔素を吸い上げる。
「……やはり、貴方とあの精霊の共鳴は異常だ。だが、この『擬似・真の魔素』の出力には耐えられまい!」
仁が両手を広げると、上空の兵器群から黒い光軸が降り注ぎ、彼の背後に巨大な雷の巨像を作り出した。
「――『黒雷・天罰神』!!」
巨像が振り下ろした雷の拳が、広場そのものを消滅させる勢いで迫る。
「レイ、今だ……。僕の魂と共鳴して!」
『ええ。……見せてあげなさい、蓮。偽物の神を撃ち抜く、本当の力を!』
二人の意識が一つに溶け合う。
葵の白銀に輝き始めた髪が夜風にたなびく。最上位技。それは詠唱も、展開の号令も必要としない。意志がそのまま世界を書き換える、神聖なる領域。
「――『双穹・断罪の雫』」
葵が剣を横一文字に振るった。
ただの「水」ではない。レイの浄化の光を宿した「真の魔素」の刃が、空間そのものを切り裂き、仁の放った雷の巨像を、まるで幻であったかのように一瞬で霧散させた。
「な……っ!? 私の魔法が、消された……!?」
光の速さで肉薄した葵が、仁の喉元に蒼い剣を突きつける。
仁の纏っていた黒いオーラは剥がれ落ち、鮮血が舞う。
「……鬼龍院長官。貴方の正義は、誰一人として笑っていません。……独りで守る世界に、何の意味があるんですか」
葵が静かに告げる。その剣先は、わずかでも動けば仁の命を奪う位置で止まっていた。
圧倒的な実力差。蓮とレイの「本物の絆」は、仁が古代遺物で得た力さえも凌駕していた。
勝負は決した。誰もがそう思った。
だが、絶体絶命の窮地に立たされたはずの仁が、ふと、肩を震わせた。
「……ふ……ふふ……。あははははは!!」
狂気に満ちた笑い声が、静まり返った広場に響き渡る。
仁は、喉元に突きつけられた剣など気にも留めず、歪んだ、どこまでも暗い笑みを浮かべた。
「……面白い。実におもしろいよ、一ノ瀬蓮。……貴方がそこまで『正しい』のであれば……見せてもらおうか。その正しさが、どこまで通用するのかをね」
その瞳の奥で、不吉な黒い光が一段と強く脈動した。
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