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寿命甲子園  作者: サクライアキラ
16/17

16 途切れる未来とこれからも続く未来

登場人物紹介


吉田亮…主人公、野球部エース


田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー


蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン

「そっか~、じゃあ俺もやめようかな」


啓二は軽いノリで言ってくる。ただ、しっかり覚悟を持っているように見えた。このままずっとやめるやめない問題で粘られるとばかり思っていたから、意外な展開だった。


「なんで?」


 啓二はキャッチャーとして高校生としては圧倒的な評価を受けている。リードの能力も高く、何より盗塁を阻止する肩の力が強い。そして、エラーもしないし、全然違う方向に投げたボールも落とさず取ってくれる。当然高校生の日本代表のチームにも選出されるはずだし、ドラフトもさすがに1位ではないかもしれないが、3位以内の上位で選ばれるだろう。


 啓二は別に病気でもないだろうし、野球を続けられるなら当然続けた方が良いだろうと思った。


「俺らずっと一緒に野球やってきたやん。まあ一緒にやってないときも一応あるけど、むしろあんなん黒歴史で。だから俺はもうお前がいる野球が当たり前やから。別にさ、別のとこで野球やっててとかならわかるけど、お前が野球やってないならもう続けんでええかなって」


 確かに、俺も啓二と野球をやれなくてやめた経験もあったし、啓二から誘われたのでなければ、中学から野球に復帰することもなかっただろう。確かに、もし逆の立場で啓二が野球をやめると言ったらどうするか。やめるという選択肢を取らないとも限らないと思った。


「いや、それだけの理由やったら続けろよ。俺関係ないやろ」


 とはいえ、俺としてはこう言うしかない。そもそも、俺は野球を続けられない、もっと言えば人生を続けられないからやめるだけで、むしろ啓二の野球もやめさせてしまったら死んでも死にきれない。


「ならお前が続けろよ」


 啓二と同じ立場とすれば、同じことを言うだろうとも思った。


「俺を続けさせたいなら、お前が続けろよ」


 なおも畳みかけてくる。さすがにここが言う時かもしれない。

 病気のことを言ったときに七海から言われた方がまだ良かったということを言われたときに、隠していることは良くなかったんじゃないかと思い始めていた。

 ここで、改めて間違っていたと思った。

 啓二に病気のことを話そうと思った。


「それはできひん」


「なんでやねん。俺を続けさせたいんやろ」


「どうしてもできひん」


「やっぱりなんかあるんやろ。言えや」


 俺の顔に力が入っていることに啓二は気づいたらしい。


「わかった、黙っててごめん。……実はもうすぐ死ぬねん」


 あくまで軽い感じ、ポップな感じを目指しながら、言った。

 とはいえ、顔は悔しさでにじんでいたかもしれない。自ら病気の告白をするのは、七海、海斗のお母さんに続いて3人目だったが、告白するごとに死に近づいていくのは実感していた。ただそれだけじゃなく、間もなく死ぬことへの悔しさ、やりきれなさを感じるようになってきていた。

 だからこそ、表情に想いが出てしまうのかもしれない。


「は?」


 まあ、受け入れられなくて当然だ。

 一緒に野球をして、何なら甲子園優勝しているエースが間もなく死ぬなんて信じられるわけがない。むしろ、高校生男子というだけで元気の象徴なのに、それでいて体育会系で、かなり元気で、そして体育会系の代表的な部活の野球部の頂点の頂点で、おそらく日本を代表する元気男子なことは間違いないだろう。それが死ぬなんて、まずありえないだろう。


「いやだから死ぬねん」


 こちらは不条理と思いながらも、説明するしかない。


「嘘やろ」


「嘘ちゃうわ」


 願わくば嘘であってほしかった。が、もう嘘でしたというドッキリが許されるタイミングはとっくに過ぎたし、そもそもドッキリでもなく、正真正銘の事実でしかなかった。


「もしかして倒れたりしてたんも」


 正直勘づかれている可能性も考えていた。実際、啓二や七海は距離がかなり近かっただけに、警戒していた。

 ただ、よく考えれば、案外人のことを深くまで知ることってできないのかもしれない。

 実際に2人は気づかなかったが、多分俺も二人の異変に気付けないだろう。おそらく、母も父も病院で聞いていなければ病気に気づくことはなかっただろう。それだけ、意外に人は他人のことを深く知るのは難しいのだろう。隠し事はバレると言えども、それが他の人に何か直接的な不利益がなければおそらく気づかないのだろうとも思った。


「病気」


 正直に、ほとんど感情なく答えた。


「いつから?」


「いつからかは知らん。でも5月の最初に倒れたあの時には、もう延命治療しかなかった」


 医師からは延命治療とは言われず、医療の今後に期待するものと言われていたが、それはすなわち延命治療と俺は理解していた。やっていないからわからないが、少なくとも俺の場合は多分延命治療をしても高校卒業くらいまで生きれれば十分くらいだったのだろうと勝手に想像している。


「延命治療…。どうしようもないんか」


 啓二の言葉には、何ともやりきれなさがあった。俺や母が最初に医師から聞いた時に感じたものとおそらく同じものだった。あの瞬間はかなり辛かった。これを感じさせないために、隠していたというのもあった。

 まあ言わざるを得なかったが。


「今死んでもおかしくない」


「嘘やろ」


「俺も嘘やったらって何回も思った、けどほんまらしいわ」


 啓二は、言葉を失った。

 こんな状況の人に何も言えることなんてないんだろうと思う。言ってくれても言わなくても、こちらとしては誠意を感じるところだけども、啓二は言わない誠意を見せてくれた。


「そういうことやから、俺の分まで頑張ってくれや」


 俺は結局これを言うために、病気の告白をした。啓二には俺が叶えられなかったプロ野球選手になって毎年億を稼ぐような選手になってほしい。そして、引退後も解説者、あるいは監督とかになって、引き続き億を稼いでほしい。

 よく考えれば、今一番活躍している監督にはキャッチャー出身が多い。そして、億稼ぐ解説者はそれほど多くないが、大体がキャッチャーだ。もしかすると、啓二こそが億プレイヤーに最も近いのかもしれないと思った。別に金を稼がなくとも、これからも俺とやってきた楽しい野球を続けていってほしかった。


「いや、無理やろ。こんな話聞いた後に自分のことなんか考えられへんわ」


「でも、俺はどのみち死ぬからもう後はないけど、お前はある。将来がちゃんとあんねん、俺にはない将来が。だからこそ、お前の夢を見せてくれよ」


 そう言ったときには、既に俺は泣いていた。

 そして、啓二も泣いていた。

 野球部で男が泣くなんて思ってもなかったし、泣くとしてもせいぜい優勝した時だと言っていた啓二はちゃんと優勝してから泣いた。ただ、理由は違った。本当は喜びを噛みしめる涙であってほしかった。そう思うと、余計に泣けてきた。


「亮、今までつらかったな、俺らを甲子園に連れて行ってくれてありがとう」


「それはこっちのセリフやから、ありがとう」


 啓二と握手した。

 啓二はこの状態でもまだ俺がピッチャーに戻れると思っているのか、それともいつもの癖か、左手を差し出してくる。その配慮を胸いっぱいに感じながら、利き手じゃない左手で握手した。


「今まで気付かんとほんまごめん、キャプテンやのに」


「いや、ええけど、それは」


 俺も啓二のプレッシャーのことについては気づいていなかった。お互い様だと思った。気づかないまま優勝できた、ちゃんと結果も伴ったのだから良かったと思う。


「このことは誰が知ってるん?」


 啓二は、もしかすると自分以外は全員知っているのかもしれないと思ったのかもしれない。


「家族以外は、七海だけ。七海にも昨日言ったばっかりで、しかも寿命1か月ってことにしてる」


「1か月?」


 啓二は聞いてきた。

 この時、しまったと思った。

 啓二には間もなく死ぬということを言ってしまった気がしていたが、普通は間もなくというのは1か月くらいと思っているはずだった。


「間もなくって実は、ほんまに間もなくで、数日とかですらない。元々の医師から言われた死ぬ時期は甲子園の決勝前くらいで、もうボーナスステージみたいなもんなんよ」


 最後にボーナスステージなんて言葉を使って、できるだけ軽く言った。


「ほんまに間もなくか……」


 啓二は、肩を落とした。その上で、続けた。


「ただみんな心配してるし、最後の思い出をお前と作りたいと思う。だから、少なくとも部員には伝えたってほしい」


 啓二は、完全に気力を失っていたが、野球部のことを大切に思う気持ちはやはり誰よりも強かった。


「わかった。じゃあ明日朝練行くから集合させてくれ」


 啓二から言われると、もう断れなかった。

 何より啓二と同じように野球をやめるなんて言われると、本当に死んでも死にきれない。死んだ後のシステムはやはりわからないが、それでも必ず現世に何かしらの言い残したことを伝える方法を探すと思う。

 そうならないためにも、ここは説明しないといけないと思った。ちなみに、元々朝練は予定されていなかったが、急遽集めてもらうことになった。


「とりあえず、今日はもうちょっと思い出話しようや」


 啓二はそう言って、このまま日付を過ぎるまで話して、そのまま帰った。



 翌日啓二ら野球部のメンバーは全員集合したが、俺は朝練に行くことはなかった。


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