第20話:夕焼けに溶けた笑い声
お化け屋敷の最奥。僕が「風」の魔力で固定していた裏口のロックを、周囲に悟られないよう音もなく解除した。
「……あ、開いた。雷翔、出口だよ」
「……ああ。……おい、陽向」
「……なに?」
「……さっき言ったこと、忘れるなよ。お前がどんなに危なっかしくても、俺が一生、隣にいてやるって……。」
扉から出てきた二人の顔は、お化けに驚いた以上に真っ赤だった。陽向は雷翔の制服の袖をぎゅっと掴んだまま、俯いて「……うん。ありがと、雷翔」と、消え入りそうな声で答える。
物陰でその様子をモニタリングしていた僕の隣で、雪城さんが「……合格ね。フェーズ1、ミッションコンプリートよ」と、満足げに端末を閉じた。
「おーい! 二人とも、お疲れ様! 最高のリアクションだったよ!」
僕が明るい声をかけて合流すると、二人は弾かれたように距離を取った。
「い、一ノ瀬くん! 見てたの!? ってか、今の演出マジ怖すぎなんだけど!」
「……陽向、声がでかい。……ま、まぁ、悪くなかったぞ。一ノ瀬、かりんも」
照れ隠しにそっぽを向く雷翔を見て、雪城さんが僕に目配せをする。作戦は大成功だ。告白まではいかないが、二人の間の境界線が、確かな「特別」へと書き換えられた瞬間だった。
そんな時、人混みを割って一人の少女が駆け寄ってきた。
『――ちょっと! 蓮、私を置いてけぼりにしないでよ!』
銀髪を揺らす絶世の美少女。人型に変身し、僕の「従姉妹」という設定で学園祭に潜り込んだレイだった。
「あ、レイさん! また会えて嬉しいわ」
かりんさんが、一度都心で顔を合わせた(ことになっている)レイに、優雅に挨拶する。
『ふふ、雪城さん。今日も一ノ瀬がお世話になってるわね。……それより蓮、お腹空いたわ。あの「魔法焼きそば」っていうの、私に食べさせなさい』
「……はいはい。……皆、紹介するね? こいつ、僕の親戚の一ノ瀬 レイ。どうしても学園祭が見たいってうるさくてさ」
陽向と雷翔は、レイの圧倒的な美貌とその態度に一瞬呆気に取られていたが、一ノ瀬の家系ならと受け入れたらしい。
陽向は「一ノ瀬くんの親戚!? 超美人じゃん! 私、実行委員長の火野陽向だよ! よろしくね!」と元気いっぱいに握手を求めている。
こうして、奇妙な五人組による学園祭巡りが始まった。
「うわぁっ! レイさん、射的なんて初めて!? 魔法で狙っちゃダメだよ、この銃で当てるんだからね!」
『……失礼ね、陽向。私にかかれば、こんなコルク玉一つでも……あ、外れたわ。この銃、術式が歪んでるんじゃないかしら?』
「言い訳しない! ほら、ライトが手本見せてくれるって!」
射的屋の前で、真剣に眉をひそめてコルク銃を構える雷翔。景品のアヒルを見事に撃ち落とすと、陽向が「すごーい!」とはしゃぎ、雷翔が「……やるかよ。ほら、お前にやる」と、ぶっきらぼうに特大のぬいぐるみを陽向の腕に押し付けた。
その光景を横目に、レイは露店の「魔法イカ焼き」に釘付けになっていた。
『ねえ蓮、あの食べ物、魔素の香りがするわ。……一口、いいかしら?』
「いや、ただのタレの匂いだよ。ほら、串に刺さってるから気をつけて食べなよ」
レイは上品に、しかし恐ろしいスピードでイカ焼きを完食し、「……悪くないわ。人間の創造性、侮れないわね」と満足げに唇を拭う。その尊大な態度も、今日ばかりは「お嬢様育ちの親戚」として周囲に受け入れられているようだった。
午後の日差しが校庭を黄金色に染めていく。
僕たちは次に、魔導科学部が主催する「魔法プラネタリウム」へと足を運んだ。
暗いドームの中、人工的に作られた星空が天井に広がる。
『……偽物ね。本物の星は、もっと冷たくて、もっと残酷に輝いているわ』
レイが隣で小さく呟く。だが、その瞳はどこか懐かしそうに光るドットを追っていた。
「……一ノ瀬くん、手」
暗闇の中、隣に座るかりんさんが、僕の手をそっと握った。
「雪城、さん……?」
「……静かに。今はただ、この星を見ていたい気分なの」
彼女の手から伝わる熱が、僕の思考を麻痺させる。
前方の席では、陽向が星の動きに感動して雷翔の肩に頭を預けており、雷翔が「……重いぞ」と文句を言いながらも、その体を支えるように肩を抱き寄せていた。
プラネタリウムを出ると、学園祭はさらに熱気を増していた。
夕方のメインステージでは、軽音楽部の魔法セッションが始まり、音の振動に合わせて空中に色とりどりの火花が散る。
「次はあっちの『魔法おみくじ』だよ! 一ノ瀬くん、行こう!」
陽向に腕を引かれ、僕たちは行列に並んだ。
結果は、陽向が『大吉』、雷翔が『末吉(陽向に笑われていた)』、かりんさんが『吉』。
そして僕が引いたのは、なぜか白紙の紙だった。
「……あれ? 故障かな」
『いいえ蓮、それは貴方の運命が「誰にも決められない」ってことよ。……ちなみに私は『神吉』。ほら、見て』
レイが自慢げに見せてきた紙には、本来存在しないはずの金文字が躍っていた。おそらく彼女が勝手に術式を書き換えたのだろう。僕は苦笑いしながら、その紙をレイのポシェットに仕舞ってやった。
夕暮れのチャイムが鳴り響き、校内放送が一日目の終了を告げる。
校門へと続く道を歩きながら、五人の影が長く伸びて重なる。
「あー、楽しかった! 明日はついに魔法対抗戦だね! 私たちのクラス、絶対優勝しようね!」
「……お前が変な発明品で自爆しなければな」
「ちょっとライト! 失礼だよ!」
二人の喧嘩を、レイが楽しげに見守り、かりんさんが僕の顔を覗き込む。
「……一ノ瀬くん。明日は、君の『本気』、少しだけ期待してもいいかしら?」
「……期待に応えられるかどうかは、問題の難易度次第だよ」
僕ははぐらかすように答えたが、心の中では決めていた。
明日、この仲間たちが笑って表彰台に立てるように、僕にできる「裏方」を全うしようと。
オレンジ色の夕闇に溶けていく学園祭の喧騒。
僕たちはそれぞれの帰路につきながら、まだ終わらない祭りの余韻を噛み締めていた。
最高に騒がしくて、最高に平和な、一日目が終わる。
こんにちは!よつばです!
これを書いているときは大体5話が更新されたときです!おかげさまで1日50PV以上頂いております!
たくさんの方に見ていただいて本当に感謝しかないです!
本編はこのまま学園祭2日目に入ります。まだまだ続く学園祭、ぜひ楽しんで行ってください!




