第29話:月明かりは闇に呑まれて
一月。本来ならば新春の慶びに沸くはずの都市は、かつてない異常な熱気に包まれていた。
国会議事堂、重厚な石造りの議場。通常であれば予算案や民生が議論されるべきその場所は、今、一人の「不在の少女」を断罪するための、巨大な処刑場と化していた。
「――静粛に! 静粛に願います!!」
議長の怒号も空しく、場内は野卑な怒号と、熱狂的な拍手が入り乱れている。
壇上に立つのは、魔法省長官・鬼龍院 仁。漆黒の三つ揃えを完璧に着こなした彼は、冷徹な眼差しで、もはや思考を放棄した議員たちを見下ろしていた。
「……諸君。我々は今、人類の歴史を塗り替える特異点に立っている。だが、その進化を阻む病巣が存在する。――七賢者が一人、水の賢者『葵』。彼女は深層から持ち帰った古代遺物を私物化し、あまつさえその強大な力を背景に、国家転覆を画策していた」
仁の声は、マイクを通さずとも議場の隅々まで氷のように響き渡る。その背後では、解析されたばかりの『古代魔法』の余波が、不可視の重圧となって空間を歪めていた。
穏健派の賢者たちは、すでに「引退」という名の追放によって消えた。残ったのは、葵という名の、顔も素性も知れぬ最強だけ。
「……本日この時を以て、一級魔法師ならびに魔法自衛隊に対し、指名手配犯『葵』の即時拘束、および抵抗した際の殺傷許可を下す。これは国家の安寧を守るための、聖なる断罪である!!」
議場を飲み込む、地鳴りのような拍手。
テレビカメラの向こう側、数千万の国民が「正義」の名の下に、一人の少年の平穏を永遠に奪い去ることに同意した。
同じ頃。
冷え切った自室の片隅で、僕は呆然とテレビの緊急ニュースを見つめていた。
画面を流れる「国家反逆罪」「射殺許可」というおどろおどろしい文字。そして、あの日、僕が纏っていた「葵」の姿が、史上最悪の犯罪者として全国に晒されている。
(……国家転覆? ……はは、冗談だろ。僕はただ、隣にいるこの子が、静かに笑っていてくれれば、それでよかったのに……)
喉の奥が引き攣れる。
葵の姿に変装し、事態を釈明する。そんな選択肢は、もう存在しない。
隣のベッドで、レイが苦しげな吐息を漏らし、薄氷のような眠りの中に沈んでいる。魔法そのものである彼女の衰弱は、僕の変装術式を維持するだけの余力さえ奪い去っていた。
「……レイ。……ごめん。僕は、一人じゃ何もできないんだな」
彼女の透き通るような銀髪に触れる。
かつては宝石のように輝いていたその髪も、今はどこか色が褪せ、僕が魔素を分け与えても、底の抜けた器のように虚しく溢れていく。
レイのサポートがなければ、古代魔法を操る長官や、その配下となった魔法自衛隊に勝てる算段など、一分もない。
武力による解決など望んでいない。けれど、対話の窓口さえ、国家という巨大な壁によって叩き潰された。
袋小路。
外からは、冬の夜風が死神の囁きのように、窓を小さく叩いている。
絶望が、冷たい水のように部屋を満たしていく。
その時だった。
レイの首元で、蒼い結晶のネックレスが、脈動するように眩く明滅した。
あの日――。
土砂降りの雨の中、すべてが狂い、彼女と出会った「あの公園」。
ネックレスの輝きと共に、僕の脳裏に、あの日レイが裂け目から這い出してきた瞬間の、生々しい感覚が蘇る。
(……あの場所だ。あの日、あそこで彼女を救った瞬間に、僕たちの運命が絡み合った。あそこに行けば、何か、彼女を助ける手がかりが……)
確証はない。けれど、止まっていれば、このまま静かに世界という歯車に磨り潰されるのを待つだけだ。
僕は震える足で立ち上がり、意識を失ったままのレイを背負おうとした。
その時。
ポケットの中のスマホが、激しく震えた。
表示された名前は――雪城かりん。
『――一ノ瀬くん。起きてる? ニュース、見たわ。……今すぐ、私の送る座標に来なさい。……一人で死ぬつもりなら、私が今ここで凍らせてあげる。……逃げなさい。迎えに行くから』
突き放すようでいて、その実、震えるほどに必死な、彼女からのメッセージ。
冬の夜。
策略という名の闇が東京を完全に支配しようとする中。
一人の少年と精霊、そして彼を「一ノ瀬蓮」として繋ぎ止める少女の運命が、再び激しく交差し始めていた。
こんばんは!よつばです!
いやー、書いていて悲しくなってくる。
蓮たちはこれからどうなっちゃうのか、
ここまで読んで頂きありがとうございます。
次回もお楽しみに




