15 仲間
登場人物紹介
吉田亮…主人公、野球部エース
田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー
蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン
啓二はうちでカレーを食べていた。
「おかえり、啓二くん来てるわよ」
母はまるでよくあることのように話した。中学時代までは啓二が家に来ることがあったが、高校に入って七海と付き合い出してからは一緒に帰ることも登校することもなかったため、家に来ることはなかった。まず中学時代までも勝手に上がり込んでるなんて状況は一度もなかった。それなのに、まるでいつもあることのワンオブゼムみたいな扱いには戸惑う。
そもそも息子が死にかけで、そんな体で遠出してもう帰ってこないかもしれないという状況なのに、よくもそんな平然でいられるなと思った。でも、よく考えると、啓二は俺の病気のことを知らないわけで、だからこそそういう反応なのかもしれない。それは少し申し訳なくなった。
父も無言でカレーを食べている辺り、病気のことを話さないように必死なのかもしれない。新幹線に乗ってすぐ、今から帰ることと晩御飯を済ませたことを母に連絡していた。まさか自分の分のカレーを食う人がいるとは思っていなかった。
「亮」
啓二は、普通に話しかけた。
「なんでおるねん」
「心配してんねん」
でしょうね、と思った。
「とりあえず、上がれよ」
言った後に、違ったなと思った。
「もう上がってるから」
でしょうね、とも返せなかった。
啓二が一瞬トイレに外した隙に母に話を聞くと、啓二がどうしても話したいからということで強引に家に上がってきて、流れでカレーを食べて待つことになったらしい。広島のことを聞かれているところで、啓二は戻ってきたので、そこで話は終わった。
これ以上、母と父に病気のことを言えないことで心苦しい思いをさせられないので、啓二を自分の部屋に連れて行った。
啓二は部屋に入るなり、入口横に置いてあるバットを触ったりしている。死ぬ準備のつもりもないが、後で片付ける人が困らないように部屋の片づけを済ませていたので、幸い部屋はきれいで、誰を入れても問題はなかった。
啓二はそのまま棚に飾ってある過去の野球大会の賞状なども眺めて、その棚の上に置いてある古くて埃のかぶったグローブを持ってきて、「懐かしい」とか話している。こっちは懐かしいとか以前に、せっかく片付けてきれいにしたのに、このままだと啓二に部屋を荒らされそうという感想しか抱かなかった。せっかく来てもらったのに、話をしないわけにもいかないので、懐かしい話に合わせる。
「これ、小学校時代のバットか。懐かしいな」
バットに触れた。これは啓二とともにやっていたソフトボールチームの時に使っていたものだった。これで何度も何度も素振りの練習をした。
「そうそう、あの頃はエースの亮からヒットを打つためにすごい素振り練習したな」
啓二はなぜか俺のバットを見て、自分のことを思い出したらしい。それはそれでいいが、啓二はこのバットで素振りをしたことは一度もない。
「俺も啓二からヒットを打つために練習したな」
嘘ではない。俺がエースではあったが、二番手は啓二だった。当然自分で投げた球を自分で打つことはできないので、相手はいつも啓二だった。別に全く打てないというわけではなかったが、毎度毎度工夫をされるので、簡単に打てるわけではなかった。
「そんなことないやろ」
啓二は笑って、「お世辞いらんから」なんて言う。
「亮が抜けてから、俺がエースやったんやからな、あのソフトのチーム」
途中で俺はリトルリーグのチームに引き抜かれていた。その後俺はソフトボールのチームをやめ、すぐにリトルリーグもやめていたが、啓二はソフトボールを続けていた。当然俺が抜けた後は二番手だった啓二がエースをやっていた。
「亮がおらんなって、突然エースにされて、俺は二番手くらいがちょうど良かったのに。最後エースが向いてないって心底思い知らされて、中学で野球続けるために、どうしても俺がエースにならないようにしたかった」
「それで俺を誘ったってことか」
俺はリトルリーグをやめてから、しばらく野球を離れていたが、中学に入ってすぐ啓二に野球部に誘われていた。野球がうまいからという理由位だと思っていたが、まさか自分がエースにならないために俺を連れてきていたとは初耳だった。
「キャッチャーに転向したんもそういう理由?」
啓二は中学に入ったときから、一貫してキャッチャーをしていた。俺と一緒にソフトボールをしていた頃はピッチャーで投げるとき以外は外野をしていたから、意外だったイメージがあった。ただ、ソフトボール時代の話は、不義理をしたような形になってやめてしまったこともあって、触れられていなかった。
俺がやめた後、ピッチャーをやめてキャッチャーにでもなったのかとも思っていたが、さっきの発言で違うことが判明した。となると、なぜキャッチャーになったのか。
「それはただキャプテンという立場やのに、控えピッチャーで普段は外野守ってるっていうんやと、少しかっこつかん部分もあるかなって」
「それじゃチヤホヤされへんで、みたいな?」
チヤホヤの話を聞いてから、何でもかんでもチヤホヤに繋げたがっている自分がいた。
「チヤホヤというより威厳やな」
「なるほど」
「まあ突貫やったし、ちゃんとキャッチャーを教わったことってほとんどなかったからずっと不安やったけど」
啓二が不安を言うことは結構珍しかった。
チームのメンバーのことも考えて、なるべく弱音を吐かなかっただけで、実際はプレッシャーも感じていたのだと知った。本当は多分この甲子園に行くまでの間に色々なことに悩むことやプレッシャーもあったりで相談したかったのだろうが、俺が基本七海にべったりで、そんな時間を取らなかった。七海と別れたときには病気でそれどころじゃなかったこともあって、啓二のことをそこまで気に掛けられなかった。
普通の人が啓二の立場なら、プレッシャーに押し潰されるか、チームのメンバーの前で強いキャプテンであり続けることはできなかっただろうし、当然甲子園優勝なんて果たせなかったと思う。そう考えると、啓二には感謝しかなかった。
「でも、啓二がキャッチャーするとき、ピッチャーの気持ちをわかってくれるからすごいやりやすかった」
啓二への感謝を直接伝えても嘘っぽいからこそ、普段思っていても言わないことを言う。
「まああかんピッチャーの気持ちだけはすごいわかる」
俺のことがまるであかんピッチャーみたいじゃないかとも思ったが、それは言わない。
「確かに、あの頃まともにストライク入らんくてフォアボールばっかで勝てる試合なんて一つもなかったな」
あの頃というのは、中学入って最初らへんの試合だった。リトルリーグにスカウトされたときは確かに才能があるとも思っていたし、実際活躍できて才能を確信していたが、1年も野球に離れていると当然鈍る。全然感覚が戻ってこず、ほとんどストライクゾーンにも入らないときが長く続いた。気楽に気楽に、と言う啓二の声を何度も聞いているうちに、いつの間にかストライクゾーンに入るようになり、感覚を取り戻した。
啓二は俺を基本的に支えてくれていたことを改めて感じた。
「そんな俺らが甲子園優勝やで、ほんま夢あるな」
「それな」
甲子園優勝を噛みしめることなく、まあチヤホヤはされていたが、実際にチームのメンバーと甲子園優勝を噛みしめるようなことは一度もなかった。
正直間もなく死ぬという実感が大きく、甲子園優勝なんてそれと比べると大したことがないとも思ったが、やはり人生を賭けて挑戦した甲子園優勝もやはりうれしい。チームのメンバーと一緒に打ち上げみたいなことをしていなかったのを少し後悔した。
そんな中、啓二は突然切り出した。
「野球ほんまにやめるん?」
身構えた。
当然のことながら、啓二は甲子園優勝を一緒に噛みしめに来たわけではないらしい。啓二は病気のことを知らないわけで、いわば燃え尽き症候群みたいな形でやめるというのはにわかに信じがたいだろう。
「やめる」
感情をほとんどこめずに言った。正直甲子園優勝しても別に燃え尽きてはいない。ただ、これ以上野球を続ける方法がないから、やめるというだけのシンプルな理由だ。ここで続けたいという意思が混入すると面倒くさくなる。
「未練ないん?」
当然聞かれるし、当然ある。
「ない」
ただ、こう答えるしかない。病気のことを黙っているということの辛さを改めて感じる。
「そっか~、じゃあ俺もやめようかな」
軽かったが、覚悟を持った声で啓二は野球をやめる宣言をした。




