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寿命甲子園  作者: サクライアキラ
13/17

13 誰かのために

登場人物紹介


吉田亮…主人公、野球部エース


田沼七海…亮の彼女、野球部マネージャー


蓮田啓二…亮の親友、野球部キャプテン

 このままただ自分の試合を見て、なんとなく野球を指導しただけで終わってしまってもあまり意味がないので、ここで海斗君のお母さんにすごく近寄って、海斗君には聞こえない程度の声で話す。


「海斗君は、手術受けられそうですか?」


「それが、実はまだ300万ほどしか集まってなくて。それも私と旦那で入れた金額で、実はほとんど集まってないんです」


「そうなんですか」


 難病支援で、よく駅とかに立っている人を見たことがあるが、実態はかなり厳しいということをここでやっと理解した。確かに、ああいう活動したらお金集まるだろうなとは思っても、実際に募金しようとまでは思わない。特にドラマとかで、募金詐欺みたいなエピソードも結構あって、募金への意欲は下がっていた。世間の人たちも大体同じようなものだったんじゃないかとも思う。

 ここに来る前は、海斗君ですら胡散臭い可能性があるのではと思っていたが、家の中にある医療器具の多さも一つあるし、さっき「走る?」って聞いた時にものすごく悲しそうな顔で「走れないんだ」と言われたときに、これは本当なんだと思った。俺は死ぬとは言えども、そこまで制限事項はなかったが、海斗君は運動含め様々な面で制約があった。なおかつ、移植がなければ生き続けることができない。こんなことは絶対にあってはならないし、移植は絶対成功させるべきだと思った。


「僕でお力になれることがあれば、というより何でもします」


 海斗のお母さんは戸惑っていた。


「そんな、ありがたいですけど。本当に良いんですか?」


 もちろん、疑問は持たれる。それも想定内だった。


「どうして、そこまでしてくださるんですか?」


 突然協力するなんて言われても、そう簡単には受け入れられなくて当然だ。ただ、ここで何日も通って仲良くなってからということはもはやできない。だから、正直に話すことにした。


「実は、これはマスコミの方々や野球部のメンバーにもほとんど言っていないのですが」


 七海の顔が引き締まった。海斗は熱心にテレビで俺の投球を見ていて、全くこっちを気にしていない。


「実はもうすぐ死ぬんです」


「えぇ!」


 海斗のお母さんは大声で叫んでその後すぐ口を押さえる。海斗は不機嫌そうに「何?」と聞いてきていたが、お母さんは「なんでもない」と答えた。


「それって本当のことですか?」


 海斗のお母さんは今度は小さい声で話した。


「そうなんです。ここだけの話、寿命、余命的には今日死んでもおかしくないんです」


 海斗のお母さんは完全に黙ってしまった。当然こんな反応になるだろう。毎回この話をすればするほど、本当に間もなく死ぬということを実感する。もはや誰にも言わなかったら、意外に死ななかったんじゃないかと後悔すらしてくる。そんなことは当然なく、無情にも間もなく死ぬ。その無常さを知っているからこそ、海斗君も移植がなければ確実に死ぬということはわかっていた。だから、何とかできることをしたいと思った。


「最後に何かできることはないかというときに海斗君のブログを見つけて、それで来ました」


 海斗のお母さん、少し泣きそうになっている。


「ここで泣かれると海斗君に気づかれるので」


 海斗君がチラチラとこっちを見ているが、俺や七海が首を振って、なんでもないアピールをする。「良い試合なんだからちゃんと集中して」と海斗君からは言われるが、大人チームはそんな空気ではない。


「ぜひ僕との写真とかをがっつりブログとかにあげてください。そしたら、少しは注目を集められて、お金も集まるかもしれません。あと、いくつかサインボールとかも書くので、そこまで価値ないかもしれないですけど、売って少しでも足しにしてください。どうせ死ぬんで、僕を使い倒して、せめて海斗君だけは助けてあげてください」


 本当はプロになって契約金をもらって、それをあげれば済む話なんだろうけど、それはできない。それでもできることはないかと考えた結果だった。実際、寄付関係については、知名度さえ上がれば何とかなる部分も大きく、テレビなどに出演すると、それだけで少しは集まると聞いたことがある。

 実際それだけで目標金額が集まるかは知らないが、甲子園優勝投手がその数日後に死ぬなんてことを経験するのは俺だけで、注目はかなり集めるだろう。そうした時に、その俺が最後に海斗君の寄付を呼び掛けていたとなれば、注目度も高まるだろう。確かに、チヤホヤされたいというのはあるのかもしれないが、ちゃんとそれで人助けをしたいというのが偽らざる気持ちだった。


「ありがとうございます」


 海斗のお母さんは堪え切れなくなり涙を流し、七海からさっき貸してもらったハンカチで拭いている。


「なんで泣いてるの?」


 海斗君が不思議そうに聞く。


「この1球1球に込めた気持ちをお母さんだけに話したら、感動してくれたんだよ」


 俺はまたしても嘘をついた。病気になってから何度も嘘をついた。ただ、あくまで人を傷つけないための嘘、悪いことじゃないと信じたい。


「えー、僕にも教えてよ、吉田」


「内緒」


 俺は笑ってごまかし、海斗君と戯れる。

 そんなことをしている間に、甲子園の映像は終了した。



「海斗くん、そろそろ行くね」


 あの後、少し早い晩御飯もごちそうになって、といってもあまり食べられなかったが、そんなことをしているともう夕方になっていた。


「吉田、ありがとう」


 海斗君に利き手の右手を差し出し、握手する。海斗君は手の感触を確かめるように、にぎにぎしてくる。


「そんなに握ったら、手臭くなるよ」


「次会うときはちゃんと汗臭い手で来てね」


 海斗君からはそう言われた。当然もうここで別れたら、二度と会うことはない。ただ、そんなことを言ってしまって、今暗い気持ちにさせたくはなかった。晩御飯の間に、引退を撤回するように粘られ、挙句の果てには泣かれてしまっていた。

 野球をやめるくらいであんなに泣かれるのに、人生も合わせてやめることなんて話したら、多分ずっとふさぎこんでしまうだろう。もちろん、いずれ死んだときには伝えないといけないだろうが、せっかく今日俺と会えて、多分嬉しい日になったのに、それを台無しにはできない。


「病気しっかり治せよ」


 俺は次会う約束には答えなかった。


「うん……、でもお金が」


 海斗君は一気に暗い顔になった。お金が集まっていない話は本人も自覚しているようだった。


「いいから」


 海斗君のお母さんはそう言うが、海斗の表情は晴れない。


「なら、これあげるから」


 そう言って、俺はサインボールを5球渡す。事前に家で書いて来ていた。ちなみに、お好み焼き屋で日付と場所も入れることを知ったので、電車の中で、広島という文字と日付も書いた。


「いいの?」


 海斗君は目を輝かせていた。


「まあこれを売って、ちょっとでも足しにしてくれれば。100円とかだったら申し訳ないけど」


 実際、結構有名な選手のものもフリマアプリで100円以下で取引されることもあると聞く。


「売るの?売らないよ」


 海斗君は毅然とした態度でそう言った。


「でも、お金になるよ」


「これは僕の宝物だから。これを売らないために僕もっと頑張るから」


 海斗君の意思は固かった。


「海斗君がこれからも頑張るための力になれるならそれでいいんじゃない?」


 七海はそう言って、俺を納得させた。


「あと、ブログとかに載せるように、一緒に写真撮りましょう。あと、私たちの思い出のためにもぜひお願いします」


 七海は4人で写真を撮り、海斗と俺の2人の写真を撮る。海斗君のお母さんは、俺のことをもはや見ていられなくなったらしく、途中で一旦席を外した。

 帰り、海斗君のお母さんが広島駅まで車で送ってくれるということで、お言葉に甘えて送ってもらった。帰りの車では、海斗君に請われて、変化球の握り方を教えた。

 広島駅に着いた時にはもう18時を過ぎていた。帰ってくるかどうかすら心配されているのに、あまりに夜が遅くなると余計に心配かけてしまう。ということもあり、急いで新幹線に乗ることにした。


「じゃあ、海斗君。またな」


 またなんてないけど。


「うん、今度練習試合でも見せてよ、引退しても練習試合ならいいでしょ」


 海斗君は知らないので、素直に願望を伝えてくれた。


「まあどうだろ。でも、海斗君もさ、治れば野球できるんやから、俺みたいに甲子園優勝目指したら。海斗君はちゃんと移植さえできれば何とかなるから、希望捨てずに」


 海斗君が頷くのを見て、七海ととともに急いで駅構内に入る。途中振り返ったが、海斗君とお母さんは手を振り続けてくれていた。

 海斗君が生き続けられることを願いながら、発車直前の新幹線の自由席に飛び乗った。



 遅くはなったが、日付が変わるかどうかを考えるまでもない時間に家に帰れそうだった。そんな帰り道、七海は突然言い出した。


「いつまでこんなことするの?」


 これまでほとんど文句を言わずについて来てくれた七海が今にも泣き出しそうな顔をしていた。

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