第32話:あの日の続き 深淵の果て
――パァンッ!!
鼓膜を劈くような、空間が爆ぜる音。
視界がホワイトアウトし、次の瞬間、僕たちの足元にあったはずのアスファルトは、焦げ付いた鉄のような熱を帯びた「赤黒い大地」へと変貌していた。
鼻を突く強烈な硫黄の臭い。肺を焼くような乾燥した風。
顔を上げれば、そこにはあの日――第一話のあの日、僕の人生がすべて狂い、そしてレイと出会った時と同じ、禍々しい赤黒い雲が渦巻く空が広がっていた。
「……っ、げほっ! な、なんなの……ここ……っ!? 空が、血の色みたい……」
陽向が激しく咳き込みながら、顔を覆っていた腕を退けた。
視界に入るのは、天を突くような黒い岩山と、不気味に発光しながら脈動する半透明の蔓。かつてダンジョン演習で落とされた「下層」や「深層」とは比較にならない、濃密で暴力的なまでの魔素の奔流。
「……ここが、深層のさらに下。……もはや、現代魔法の地図には載っていない『未知の領域』か」
雷翔が、冷や汗を流しながらも、不敵な笑みを浮かべて腰の杖を抜いた。
かつて深層に落とされた時、彼はただ絶望し、仲間を守れない自分を呪うことしかできなかった。だが、今の彼の背中には、三級合格という実績に裏打ちされた、揺るぎない自信が宿っている。
「……一ノ瀬くん。大丈夫、私たちはもう、あの時の無力な子供じゃないわ」
かりんが、自らの周囲に精密な氷の結界を展開しながら、僕の隣に並んだ。
彼女もまた、かつて暴走に怯えていた少女ではない。蓮の正体を知り、それを受け入れた今の彼女の瞳には、凛とした決意の光が宿っている。
「……ああ。行こう。……あの日、僕はただ震えて、彼女の後ろに隠れることしかできなかった。でも、今は違う」
僕はパーカーの胸元で激しく脈動する「蒼いネックレス」を握りしめた。
中に眠るレイの重みを感じる。
その時。
赤黒い雲を割り、巨大な影が音もなく舞い降りた。
翼長十メートルを超える、古代の翼竜――ワイバーン。
あの日、雨の公園で僕に「死」を予感させた、あの圧倒的な捕食者の同族だ。
「――キシャァァァァッ!!」
絶望的な咆哮と共に、ワイバーンが急降下してくる。
あの日なら、僕はただ立ち竦んで目を逸らしていただろう。
だが。
「――雷翔! 陽向!」
「任せろ!展開!! ーー『雷鳴の楔』!!」
雷翔が叫びと共に地を蹴った。金色の雷光がその身を包み、急降下するワイバーンの鼻先に、強烈な一撃を叩き込む。
「お待たせ! 特製・魔素攪乱弾、いくよぉ!」
陽向が腰のホルスターから、愛用の桃色の銃を鮮やかに引き抜いた。可愛らしい見た目に反して、銃口からは現代魔法の常識を覆すほどの高密度な術式弾が放たれる。
空中で炸裂した弾丸が、ワイバーンの飛行安定を司る魔導器官を一瞬で麻痺させた。
大きく体勢を崩した巨躯へ、かりんの冷徹な一撃が追い討ちをかける。
「……逃がさない。『氷界の葬列』!!」
大気中の水分が瞬時に巨大な氷の杭へと姿を変え、ワイバーンの翼を大地へと縫い付けた。
三人の鮮やかな連携。学園祭を経て、死線を共に潜り抜けてきた彼らの絆は、もはや教官レベルのそれを凌駕していた。
(……すごいな。みんな、本当に強くなった)
僕はその光景に胸を熱くしながら、仕上げに指先を動かした。
水の賢者としての術式展開ではない。ただの「一ノ瀬蓮」として、風の魔素を僅かに編み上げる。
「――終わりだ」
不可視の風の刃が、無防備なワイバーンの喉元を正確に断ち切った。
あの日、レイが『消えなさい』の一言で終わらせた怪物を、僕たちは今、自分たちの手で退けたのだ。
さらに深淵へと進むこと数時間。
ネックレスが放つ光の矢印に導かれ、僕たちは巨大な断崖の裂け目に辿り着いた。
そこを抜けた瞬間、僕たちの視界は、信じられない光景に塗り替えられた。
「……なに、これ……」
陽向の震える声。
そこには、地獄のような赤黒い風景とは対照的な、純白のクリスタルと、数千年の時を経てなお瑞々しい緑を湛えた植物が融合した、あまりにも美しすぎる廃墟が広がっていた。
かつての魔法文明の極致――『古代都市』。
幾何学的な模様が刻まれたクリスタルの並木道が、僕たちの足音に呼応するように微かな音を立てている。
「……綺麗だけど。……一ノ瀬くん、ここ、生きているわ」
かりんの警告は正しかった。
僕たちが都市の入り口へと一歩踏み入れた、その瞬間。
ズゥゥゥゥン……という地鳴りと共に、都市全体を覆う巨大な防衛術式が起動した。
クリスタルの並木道が眩い光を放ち、僕たちの足元の空間が、激しくねじ曲がり始める。
「――っ、みんな! 手を繋げ!!」
僕が叫び、必死に手を伸ばしたが、間に合わなかった。
冷徹な空間転移の光が僕たちを包み込み――。
再び目を開けた時。
僕の隣にいたはずの雷翔と陽向の姿は、冷たい霧の向こうへと消えていた。
「……っ、ライト! 陽向!!」
僕の叫びは、無機質なクリスタルの壁に反響し、虚しく消えていく。
残されたのは、僕の腕を反射的に強く掴んでいたかりん、ただ一人だった。
静まり返った古代の街並み。
不気味なほどの美しさと、背中を撫でる冷たい殺気。
最強の四人組は、探索の始まりと共に、過酷な試練へと突き落とされた。
こんばんは!よつばです!
第6章始まりました!
みんな強くなっててとても嬉しい。
私自身も始まりの場所に帰ってくる展開はやりたかったので筆が進みます!
改めてここまで読んでくださりありがとうございます!
次回もお楽しみに!
余談ですが、第6章、「しんそう編」にして「真相」と「深層」をかけようと思いましたが、ダサいのでやめました。




