14 自分のために生きる
登場人物紹介
吉田亮…主人公、野球部エース
田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー
蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン
何とか新幹線に飛び乗り、奇跡的に新大阪で直通快速を捕まえることができ、日付が変わるどころか、最寄り駅に20時半前には到着した。
ここまで最後の遠出になるかもしれないということもあり、行きの新幹線以外はずっと話続けていたのに、帰りの新幹線以降は七海の言葉数は少なかった。朝から広島に行き、注目される時間もあったりで、疲れてるだけだと考えていた。別に寝ている様子もないが、ずっと窓の方を見ていた。
そして、帰り道、突然七海は言い出した。
「いつまでこんなことするの?」
戸惑った。きっぱり俺の行動に理解があるからこそついて来ていたのだと思っていた。実際は、かなりの苦悩があったのだろうか。
「いつまでこんなことするの?人のためになることしてるけど、もう1か月しかないんよ。自分のために生きなよ」
七海には、あと1か月で死ぬと言ってあった。本当は間もなく死ぬ。余命宣告的にはもう死んでいておかしくないし、手の施しようがないからこそ退院して自由に過ごしている。
「自分のために生きてるわ」
そして、最後どうするかと考えたときに、自分で何かできることをしたいと思って、社会貢献とまでは言わないにしても、誰かの力になるようなことをしたいと思ったのだった。他人のために生きていると言われれば、そうかもしれないが、チヤホヤされたいとは思っていないにしても、勝手に人を助けて自分が満足したいというようなエゴの塊の行為だと自覚していた。
「嘘つき」
七海は泣きそうな顔からほんの少し涙を流していた。
「嘘ちゃう。もう死ぬってわかったときからみんなのために何かするのが自分のためになるって思った」
嘘じゃなく、これは本心からだった。
「それやったらもっと私を見てよ。もう一生会えなくなるんやよ」
七海はそう言って、声を上げずとも激しく泣き出した。七海がそんなことを思っているとは意外だった。実際、七海と会えなくなること自体、正直耐えがたいことではあった。ただ、後を引かないために苦渋の決断で別れた。
それでも、七海が戻ってきてくれて、最期は一緒に過ごそうと思っていた。だからこそ、今回の遠出も一緒に行ったのだった。さっきから他の人のためにするのがエゴと思ってきていたが、結局は七海と一緒にいるための口実だったんじゃないかとも思えるほど、七海のことをずっと見ていたつもりだった。
「ごめん。あんまりそう言われると俺も悲しい。でも七海とはなるべく楽しく過ごしたいと思ってた。今日も広島まで突然行ったけど、楽しかった。七海と生きてる限り一緒にいたいと俺は思ってる」
そう言って、七海を抱きしめた。
「七海は本当に俺のこと好きだな」
実際にそう思ったけども、それ以上にこういうしんみりした雰囲気が好きじゃなかった。だから、ツッコんでもらえるつもりで、半分調子に乗った感じで言ってみた。
「亮はどうなの?」
意外に真剣に受け止めたらしい。
「七海が思ってるよりはるかに好き、やと思う」
これも本心だったが、ちょっとあえてちょっと演技がかったような言い方で言った。間もなく死ぬのに、別れ話直前みたいな感じで終わりたくない。できれば、いつものように、いやいつも以上に明るく楽しく終わりたい。
「何それ」
七海は泣き止みはしたけど、笑ってはくれない。
「すごい好きってこと」
恥ずかしいけど、まるで恥ずかしくないかのように振る舞った。
「恥ずかしい。めちゃくちゃすごいこと言うね。そんなこと言うキャラやっけ?」
ようやく、七海は笑ってくれた。それでいい。ただ少し笑って、楽しく終わりたい。
「今まで言ったこと全部繰り返そっか?」
七海は突然いじわるなことを言ってくる。もういつもの調子を取り戻したらしい。さすがに、そんな一言一言覚えてるわけもないだろうと思って、「覚えてたらどうぞ」なんて言ってみる。
「七海は本当に俺のこと好きだな」
俺の声っぽく、出せる限りの低い声で七海は言う。似せにいってるというよりは、特徴を誇張して、馬鹿にした言い方だった。
「いや、忘れて。最後の最後で余計なこと言ったわ」
笑ってほしいとは思ったけども、さすがにこれが最後の記憶とかになるのは恥ずかしい。七海が他の人に思い出を聞かれるたびに、マスコミとかに聞かれるたびに「七海は本当に俺のこと好きだな」って言われるのはできれば、絶対に避けたい。
「絶対忘れへん」
七海は、完全にいつもの調子を取り戻したように、笑いながら言う。
「死んでも死にきれへんわ」
「そうやろうね、呪わんといて」
もし、ずっと覚えたら本当に呪ってしまうのかもしれない。そもそも、死んでから後のシステムをまだ知らないので、何とも言えないけど、多分呪う関連の何か選択肢はある気がする。
「多分死んでも近くにおる」
死んだ後のシステムはわからないので、多分でしかないし、そもそも死後の世界も何もなく、ただ全て終わってしまう、無になってしまうかもしれないけども。
「嫉妬せんといてよ、新しい彼氏できても」
「多分呪う」
そうは言うけど、七海には幸せになってほしい。仮に彼氏ができても呪うことはないだろう。ろくでもないやつであったとしても、呪うのは七海ではなく、その彼氏の方だろう。ただ、それはそれで重すぎるし、大抵そう言ってしまうと逆に新しい人を見つけられなくなる。
「やめて~」
七海はそう言っているが、実際は新しい彼氏をもはや作らないのかもしれない。願わくば、そうはならないことを祈りたい。こうして俺が一緒に最期話しているのはやはり良くなかったなと思ったが、もう先のことは考えないことにする。
そんなことを考えていると、もう家の前に着いた。本当は夜なので、俺が七海のことを送っていくべきだろうが、病人でかつ間もなく死ぬという人は、もはや一人で歩くことを許されないだろう。それをわかってるからこそ、俺が送る、とは言わなかった。
「ごめん、遅くなった」
申し訳なさはあったので、遅くなったことだけは謝る。
「だね」
「じゃあ」
もしかすると、これで七海に会うのが最後になるかもしれない。本当はもうずっと一緒にいたかったし、そう言えば叶ったかもしれない。でも、それで空気をほんの少しでも重くするのは嫌だった。だからこそ、まるで毎日会う中の、その一日をあくまでリセットするための簡単な言葉としての「じゃあ」を軽く言った。
「また」
七海も軽く言った。あくまで明日も明後日もその先も繋がっている日々の一日のリセットとしての一言だった。そして、七海は歩き出していってしまう。
俺はただ見送った。
すると、突然戻ってきて、そして軽くキスをした。
「明日ね」
七海は、そう言って走っていった。付き合ってからこれまでで初めてのキスだった。俺にとっては最初のキスであって、ほとんどの確率で最後のキスだった。
思い残すことしかないから考えてこなかったが、思い残すことの一つは残さないで済んだ。
ただ、一つ満たすと新たな欲望が出てきてしまうのが人間だ。どんどん、もっと七海としたかったことが頭の中を駆け巡る。また死ぬのが惜しくなる。
ここまで甲子園のことを考えるだけだった日々というのは、死ぬ直前の人たちの中ではかなり恵まれた日々だったのだろうと今やっと気づいた。
少し自分を落ち着かせてから、家の中に入った。
「ただいま…」
「おかえり」
若々しくかつ野太い声が返ってきた。父の声はもっと細く少し年老いた声だったから異なる。そして、当然母の声ではない。また聞き慣れた声だった。
リビングにつながる扉を開けると、啓二がいた。




